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パッチワーク・マジックガールズ

作者: 雨足怜

書きたくなったので続きを書きました。

まだの方は前作『パッチワーク・マジックガール』からお読みください。

 人の心には、悪魔が宿る。

 凝集したそれは呪詛となって寄り集まり、怪物の姿をとって世界に顕現する。

 それは、例えば人間が最も嫌悪する異形の姿をとる。人間の悪意を凝集したような、おぞましい人型をとる。あるいは、人間が根源的に恐怖する、理性なき獣として現れる。

 それらは、デヴィルと呼ばれる。


 そこは、とあるVRMMO世界。

 電脳空間は、デヴィルと非常に相性が良かった。

 デヴィルの素は、人間の悪感情だ。

 現実(リアル)という仮面を脱ぎ払った人間は、現実以上にその醜悪な本性を見せる。ゲーム世界において発生する人間の悪意は現実の比ではなく、そのため現実以上にデヴィルが発生しやすい。何より、そこにあふれるモンスターエネミーは、寄り集まって呪詛と化した悪意がとりつきやすい存在であり、デヴィルの出現条件は完璧なまでに整っていた。

 つまり、魔法少女の舞台は現実よりも電脳世界――VRMMO世界に移りつつあった。

 私のゲームライフが――絶望と憤怒をその目に燃やすは、一人の少女。肩で切りそろえた赤髪をなびかせる彼女は、一瞬にしてその姿を変える。

 突如視界に現れた魔法妖精によって現実の裏世界とでもいえる、現実に直接影響しない世界へとデヴィルとともに引き込まれた少女は、きしむほど強くこぶしを握る。

「さぁ、立ち上がって。魔法少女スイレン!」

 ふわふわと宙を漂う妖精が叫ぶ。その外見は妖精というよりは悪魔じみたものだ。

 白と黒の半身を体の中心線でつなぎ合わせたようなデフォルメされた熊のぬいぐるみ。ジャスティーと名乗る妖精は、今日も人類を襲うデヴィル討伐のために魔法少女を鼓舞する。

 魔法少女――それは妖精たちに力を与えられ、人類を救うために立ち上がった戦士。

 そう表現すれば聞こえはいいが、その実態は魔法妖精によって強制的に魔法少女としての宿命を負わされた哀れな人柱である。

 そして魔法妖精が悪魔なら、その妖精が力を与えた魔法少女もまた、人類の救世主とは思えないような怪物じみた姿になるというものだった。

 迫るデヴィル――ファンタジーVRMMOにふさわしい凶悪な熊の怪物を倒した少女は、その手に巨大な魔法のはさみを生み出し、倒したばかりの敵に刃を差し込む。

 瞬く間に皮を剥がれた怪物の成れの果てが魔法少女によって蹴り飛ばされる。同時に、少女の手によって毛皮は素早く仮縫いされ、つぎはぎの鎧となって少女の体を包む。

「グルァァ!」(吹っ飛べ!)

 およそ魔法少女のそれとは思えない気合の叫び声とともに、熊の着ぐるみに身を包んだ魔法少女が、グロテスクなスライムを殴り飛ばす。

 熊の着ぐるみ――ああ確かに、それは熊の着ぐるみだろう。けれど、その表現はいささか以上に言葉が足りない。

 魔法少女スイレン――そう妖精に呼ばれた少女が身にまとうのは、つぎはぎだらけの熊の毛皮。鮮度抜群の毛皮を縫い留めたらしく、体のあちこちにスイレンのものではない血がにじんでいた。

 滴る血を眼窩から流しながら、魔法少女は肉塊のようなデヴィルスライムを吹き飛ばす。

 その一撃によってつぎはぎの毛皮の腕と首がもげる。姿を現した黒髪の美少女は、けれど頭から香る血臭に盛大に顔をしかめており、その容姿は残念なものになっていた。

 大地をバウンドしたスライムは木の幹に激突してべちゃりとつぶれる。けれど致命傷には程遠いらしく、すぐに体を激しく動かしてスイレンを威嚇する。

「スイレン、効果はいま一つみたいだよ」

「ああもう、そんなの見ればわかるでしょッ」

 魔法少女スイレンは大した魔法が使えない。それはひとえに、魔法妖精ジャスティーがスイレンに大した力を与えていないからだ。

 曰く「膨大な数にのぼるデヴィルの討伐には相応の数の魔法少女が必要であり、魔法少女一人一人にかけるコストは少なくなければならない」と。

 お前が十分な力を与えれいれば今こんなに苦労していないのに――スイレンが恨めしい目で見るも、妖精ジャスティーはなんのその。

 怒りの視線を軽く受け流し、布で縫い付けられた口の端をにっこりと吊り上げる。

 魔法少女スイレンは肉弾戦しかできない。その力は、倒したデヴィルの皮を剥いで(きぐるみ)を作り出すというもの。ただ、その作成能力は低く、とてもではないが高位のデヴィルを鎧袖一触で撃破するような能力は有していなかった。

