アレス1
「さて、これからが大変だな」
ひとりごちて、これからのための準備を進めた。
元アレスの長剣を背中にあった鞘に納める。
長さ故腰に差すことはできないので、背中に背負うのが一番よさそうだ。
この長剣は取り回しが難しいのが難点だな。
背負い心地を確かめてベルトを締める。
指ぬきグローブもしっかりとはめ直し、つま先をトントンと地面に当て、靴の履き心地を確かめる。
うん、いい感じだ。
近くに投げてあった革袋…ほんとにただの革袋で、持って歩くことになりそうだが…を拾い上げる。
中には数枚の銅貨と、これは砥石?
それと水の入った革袋が入っていた。
とにかく必要最低限な物しか持たない男だったんだな、アレスってやつは。
それを左手に持って、俺は歩き出した。
これがゲームなら音楽の一つでも流れただろうが、そうではない。
大自然に流れる風の音と、トンビのようなはるか上空を飛ぶ聞いたこともない鳥の声に、ここが俺の現実なのだと呼び戻される。
向かうのはアレスの上司が向かったギルドというやつだ。
走って行った先を改めてみれば、遠くに石垣が見える。
街はそう遠くなさそうだ。
歩き心地を確かめるように1歩1歩を踏み出していく。
土を踏みしめる音さえ、今の俺には心地よかった。
途中に川が見えたので寄ってみる。
流れがよく、飛べば越えられるくらいの小川だ。
川は森の方から続いてるらしく、森の向こうには山が見えた。
俺は飲み干してしまった水を汲むと、顔を洗って、もう一度自分の顔を見た。
ふむ、アレス、なかなかいい男じゃないか。
栗毛の短髪は切れ長の目によく似合っていて、少々不愛想に見える口元も、意識すればやわらかい印象になった。
この顔で、生きていくんだ。
親や兄弟、もしかして妻がいたらどうしようか。
歩きながら考えるが、今不安になってもしょうがないかと思い直す。
もう町は、すぐそこだ。
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「アレス!戻ったのか!」
何も考えず正門らしいところに来た俺を、いかついが愛想のいいスキンヘッドの門番が迎えた。
「おうおう、ノルドが慌てて帰ってきたから心配してたんだ。お前だけ残されてきたんじゃ、ってな。無事だったならそれでいいぜ。ん?少しやわらかい印象になったか?んなわけねえか。あの不愛想なアレスに限ってそりゃねえ。まあいい、とりあえずアレス、お前なら通っていいぜ。まあ俺ほどお前に声をかけるやつなんてこの街にゃいねえがな、わはは、おっと機嫌を悪くするなよ!って、どうしたんだ?」
なんってよくしゃべる男だ。
俺だって健太の時はそれなりに喋る方だったが、状況もあってか圧倒されてしまった。
察するに知り合いらしいので、アレスっぽくごまかしてみることにした。
「ああ、、なんでm、問題ない」
(ちょっと下手だったか?)
「はっ!そうかい!悪かったな!わはは!でもそれにしちゃお前、少し変だぜ、いつもは剣を抜き身で持ち歩いてるのによ!ご丁寧にしまってるなんて、頭でも打ったか?」
「なっ、い、いや、実は、そうなんだ、新種のモンスターにでくわしてな」
(アレス、なんて危ないやつだったんだ…)
「おおう!そりゃいけねえや!ギルドまで連れてってやるからアーリヤに診てもらうんだな!」
ぎりぎりで会話を成り立たせたが、ひとまずこれは助かる提案だ。
正直この街の名前もこいつの名前も俺の危険性もわからないままだが、
ひとまず上司…ノルドって言ったか?に会えば話は分かりそうだしな。
このスキンヘッド門番に頼ってしまおう。
「ああ、わかった、頼んでいいか」
「んん!?今おめえなんて」
「ん…?たのんでいいか?と」
「はあ…そんなクチがきけるタマじゃなかったぜ、おめえは…
いよいよやべえな。はやくいくぞ、アーリヤんとこへ」
「お、おう」
どんだけ態度悪かったんだ、アレス。
普通にお願いしたら心配されるってよっぽどだぞ。
ともあれ俺は、案内されるがままギルドに向かうのだった。