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05 / 訓練


「おまぇ…カトラス…後で…覚えておけよぉ…!」


 走りながら、キルドが恨み言を述べてくる。


「んなこと…言ってる…暇…あったらぁ…走れぇ…」


 カトラスとキルドは山のランニングコースを走っていた。

 数時間前、クイナが五天王会議へ赴く前に言い渡された訓練内容。

 その時の会話が思い出される。


「――走り込め!それだけだ!」


「走り込めって、どれくらいですか?」


「んー…80周くらい?」


「はちじゅっしゅう!?」


「そうだ」


「ひゃー、80周!頑張れよ、カトラス!」


「何言ってんだキルド、お前もだぞ」


「へ?」 


 ―――そして今に至る。

 この数値的には知りえないが、取りあえずスゲェ長いと分かる道を二人はもう79周走った。

 既に二人に体力は底を尽き、体力が万全な者が二人に並ぶなら、そいつは歩けば十分な程の速度だ。


「頑張れ…キルド…あと…半周だぁ…」


「何で…僕…魔術師… ――くそがぁ!!!」


 突如、キルドのスピードが大幅に上昇した。

 さっきまでカトラスの後ろを走っていたのに、もう追い抜いていた。


「お前――!俺と一緒に走るっていっただろ!」


「ハハハ!残念だったなバカめぇ…!!」


「ふっざけんなぁ…!!!」


 カトラスもキルドにキレて負けじとスピードを上げた。

 さすが剣士と言うべきか、その最高速はキルドを上回っているが…


「負けるかぁ!」


 キルドが迫真の咆哮を見せて、追い抜いたカトラスにまたも追いついた。

 二人にとってこの瞬間は訓練ではなく、男のプライドを掛けたレースへと変貌していた。

 お互いの体を擦り寄せあい、睨みつけ、足はそれまでの疲労を見せない速度で動いていた。


「「うおぉぉぉぉぉ!!!!!」」


 ランニングコースの終わりまでもう十メートル。

 あれほど長かったマラソンの終わりはそこにある、そこを通れば終わる。楽になる。

 だがそんな考えは今の二人には無い。

 ―――コイツより先に、ゴールする。どこが明確なゴールラインなのか、誰が判定するのか…

 そんな疑問、彼らには無かった。というよりそんなことを考える余裕は無かった。


「しゃあぁぁぁ――!!!」


 勝利の雄たけびをあげたのは、キルドであった。

 勝因はペース管理。キルドは計画的にラストスパートを決めたのに対し、カトラスは突発的に行った。

 故にそこに出せる最高速度に差が生じた。

 要するにキルドは元より裏切る気満々だから勝ったのだ。


「お前、何でそんなに…」


 数秒遅れてカトラスが到着して、ふらふらしながらキルドの近くまで歩いてきた。

 

「はっ、貴様とは脳の出来が違ぁぁ…」


 決め顔をして、決め台詞を言い終わる前にキルドがぶっ倒れた。

 そら80周後にまともな会話が続けられるはずがない。 


「ごあぁ…むりぃ…」

 