 スイレン一人では、非定型のデヴィルであるスライムは倒せない。

 けれどジャスティーの顔には敗北の二文字はない。

 かつては、スイレンとともにデヴィルから逃げることもあった。けれど今はもう違う。なぜなら、この場には第二の魔法少女がいるのだから――

「さぁ、出番だよ!魔法少女レナ!」

 呼ばれたのは、つややかな黒髪を肩まで流す、大和なでしこ然とした少女。歳はスイレンと同じ十代半ばほど。その容姿は確かに人目を惹く。けれど今、彼女を見た者は十人が十人、顔を青ざめさせて後じさりするだろう。

 淡雪のような透き通った肌には血しぶきが飛び、その手には血に濡れた針と糸、そして毛皮とも肉の塊ともいえる異様な物体が握られていた。

 魔法少女レナ――その力は、スイレンがはぎ取ったデヴィルの皮をよりよく加工する能力。魔法少女が授かる人類を救う魔法の(パッチワーク・レボリューション)の中でもひときわパッチワークドレスの作成に特化した「オートクチュール」の力を有したレナ、そして肉弾戦に秀でたスイレンという二人がそろうことによって、ジャスティー率いる魔法少女たちは真価を発揮する。

 高速で針を動かしていたレナが大きく腕を振りぬく。縫われた肉が集まり、瞬く間に一つの着ぐるみを形成する。

「スイレン!」

 涼やかな声とともに、レナはスイレンに完成品を投げ渡す。

 視線をやることもなく、阿吽の呼吸で新たな防具を受け取ったスイレンはその手に感じる柔らかさに顔をしかめつつも、現在来ている着ぐるみを破り捨て、新しい着ぐるみへと袖を通す。

 レナ仕立ての一品。それは先ほどと同じ熊の見た目をした着ぐるみで、けれど性能は比較にもならない。

 スライムが体をたわませ、勢いよく大地を蹴る。呪いをその身に宿すスライムの体当たり。網のように体を広げるスライムにからめとられればスイレンとて無事では済まない――が、スイレンに焦りはなかった。

 先ほどよりも一回り大きくなったスイレンは、先ほど以上の異形と化していた。毛皮どころか脈動する肉が見える継ぎはぎの(パッチワーク)防具(ドレス)。毛皮の下に張り巡らされた筋肉によって、それを身にまとうスイレンは人外の膂力を発揮することができる。

 舞台は現実から切り離された、時が止まった灰色の世界。

 振りかぶったスイレンのこぶしが、一直線にスライムへとたたきつけられる。

 ドゴ、と大地を粉砕する一撃は、地面ごとスライムを押しつぶし、飛散させる。

 細切れになったデヴィルスライムは寄り集まって再び一つの個体に戻ろうとするも、いささかバラバラにされすぎた。次第に弱まっていくスライムは、やがてその力を失い、力なく地面に広がった。

 赤黒い肉片から黒い霧のようなものがあふれる。凝っていた悪意は、一度魔法少女に倒されることによってその悪性を弱め、薄まったそれは世界の浄化作用によって消し飛ばされる。

 消えていく肉塊を見ていたスイレンは、ほっと息をついて着ぐるみを脱ぐ。

「……絶対こんなの魔法少女じゃないわよ」

「本当にそうね」

 呆れといら立ちのこもった二人の魔法少女の視線を受け流し、魔法妖精ジャスティーはフルフルと体を揺らしていた。


 世界に色が戻る。社会に衝撃を与えないように、デヴィルの存在を隠すための裏の世界から帰還したスイレンとレナの姿が変わる。

 プレイヤーアバターとなった二人は、落としそうになっていたゲーム武器を握りなおして――

「うぐ」

「きゃ!?」

 目前まで迫っていた敵エネミーに吹き飛ばされた。それは、先ほど二人が倒したはずのジャイアントグリズリー。体高にメートルほどの巨大な熊の姿をした敵モンスターは、けれど現実世界において倒されたわけではなかった。

