アレス3
ギルドの入口の扉は意外に重い。
俺はその重みに高揚感を感じながら一気に開けた。
カランコロンと扉上部についたベルが鳴る。
一歩を踏み出せば、そこはまさに異世界のギルド酒場だった。
俺はゆっくりと奥に見えるカウンターらしき場所へ向かっていく。
6人掛けの丸テーブルが8つほど入るくらいの広いギルドに、満席とまではいかないが多くの冒険者たちが腰かけていた。
そのどれもが酒を飲んでいるのか上機嫌で楽しそうだ。
高い天井からは年季の入った大きなシャンデリアがぶらさがり、粗暴な冒険者たちを照らしている。そこに丁度運ばれてきた料理も、鶏の焼いたようなのや魚のむしたようなのなど、うまそうなものばかりだ。
そういえばこの世界に来てから1度も食事をとっていないな。なにか食べておきたいけど、手持ちの銅貨で足りるだろうか?
受付までくると、期待通りというべきか、メイドのような格好をした受付嬢が出てきてくれた。
「お疲れ様です!冒険者ギルドへ…ってヒィ!」
「どうしたんだいリル!」
リルと呼ばれた受付嬢は俺を見てびびってしまったようで、心配したのか赤髪のメイド長っぽい人が出てきた。胸に付けたリボンの色が違う。階級でも表してるのかな?
「ああ、なんだいアレス、あんたかい。脅かすんじゃないよまったく」
「す、すまない」
「ノルドなら上でギルマスと話して…って、なんて言ったんだい今」
「え、いや、すまない、と」
「ふむ…」
メイド長は俺を訝し気に見つめると、推理するような口調でぼそぼそとしだした。
「……新種だと騒いでたノルド、あとから帰ってきたアンタ。外傷は見当たらないけど新種とやらになんかされたんだね?重症みたいだよこりゃ」
「あの…」
「ああ、ああ、わかってるよ。とにかくここじゃなくて2階へ行きな」
俺は促されるまま2階へと向かった。
「アレス!?」
ちょうど2階の扉からノルドが出てくところだった。
「おいお前、新種はどうしたんだ!!今ギルマスにクエスト発行依頼出したとこなんだぞ!?」
ものすごい声量で詰め寄られる。
そういえば見張りを頼まれていたっけな…こればっかりは手を出した留学生君が悪い…今は俺か。
まあとりあえず事実を言って謝っておこう。
こいつは俺の上司、だよな?
じゃあ適当に敬う感じで…
「すみません、襲ってきたので討伐してしまいました」
頭を下げてみる。
返事はない。やばいな、相当怒ってるのか?これは最悪ひっぱたかれるのも覚悟して…
「…は?」
たっぷりあって、ノルドから帰ってきたのは1文字だった。
ようやく俺は頭をあげてノルドの顔をみる。
めちゃくちゃ驚いてる顔だ。
ああ、俺はアレスか!
しくじったな、丁寧すぎた。
「あ、アレス、ひとまずアーリヤの所へ行こう、診てもらうんだ」
おお、話が早いな。
よほどショックを受けたのか、そう言って2階の奥へ進むノルドの顔は青い。
「新種クエストは激レア、それをアレスが単独討伐に成功、しかしなんらかの呪いをもらってきた可能性が?いやそもそもクエストの報酬は、いやいや、アレスが、いやしかし、」
ぶつぶつと言いながら奥へと進んでいく。
俺に会った人はみんなこんな感じになるな。
俺を知ってるっぽい人と話すのは気を付けたほうがいいだろうか?
突き当りの扉は明らかに他とは違うものだ。
青く塗られ、金で装飾がされている。ノブは円形で、これまたきらびやかだ。
「よし、アレス、ともかく入れ」
「え、ああ、はい」
「はい…?相当だな…まあいい、くれぐれも失礼のないようにな!」
俺は言われるがままに扉を開けて中に入った。
部屋は狭くて暗い。
部屋の中央にはこれまた小さなテーブルが置いてあり、カーテンでおおわれている。
こういうのどこかで…
ああ、学祭のオカ研か!占いの館とかいって、面白半分で入った事があったっけな。
「ふむ、珍客じゃな」
カーテンの向こうから女の子の声が聞こえる。
「アーリヤ、さん、ですか」
あてずっぽうだがまちがいないだろう。
俺は立ったまま声をかけてみた。
「さん、ですか、じゃと?
ふふ、面白い、なるほど。
そういうわけで来たんじゃな」
「ええと、」
「ああ、ワシはアーリヤじゃよ。お主の言う通りな」
女の子の喋り方は声に似合わず年齢を感じさせる。
のじゃロリってやつだろうか?
それとも声が若いだけのBB「なにか余計なことを考えておるな?」
「い、いや!」
「ふうん?まあよい、ともかくそこに座れ」
声で誘導され、アーリヤの向いと思われる椅子に座る。
「うごくでないぞ」
俺からは大したことは言ってないはずなのに、何かを見透かされているようだ。
「ふむ……」
3分くらいは待った。何を言われるのだろうか。そもそもこの女の子が何者かも分からない。
「お主、中身がないな?」
どきりとした。
「ふむん、中身がないというより、違うものになっておる、が正しいかのう。
以前のお主とは違うようだ。
まあワシも全能じゃないからの、なにがというところまでは分からんが、どうじゃの?」
ここまで言い当てられるとは思っていなくて、驚いて黙ってしまった。
どう返すべきだろうか。
異世界から来た人間が中身です、なんて、荒唐無稽なことを言い出したらどうなるか。
考えていると、助け船を出してくれた。
「言いたくない事情でもあるのじゃな。
ふむん、なるほど人にはいろいろあるものじゃ。
無理に言わんでもよい」
「そうしてくれると助かる」
「うむ、わしもここで治癒技をしている端くれじゃからな。お主が聞かれたくないだろう事くらいは分かる」
「ちゆぎ?」
「む、忘れてしまった、というか、知らんという口ぶりじゃな。良い機会じゃから説明してやろう。昔のお前じゃ絶対に聞かないような内容じゃが、それでも聞きたいか?」
「ああ、聞かせてくれ」
アーリヤから語られる治癒技の説明を、アレスではない俺は、真剣に聞くことにした。