転生3
つまるところ俺はモンスターで、彼らは上司と留学生などではなく、いわゆる冒険者というやつなのだろう。
その証拠に、それぞれが長めの剣や鋭いやりをもっている。
異世界かあ。
すべてを投げ出したいと考えることはあったが、まさか自分が現実世界から投げ出されることになるとは思わなかった。
とはいえ、よくある物語じゃあトラックに轢かれたり通り魔に刺されたり女神サマに召喚されたりするもんだが、片頭痛って……
「何をしてくるかわからんからな!目を離すなよ!」
怒声が三度聞こえてきてようやく俺は大ピンチだということを思い出した。
目の前には冒険者2人。
対する俺はスライム。
こんなのはRPGのチュートリアルにもならないぞ。
せっかく投げ出されてきたんだ。
『満足するまでやりたい』!
そう強く願ったら、身体が光りだした。
冒険者(仮)達が騒いでいる。
少しして光は収まった。
結果から言えば、何も変わっちゃいなかった。
「ぴききぃ…」
「おい、アレス、あいつ今なんだよって言わなかったか?」
「さあ」
「さあってお前な…まあいい、とにかく俺は一度ギルドにこのことを伝えてくる。それまで見張っておけ、いいな」
「了解」
俺がトラックだの女神だのと考えている間にそういう話になっていたらしい。
上司…もう便宜上上司と呼ぶが、上司は俺に背を向けて走っていった。俺の目でははっきりと遠くは見えないが、そっちの方に街があるんだな。これはいい情報を得たぞ。
「ふう」
留学生君は息をつき見張りの体制になるかと思ったが。
剣を高く掲げ、それから上段に構えた。
まずい!モンスターの感だろうか。危険を感じた俺は咄嗟に左へ飛ぶ。
初めての移動だったがうまくいったようで、俺は全身で着地した。
移動距離は…1メートルくらいか。
アレスの方を向く、が、いない。
「スライムのくせにやるな」
声が後ろから聞こえてきた。
一瞬で俺の後ろへいったのか、こいつ。
ゆっくりと体全体で振り返り、今度は注意深く敵を見た。
長剣を斜めに振り下ろしたようなポーズから俺の方へ向き直る、鷹揚としてスキのない動きだ。
アレスはレザーの上下に肩、胸、腰を薄手のプレートが覆っている軽装スタイルでありながら、身の丈3分の2程の長剣を備える完全パワー型の装備をしている。
長剣はよく手入れされているのか剣の先まで輝いて、触れただけで怪我をしそうだ。
そしてあの動き。
今の俺では適わないな、と純粋に感じた。
それでも俺は。
この世界で満足するまでやるんだ。
アレスは表情を変えないまま再び剣を上段に構えた。
――――留学生よ、見張れと言われたら、見張りだけしておくのが鉄則だぞ
生死をわかつこの現状で、余裕があったもんだ、と思う。
今の俺に出来るのはなんだ。
アレスの体がゆらりと動いた。
ここしかない!
アレスの剣の動きは、構えと残心から予測すれば、上から下に振り下ろす動きだ。
であれば、振り下ろすまでの一瞬、胸か腹が無防備になる。
アレスが消えた瞬間
俺は目の前に向かって全身で体当たりをかました。
「なっ」
アレスは剣を振りかぶったまま立ち止まり、焦ったような声を出した。
うまくいったか?
いや、そうじゃない、俺が、アレスの胸のプレートに当たって、豪快に飛び散っている。
やわらかいものを強い勢いで壁に叩きつけたらどうなるか、考えていなかった。
意識が薄れていく。
おいおい、自滅かよ、だったらせめて…
『満足いくまでやらせてくれよ!』
俺はまた強くそう願う。
すると今にも飛び散ろうとしている俺の残骸たちが光りだし、繫がりだした。
胸からびたりと張り付き、必死にアレスにとりつく。
アレスは無言で俺を振り払おうとするが、俺もしがみつく。
死んでたまるか、やりきるんだ、異世界でくらい!
まるで子供が大人に向かっていくのと同じだ。なんの効果もない。
訳でもなかった。
アレスの全身から煙が上がりだす。
俺の体も熱くなっていた。
――――『吸収』してるのか?
こうなればヤケだ。どうにかなるまでやってやる!
そうして俺は、俺の限界がきて意識を失うまで、アレスに吸収を続けた。