 魔法少女の戦いは現実世界に影響を及ぼさない。だから、瘴気が宿っていたはずのジャイアントグリズリーは倒されていなかったことになり、油断していた二人への奇襲を成功させた。

 クリティカルが入ったスイレンのHPが消し飛ぶ。後衛であるレナは、消えゆくスイレンの体を黙って見つめるばかりだった。

「ジャスティーッ」

「ははは、今日も無事にデヴィルが倒せて何よりだよ」

 笑うジャスティーに怒りの断末魔を叫び、レナもまたグリズリーの凶悪な体当たりによって吹き飛ばされ、その体はポリゴンとなってその場から焼失した。


「ああもう!どうして私のゲームライフがこんなに邪魔されないといけないのよ!?」

「そうね。それから、無理やりゲームに参加させられているわたしのことも考えてほしいものよね」

 とあるVRMMORPGの酒場にて。赤髪の女性と黒髪の女性が肩を震わせながら理不尽に憤っていた。

 二人は、魔法少女として活躍しているスイレンとレナ、そのゲームアバターである。

 赤髪金髪、後頭部でポニーテールにした騎士風の快活な女性の姿をしたスイレンと、黒目黒髪、アバターの外見をリアルから一切変えていないレナ。二人はジャスティーを名乗る畜生妖精によって強制的に魔法少女にされた悲しむべき業を背負った女性たちだった。

「ああもう!ジャスティーはデヴィルを倒し終わった瞬間にどこかへ行ってしまうからしかえしもできないじゃない!」

 ドン、とエールのジョッキをテーブルにたたきつけたスイレンが赤ら顔で吠える。魔法少女にされた恨みと己の楽しいゲームライフを破壊されたことを憤るスイレンは、ことあるごとにジャスティーへと仕返ししていた。泥を投げつけたり楽器で不協和音を響かせたりといった攻撃を回避すべく、最近ではジャスティーは魔法少女あるいは人類の敵であるデヴィルが現れるタイミングでしか姿を現さない。

 魔法少女の相棒であるはずの妖精が行方知れずという状況に思うところはあったものの、レナは胸の内で暴れる感情を吐息に乗せて勢いよく吐き出した。

 スイレンとは違い、レナはこのゲーム自体に思い入れがない。というよりは、そもそもゲームなどこれまでの人生で片手の数しか経験したことがないような箱入りだった。

 強制的にゲーム世界でデヴィル退治をさせられることになった状況に思うところはあるが、レナはもう現状を打破することを諦めていた。

 相手は世界の時間すら止めてみせる魔法妖精。そんなバカげたオカルトあるいはフィクションの怪物相手に仕返しできるほど、レナは心が強くなかった。

 現実ではまだ高校生のスイレンとレナ。ジョッキに入ったエールからはアルコール分は消されており、実のところただ苦い麦汁だったのだが、そこは気分。

 酒場の隅でジャスティーへの罵詈雑言を繰り広げていた二人だったが、ふと感じた異様な気配にそろって顔を上げる。

「……また?」

「そうじゃないかしら。嫌ね」

 二人が感じたのは、新たなデヴィルの気配。魔法少女として何度も戦ってきたことによって、何よりゲームアバターの超感覚によって、二人は遠く離れたデヴィルの発生を感知できるほどになっていた。

 首の裏をさするスイレンが嫌そうにしながらジャスティーの到着を待つ。

 魔法少女の仕事なんて嫌だと、心から言いたくて。けれど、魔法少女の使命が非常に大切なものであることを知っているからこそ、スイレンもレナもデヴィルを倒すために戦い続けている。

 新しいデヴィルを感知する瞬間、いつも二人の脳裏によぎるのはかつての苦い記憶。

 それは、デヴィルにとらわれた人間の成れの果てとの闘い。

 デヴィルは、人の悪意が凝って呪詛となり生まれる怪物だ。その呪詛の多くはそれ単体で己の仮初の肉体を作り出すが、中には生きる者に取り付いて誕生することもある。特に、時折己の中で渦巻く感情を吐き出すことができない不器用な者が、自らの果てなき悪意に飲まれてデヴィルに堕ちることがある。