 それを追うようにカトラスも倒れた。

 二人は仰向けで、空を見上げる。だがその美しい雲一つない青空を楽しむ余裕は無い。

 呼吸で精一杯で、しばらく動けそうには無かった。


「ひぃ…はぁ…ふぅ…」


 四番隊の拠点は山脈の果てに、普通の魔族が来れないような僻地にある。

 周りは森に囲まれ、家屋は一つ。そこには拠点としての機能の全てが詰まっている。

 宿舎、会議室、倉庫…あらゆる物がそこにあるのでとても狭い。

 ――いい加減新しい建物建てない?とは姐さんの口癖である。


「お前、まじで、恨むからな…こんな訓練に付き合わせて…」 


「文句は…姐さんに言ってくれぇ…俺が付き合わせたわけじゃなぃ…」


「それは嫌だぁ…」


 あの夜から一週間が経った。カトラスはあの後強くなりたいという要望のもと、クイナに壮絶な訓練を課され、キルドも泣きながらそれに付き合わされていた。

 素振り、筋トレ、キルドは魔術の座学、カトラスは他の隊員との模擬試合など…様々なことをした。

 そして今日。キルドは五天王会議でクイナが本島へ向かうため、サボれると考えていた最中、80周の前代未聞の地獄トレーニングを言い渡された。


「クイナ姐さんは馬鹿なんじゃねぇか――80周なんてよぉ…」


 そんな文句を言うキルドの上に、一つの影が重なる。


「ほう、誰が馬鹿だ?」


 その戦慄の一言に、疲れが落ち着いてきたキルドの顔が一気に青ざめた。


「すいませんしたぁ!!」


 謝罪の言葉だが、そこに誠意はない。証拠として、キルドはクイナから逃げるように全力で走っている。

 だが足がもつれ直ぐに倒れた。

 そのキルドの元へクイナは歩き、キルドの頭に手を当てた。


「ヒェッ…」


「何で怯えてんだお前…」


「握り潰さないでください…!」


「お前にとって私はなんなのだ…」


 そんな呆れ事を言いながら、クイナは魔術の行使を開始する。


「我らが神々よ、御身が生み出した全ての命、それを断たんとする全ての傷を塞ぎたまえ―――『エクス・ヒーリング』」


 緑色の光がキルドを包み、転んだときの傷を癒す。

 その魔術の本質は傷を癒すことではない。

 魔術の完了後、キルドはぬるりと疲れなぞ無いように立ち上がった。


「良かったな、これで訓練がまたできるな!」


「クソぉ!なんで回復魔術は疲労まで癒しちまうんだ!アァ!」


 そんな嘆きを、キルドはどこかに投げる。


「それは私の回復魔術が上級だからだ。感謝しろぉ」


 なんて言いながら、クイナは小気味よさそうに笑う。

 そうした後今度はカトラスに手を向けて…


「祝福を再び此処に『エクス・ヒーリング』」


 複製句。同じ魔術を連続して使用する場合、全く同じ詠唱をする必要がない。そして同属性なので祈祷句も不要。

 故に魔術師の考え方として、同属性で固めるのは基本。効いたら出来るだけその魔術を連射する。というのをキルドがカトラスと雑談している時に話していた。


「ありがとうございます姐さん…」


 感謝を言いながら、カトラスは立ち上がる。

 

「疲れはとれたか?」


「ああ回復魔術ゥ!すっかりとれましたよ!何やるんですか次は!これでまた80周とか言おうもんなら僕ここ抜け出してサバイバル生活しますよ!」


 なんて無様にキレ散らかすキルドに、クイナはハッと笑う。

 そうした直後、木剣を二本持ったケルイン副隊長が走ってきた。


「ったく隊長、パシるなら俺じゃなくて別のもっと下の隊員にしてくれよ」


 二本の剣を渡したケルインは肩をぐるぐる回して自身の肩をいたわっている。


「悪い悪い。思い付いた時にお前が隣にいたからな」


「ったく、人使いが荒いこと…」


 なんてため息をつきながら、ケルインは家屋に戻って行った。

 17歳の隊長が、30代の副隊長をパシる… 何とも筆舌に尽くしがたい光景だが、四番隊にとってはお決まりの光景だった。

 クイナはその一本をカトラスの足元に投げつけて、クイナ自身は剣を構えた。


「何するんですか姐さん」


「いや、少しお前らに憂さ晴らしに付き合ってもらおうと」


「エッ…」


 キルドは恐怖に声を失った。


「会議で少しフラストレーションが溜まったからな――今から二人で私にかかってこい」


 その内容を伝えたクイナにキルドは絶望し、カトラスは少しわくわくしていた。

 この一週間の訓練の成果がどれくらいなのか、試してみたかったからだ。


「嫌だぁ!クイナ姐さんに勝てるわけないだろ!」


「―――お前…」


 そのヘタレっぷりにカトラスのキルドに対する評価が若干下がる。やるときはやる男というのはここまでの付き合いで知っているのだが…まあこの感じは慣れている。


「ほう、嫌か。なら私に勝ったら褒美をくれてやろう」


 その一言にキルドがピクッと反応した。


「どんな、褒美を…?」


「そうだな…、明日一日休みにしてやる――」


「―――!!」


 瞬間、カトラスはとてつもない力がキルドに流れていくのを感じた。

 視覚出来るほどの魔力が彼の体に周りに表れた。 


「なあカトラス、男には絶対に勝たないといけない戦いってのがあると思うんだ――」


「お、おう。そうだな…」


 キルドはゆっくりと歩み、カトラスの隣に立つ。

 目線の先のクイナが、こちらもまた物凄い魔力を生成しながら、こちらを睨んでいる。


「―――それが、今だ」


 キルドは本気で勝とうとしている。無論カトラスもだ。


「いくぞカトラス!絶対に勝つぞ―――!」


 キルドが詠唱を開始した。―――戦闘開始だ。

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