堅物な旦那様はお姫様抱っこを筋力トレーニングと言う
「手を繋ぎたいわ」
「……いや、騎士たるもの女性と手を繋いで歩くなど」
「たまに出かけるときくらい、いいでしょう?」
「いいや、だめだ」
もう、と口を尖らせたが、私の旦那様は全く改めてくれない。
騎士道だとか人前だとかを理由にして触れさせてはくれないのだ。
結婚してもう半年経つ。
人前でキスしようってわけじゃない。ただ手を繋いだり腕を組んだりして出かけたいだけ。
剣ばかり振っていた旦那様はこういうことに不慣れらしく、全然進展しない。結婚までしているのにだ。
仕方なく私からデートに誘うけど、お茶をして終わり、演劇を見て帰宅とイマイチで、困り果ててる。
だって友達に聞いたら、手を繋いで買い物をしたとか隣でくっついて演劇を見たとか、すごく楽しそうに話してくれて——決められた結婚でも恋愛できるんだって羨ましく思ったから。
だけど今日のデートも目当ての菓子店へ行き、二人で食べてきただけ。
旦那様は寡黙で、帰りの馬車でも話が盛り上がることもなく。まあ居心地が悪いわけではないけどさ。
内心むすっとしながら、停まった馬車を降りる——と、いつもは手を貸してくれる執事のセバスチャンがいない。あれ?
代わりにいるのは、ぎこちなく手を広げ、耳を赤くした旦那様。
しかも「その、抱き上げてもいいだろうか?」ですって!
「いや、おかしな意味ではないぞ。その、筋力トレーニングの一環で」
なにそれ。
と思ったけれど口には出さない。だって彼の後ろでセバスチャンが口に人差し指を当てている。初老だというのにお茶目にウィンクまで。
見かねて何か口添えをしてくれたのね。
黙って身体を委ねれば、旦那様は軽々持ち上げてくれた。わぁお。
「重くない?」
「い、いや、これはトレーニングだからな、重ければ重いほどいい」
え、重いってこと?
乙女としては無視できず泣いてみせた。もちろん嘘泣き。
「もっと重い女の子の方がいいの……?」
「違っ! 私の妻は君なのだから、君であれば、もっと重くなっても全く問題ないって意味で」
「痩せると抱き心地も悪くなるって言いますもんね」
「な! いやっ、健康の面でだな」
旦那様からは見えない位置でセバスチャンにぐっと親指を立てた。
いつもの寡黙で格好いい旦那様ももちろんいいけれど。
「なんだか近くないか!」
慌てる旦那様も可愛くて素敵よねぇと思うのだ。
首に手を回しながら、にんまりと笑った。
「平常心を保つトレーニングよ」
私も友達に幸せな報告ができそうだ。