前編・ルミエール
ルミエール・アリディとノイカ・ラーズは学園の敷地にある庭園で、二人っきりのお茶会をしている。
白、黄色、赤、青。
鮮やかな彩りを放つ花々が咲く庭園。
その中央に位置するガゼボは二人の愛用している所だ。
紅茶のカップはお互いに贈りあったものを使用している。
薄桃色の線が入ったものと黒色の線が入ったもの。
ルミエールは二つのカップにお茶を入れる。
テーブルの真ん中には茶請けのクッキーが置かれている。
ノイカが作ったものだ。
お茶を用意するのはルミエール担当。
茶請けを用意するのはノイカ担当だ。
「ルミー、私、言わなきゃいけないことがあるの」
「どうしたの、ノイ? そんなに改まって」
ルミエールは緊張した面持ちのノイカをじっと見つめる。
内心、緊張に強張った顔も可愛いと思ってしまう。
ノイカはルミエールにとって、世界一可愛らしい女の子だ。
家族からも「ラーズ家の宝石」と言われ育てられたらしい。
自信がありあまっている所以だろう。
彼女の貴族らしからぬ明るさはみんなを魅了する。
腰までのばしたピンクブロンドは緩く巻かれている。
整った顔に愛嬌を与えているのは鼻のそばかすだ。
透き通る水色の瞳は潤んでんいるように見える。
ノイカは息を吸い込んだ。
ぐいっと眉間にシワを寄せている。
なにかの衝撃を受け止めたかのような険しい表情だ。
「私ね、実は転生者なの」
「てんせいしゃ?」
「ここは乙女ゲームの世界で私はヒロインなのよ!」
「おとめげーむ……ひろいん……?」
突拍子もないノイカの発言に首を傾げる。
いくら考えても、彼女の放った単語の意味は分からない。
ノイカはたまに知らない言葉をつぶやくときがあるのだ。
『おとめげーむ』や『ひろいん』もそのたぐいなのだろう。
「やっぱり、分からないわよね」
「ごめんなさい、ノイ。私の勉強不足だわ」
「違うの、ルミー! これは私の前世の記憶で……説明が難しいのだけれど、ここは物語の世界で、私が主役なの」
ノイカの説明はとても分かりやすいものではない。
だが、彼女の表情から察するに真剣なのは分かる。
ルミエールはノイカの言葉を信じることにした。
彼女が嘘をつくとは思えないからだ。
おかしな事を言うことも多いが、彼女はいつも真面目なのだ。
それに、たとえノイカに嘘をつかれても私は彼女を責めることは出来ない。
だって、その嘘は私のことを想ってのものだと分かっているから。
「凄いわ、ノイ。貴方が主役の世界だなんて! 私はどうゆう役割かしら? 友人?」
「……悪役令嬢よ」
「悪役令嬢? 悪い人ってことかしら?」
「そうよ。ルミエールは王子様の婚約者でありながら、その立場を利用して悪事を働くの。そして最後は断罪されて、国外追放される運命にあるわ」
「それは嫌ね。でも、どうしてそうなったのかしら? 私、悪事を働いた覚えはないもの」
「そうルミーはそんな事しないわ! きっと、冤罪なのよ。だから私はルミーを国外追放させたくないのよ」
「ノイ……」
「だから、安心して! 私を信じて、必ず助けてみせる。そうすれば、2人で幸せになれるはずだわ!」
ぎゅっと両手を握って力強く宣言したノイカ。
こんなにも必死に訴えかけてくる人を疑うことが出来るだろうか?
いや出来ない。
出来るはずがない。
この子ほど真っ直ぐで優しい心の持ち主はいないと思う。
ノイカはいつだって他人のために行動している。
そんな彼女に救われたのは一度や二度ではない。
もし、ノイカがいなければ今の私はいなかったかもしれない。
ノイカのいない世界があったならば私はどうしているのだろう。
想像するとゾッとしてしまう。
だけど、今はもう大丈夫だ。
ノイカがいるだけで幸せな気持ちになる。
そんな気持ちに浸っていると、突然、マントをはためかせる男子生徒が現れた。
「ここに居たか、ルミエール・アリディ!」
「……第二王子殿下」