 そうして怪物となった一人の少年のことを、二人は今でも忘れない。

 クラスメイトだった男子。悪意に飲まれて変貌した少年はスイレンを阻み、戦力が足りないからと急ごしらえで魔法少女になったレナをも阻み、暴虐を巻き起こした。あわや裏世界を破壊して現実に魔の手を伸ばすというところまで行った。

 戦いの果てに妖精ジャスティーによって存在ごと消去された少年。その姿が、慟哭が、万斛の怨嗟の声が、今も二人の脳裏に焼き付いて離れない。

 それが、二人そろった初めての戦いであり、今も色濃く残る敗北の記憶だった。

 他者のために。身近な人のために。己のために。日常のために。

 覚悟を胸に宿すスイレンとレナは「どうして自分が」という苦い感情を隠し、お互いに決意を瞳に込めて視線を交わす。

「行くわよ」

「そうね。行きましょうか」

 軽くこぶしをぶつけた二人は、灰色に染まり始めた世界を歩き出す。

 世界が上書きされるとともに、スイレンとレナの姿も変わっていく。ゲームのアバターの容姿から現実の肉体の容姿へ。情報によって構成された衣装が、現実の服へ。

 時が止まった世界に放り出された魔法少女たちは、ゲームというアドバンテージを失い、ただの少女となってなお覚悟とともに敵を探す。

 ――違和感は、刻一刻と大きくなっていた。まだ、デヴィルの姿は見えない。その存在は遠い。けれど、世界はすでに灰色一色。

 ジャスティーによる世界の時間停止と裏世界へのデヴィルと魔法少女の誘導は、なんの代償もなくなしえるような力ではない。星の力とでも呼ぶべきものを消費して発動される奇跡の御業は、本来はデヴィルを閉じ込められるだけの狭い範囲に限られる。

 裏世界は箱庭であり、一定以上先には目に見えない壁がある。その、はずだった。

 二人の視線の先、ポリゴンで出来た山が揺れていた。それは山であり、モンスター。ゲームのフィールドボスの一体。レイドモンスターだったはずの山のようなドラゴンは、けれど今、異様な姿に変わり果てていた。

 森に生命の息吹をばらまくという大自然の王者は、その体から腐敗と汚泥をまき散らし、毒々しい紫煙を立ち昇らせていた。背中にあった苔むした巨木たちは枯れ果て、踊るようにそのしなびた枝を揺らす。

 黒と紫、赤、そしてわずかな青のマーブル模様。醜悪な色合いをした山が一歩を踏み出すほどにスイレンとレナが感じる振動は強くなっていく。

 それは、これまでにない怪物だった。小規模な悪意の塊となった時点で、呪詛はデヴィルとしてこの世界に、人類に牙をむく。そうなるように誘導されていると、かつて魔法妖精ジャスティーは語った。

 けれど、今二人の視界に映るのは。

 そんな対策を鼻で笑うかのように膨大な悪意が集まった巨躯のデヴィルで。

「……こんなの、どうすればいいのかしら?」

 呆然とつぶやくレナの視線の先、虚空から踊るように現れたジャスティーは、いつになく深刻そうな顔で二人の顔を見やる。

「ごめんね、外面を脱ぎ捨てた人間は……ゲーマーという人種は、僕が思っていたよりも厄介な存在だったみたいだ。他プレイヤーに対するやっかみ、作業パートに対するいら立ち、デスペナルティに対する怒り、疑似的な死による狂気……これだからVRMMOは蠱毒の壺だなんて言われるんだよ」

 VRMMOという存在が台頭してから、凶悪なデヴィルの発生件数が増加した。狭い電脳空間に膨れ上がる悪意はデヴィルにして討伐して散らすのが追い付かないものだった。そして何より、討伐される同胞(デヴィル)を近くしたデヴィルたちは次第に知恵を身に着け、隠れ潜み力を蓄えるすべを覚えた。

 それはあるいは、ここがゲーム世界――時間と経験によって現実の人間を超越した存在になれるからこそのものだったのかもしれない。人間から離れてなお人間としての汚い一面である悪意は、ゲーマーたちの怨念のような悪意をため込み肥大化し、強くなり続けたのだ。

 隠れ潜み、同族であるデヴィルを、悪意を取り込むことで己を強化し続けた。

 そうして生まれた怪物は魔法少女二人程度では到底かなうはずがない存在だと、ジャスティーは苦悩に顔をゆがめる。

 世界には無数の魔法少女がいて、彼女たちは人知れず人類を守っている。けれど増え続けるデヴィルに対して圧倒的に手が足りていない。果たして応援を求めたところで増援が間に合うとは思えなかった。

 時間を稼いで――死ねと、そんな意図を含む言葉を、けれどジャスティーは口にすることができなかった。曲がりなりにもこれまでともにデヴィルと戦っていた魔法少女たちを失うことを寂しく思った。ふがいない己に憤った。

 そして何より、迫る死を前にしてどこか飄々とした様子のスイレンの姿を目にとらえて困惑に思考が止まった。

 レナもまた、恐怖に震えるわけでもなくただじっとデヴィルドラゴンを見ているスイレンに驚愕した。

 どこか探るように、あるいはすがるように、レナはスイレンに話しかける。

「……怖くはないの?」

「そう、ね。……死ぬかもしれないと思うと怖いし、どうして自分がこんな絶望的な戦いをしなくちゃいけないの、なんていう憤りもあるわ。……でもね、勝てないって、そう諦めて立ち尽くす気にはなれないの」

 ニ、と笑ったスイレンが、レナの手を握る。震える手。凍えるほどに冷え切ったその手を温めるように、強く、優しく、指を絡める。

「私だけだったらすぐにでも逃げていたかもしれない。ジャスティーに罵声を浴びせて、逃がしてと喚き散らしていたかもしれない。最後にできる限り仕返しをしてやるなんて考えていたかもしれない」

「でも、違うのね?」

「そうよ。だってここには私だけじゃなくて、二人も魔法少女がいるんだもの。私一人では勝てないかもしれない。けれど二人なら?……負ける気がしないわね」

 獰猛に歯をむき出しにして告げる。その体が小さく震えていることを、手をつないでいるレナは感じ取れた。感じ取って、けれど自分を励ますためだけに虚勢を張っているスイレンにこれ以上身を任せる気にはなれなくて。

 ゆっくりと絡まる指をほどく。手のひらの中から零れ落ちていく熱が、焦がすような喪失感を心にもたらす。

 落ち着けと、頬を張る。敵は強大。死にに行くような戦いで。

 けれどそれでも、隣には多くの戦いを共にした戦友がいる。相棒がいる。

 だったら、わたしたちが負けるはずがない――

「行きましょうか。勝利につながる戦いへ」

「そうね。だって私たちは魔法少女だもの」

 口では嫌だと言っているが、スイレンとレナはもう体の芯から魔法少女になっていた。

 世界を救う影の英雄。魔法妖精に与えられた、魔法とも言い難い小さな奇跡を手に、二人は敵に向かって走り出す。

 身の丈近くある巨大な鋏を握り、スイレンが先を行く。そのあとに続くレナは、同じく己の背丈ほどもある針を背負い、腰まである己の黒髪を指ですき、覚悟とともに引きちぎる。

 針に髪を通すレナの気配を感じ、強く唇をかみしめるスイレンがさらに速度を速める。まるで一陣の旋風のように、渦巻く空気の中にその身を置いたスイレンが走る。

 短い黒髪を大きく揺らしながら、開いたその鋏を手に、迫るデヴィルドラゴンの体へとその刃を振り下ろす。

 デヴィルドラゴンの体に生える枯れ木の枝が、蠢くマーブル模様の肉塊がスイレンへと迫る。だが、届かない。届かせない。

 恐るべき速度で鋏をふるうスイレンは、切り刻んだ布を流れるように後方へと投げ飛ばす。

「レナ!」

「任せて!」

 飛んでくる肉塊をキャッチするのではなく、空中にあるそれに針を走らせる。飛んでくる肉は瞬く間に髪をまとめた糸によってつなぎ合わされ、肉の鎧が出来上がる。

 パッチワークドレス。

 凶悪なデヴィルの肉を使えば、それだけ強い防具が作れる。それは一般的な魔法少女のような、かわいらしいものではない。それを身にまとえば、たとえ平凡な少女であっても敵キャラ以外の何ものにも見えなくなる。

 どこまでもリアルで、スプラッタな血濡れの鎧。けれどそれは、魔法少女の力そのもの。

「スイレン!」

「よしッ」

 投げられたパッチワークドレス・デヴィルドラゴンミート仕様を受け取ったスイレンは、その手触りと吐き気を催すような外見に顔を引きつらせながらも、流れるように袖を通す。

「ギィェェェェェェッ」(行くわよぉぉぉぉぉ!)

 醜悪な雄たけびを上げ、毒々しい色合いの肉の塊がデヴィルドラゴンの体の上に飛び乗る。

 その両腕で抱える鋏で、皮を剥くようにデヴィルドラゴンの肉をそぎ落としている。

 レッドカーペットのように空中を踊る長い皮がレナへと集まる。魔法によって伸び続ける己の髪で縫い続けるレナは止まらない。それどころか、スイレンに合わせるようにその動きが早くなる。

 デヴィルドラゴンが吠える。たった二人の人間が最強(レイドモンスター)に勝てるわけがないと、矮小な人間ごときが己に傷をつけるなど許しがたいと、万斛の怒りを込めて衝撃波をまき散らす。

 虚空を舞うスイレンに無数の枝が迫る。巨木の幹のように太い脚が大地を砕き、巨大な岩盤をレナめがけて飛ばす。

 万事休す――けれど、レナは逃げない。裁縫を止めない。なぜなら信じているから。いつだって自分の先輩として、自分のバディとして戦って来た彼女が、この程度の攻撃で倒れるはずがないと、そう確信していたから。

 一陣の風が吹く。

 突き飛ばすように横から飛び込んできた肉塊が、レナを抱き上げて岩石の軌道上から逃れる。

 頭部と片腕の鎧を失ったスイレンは、数メートル進んだところでがっくりと膝をつく。その額から真っ赤な血が流れていた。

「スイレン!?」

「だい、じょうぶ……続けて」

 震える足で立ち上がったスイレンが、レナをかばうように両手を広げて、デヴィルドラゴンに立ちはだかる。

 ぐ、と強く唇を噛んだレナは、これまで以上の速度で手を動かす。

 また、守られている。一緒に戦っているはずなのに、いつだって危ないところをスイレンに任せてしまっている。自分だって魔法少女なのに。自分だって、デヴィルを倒さないといけないのに――

 ふらつくスイレンの先、デヴィルドラゴンが口腔に漆黒のエネルギーをためていた。それが放たれた瞬間、自分たちは死ぬのだと悟って、体が震えた。

 立ちはだかるスイレンの体が揺れている。よく見れば、その体のところどころに、入れ墨をしたように黒く染まった肌が見えた。悪意に触れて呪われていた。

 情人であればとっくにくるっていてもおかしくない量の呪詛を浴びて、けれどまだスイレンは倒れない。確かに守り通して見せると、蛮勇を宿した背中が語る。

 もう、いいよ――絶望が心に満ちる。スイレンだけでも逃げてと、心が叫ぶ。

 けれど、体は動く。あがくために、一切の光も見えない絶望的な状況で、それでも一縷の望みを探してもがき続ける。

 漆黒のブレスが、デヴィルドラゴンの口から放たれる。

 間に合わない――

 レナの瞳から、一滴の涙が零れ落ちる。悪臭と薄紫の煙漂う灰色の世界で、その雫はひどく美しく光り輝きながら大地を濡らして。

「っ!」

「何!?」

 涙で濡れた芝から、極光があふれる。七色の光の瀑布は、けれど暖かくレナとスイレンを包む。

 デヴィルドラゴンのブレスと極光の光が激しくぶつかり合う。空間が砕けてしまいそうな膨大なエネルギーの衝突は音にならない衝撃波と膨大な莫大な熱を周囲へとまき散らす。

 その余波に二人が飲み込まれそうになった、その時。

 極光の光の中を影が踊る。揺蕩うように虚空に巻き上がる長いロープのようなそれは、スイレンが切り裂いたデヴィルドラゴンの体表。

 虚空を糸が舞う。巨大な針が光を反射してきらめく。

 下から突き上げるように生まれる物体が、スイレンとレナの体を勢いよく上空へと持ち上げる。ぶつかる二つのエネルギーの、その先。衝撃波が届かないような遠くへと。

「があぁぁぁぁおおおおおおおおッ!」

 どこか気の抜ける咆哮が砕けつつある灰色の世界に響き渡る。極光の光を中心に進む亀裂の先から、莫大な情報が流れ込んでいた。

 その奔流が頬を撫でていった次の瞬間、スイレンの黒髪は見慣れた赤髪へと変わり、漆黒の相貌は黄金に輝く。ゲームアバターへと体が戻る。

 このゲーム世界には、膨大な悪意が渦巻いている。確かに、人間は恐るべき悪意をその身に宿しうる。

 けれど、人間が抱く感情は、悪意だけではない。そんなはずがない。

 喜びが、達成感が、幸福が、希望が、無垢な祈りが、世界にはあふれている。人の心には、善性だって宿りうる。

 それを証明するように、ゲーム世界を揺れ動く生の感情が、妖精ジャスティーの「魔法」さえ吹き飛ばし、世界をあるべき形へと戻す。

 灰色の世界が色づき、そして。

 そこには、天まで届きそうな巨大なムカデの姿があった。

「え……なんでムカデ?」

 ゲームアバターが獲得していた裁縫スキルによって高速自動作製を行ったレナは、自分が生み出した想定外のものに開いた口がふさがらなかった。巨大なムカデ着ぐるみ――中身空洞、ガワだけのつぎはぎ(パッチワーク)の頭部の上で、レナはぱくぱくと口を開閉する。対してスイレンはどこか確信と諦観をにじませた笑みを浮かべていた。

「私のせい、かも。初めて作ったパッチワークドレスがムカデだったから、そのせいじゃないかな」

 魔法少女の魔法は、奇跡の力だ。現実世界でもゲーム世界でも変わらず発動する、人類を救うための力は、魔法少女の思いに応え、どこまでも高く、魔法少女たちをはばたかせる。

 けれどそれは、同時に魔法少女の行動を勝手に評価するということでもあって。

 デヴィルドラゴンよりも何倍も高いところ。巨大なムカデ着ぐるみの頭頂部のパッチワークに絡めとられるように埋まった二人は、始まる怪獣大決戦を前に冷や汗を流すばかりだった。

 ムカデの巨体が倒れていく。その先には、己を見下ろすムカデに憤るデヴィルドラゴンがいる。

「っ、操縦するわよ!合わせて!」

「わかったわ!」

 いろいろ言いたいことを飲み込んで、二人は手を取り合ってムカデ着ぐるみ(パッチワークドレス)を操作する。

 俊敏に大地を這い進むムカデが、その体の一部を破損させながらもデヴィルドラゴンを削っていく。

 けれど、まだ足りない。山のように大きなデヴィルドラゴンを倒すには至らない――

「さぁ!このイベントを逃すなんてもったいないッ!」

 声が響く。世界に響けとばかりに喉を震わせるのは魔法妖精ジャスティー。デヴィルのことがばれてどんな罰が下されるかひやひやしながらも、彼はデヴィル撃破のために最善を選択した。

 ジャスティーの音頭に合わせて、無数の人影が動く。スズメバチに集まるミツバチのように、デヴィルドラゴンへと襲い掛かる。

 そう、ここはもう、妖精による時間停止した裏世界ではない。

 ここはVRMMO世界。この舞台の主人公は、魔法少女でもパッチワーク人形でもデヴィルでもない。

 ここは、現実を生きるように時間を過ごす(コンテンツを楽しむ)、プレイヤーたちのための世界。

 無数の魔法が乱れ飛ぶ。スキルによる飛翔する斬撃が、色とりどりのバフをその身に宿した戦士たちがデヴィルドラゴンに刃を突き立てる。

 ここは俺たちの狩場だと、俺たちの世界だと、声高らかに吠える。

「行くよ!」

「うん!」

 ムカデは大破して、ドレスを失ってなお魔法少女たちは止まらない。

 周囲に飛び散っていた巨大な肉塊を加工して、大きなハンマーを作り出す。

 デヴィルドラゴンが、最後のあがきとばかりにため込んだ呪詛を周囲へと吹き出してプレイヤーを襲う、その間際。

「「これで、終わりよ!」」

 満身創痍の二人の魔法少女が振り下ろした巨大な肉塊槌(パッチワークハンマー)が、デヴィルドラゴンを叩き潰した。

 破裂した肉塊が、デヴィルドラゴンだったそれが、霧に体を変えながら消えていく。

 その悪意のかけらが最後まで消えるのを見届けてから、スイレンとレナは顔を見合わせて、そして握る両手を高く、高く空へと掲げた。

「「(わたし)たちの、勝利よ!」」


 デヴィルは消えない。人がいる限り、あふれる悪意は呪詛となって世界をむしばむ。

 けれどきっと、デヴィルたちが世界を滅ぼすことはできない。

 なぜなら、つぎはぎ纏いし魔法少女たち(パッチワーク・マジックガールズ)が人知れずデヴィルを倒し、その悪意を浄化しているから。


 善性と正義と決意を胸に、今日も魔法少女たちは戦い続ける。

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