04 / 五天王
「さて、近況報告といこうか」
長机の、俗に言うお誕生日席に座るのは黒のオールバックをした男。我ら人族解放軍の団長であるクレド=ライルその人である。
今は月に一度の五天王会議である。五大陸の各隊の拠点から転移魔術で、『人界』に集まり、団長と五天王全員で状況の報告や作戦を練ったりする。
ちなみに五天王会議には、毎月15日に行われる定例会と、各隊長が必要だと考えた時に開かれる臨時会。そして団長自身が召集する緊急会の3つがあり、これは定例会だ。
定例会は主に近況報告ぐらいなので、長机の団長から一番遠い場所に座っているクイナは肩の荷を降ろしながら参加していた。
「では慣習通り、一番隊から」
と言いながら起立したのは、一番隊隊長――『双剣』ニグであった。赤色の短髪で、剣での戦闘を得意とする気術師だ。その実力は隊長の中でもトップであり、団長にも引けを取らないと言われている。
普段の印象は明るい好青年だが、五天王会議は正式な場であるのでそれらしい立ち振る舞いをしている
「一番隊の先月の解放者数は14名。夜戦により得た物資は食料が主であり、既に我らの隊に必要な分を除いて本拠点に届けました。ご確認なされましたか…?」
「ああ、それは昨日君の隊の副隊長カインが来て渡してくれたよ」
解放者数というのは、奴隷や収容所に捕らえられた人族を救った数を示している。また、解放者は『人界』に匿われる。また『人界』は現在食料難気味なので、
「また、我ら一番隊がかねてより計画していたハイカ収容所への強襲の決行日が決定しました」
ハイカ収容所は一番隊の拠点が点在するライングロス大陸に存在する、中規模の人族収容所だ。
収容人数は50人程度。一番隊はかねてよりそこへの強襲を計画していた。
「ほう、それはいつだ」
「来月の10日に決定しました」
「来月の10日…ああ、魔神祭か。確かにその日なら祭りに多くの魔族が出払うだろうな」
そう同意したのは三番隊隊長である『妖刀』のアヤメである。どこか妖艶な雰囲気の女性であり、10人に聞いて10人が聞いて美人と答えるほどの美貌を持つ。紫色の髪をして、キモノ…という一部の人族に伝わる伝統的な
服装をしている。
魔神祭とは、魔族が人族に勝利したことを祝うしきたりである。毎年9月の10日に、各地で祭りが開かれそこには大勢の魔族が参加する。
人族にとって非常に忌まわしい日ではあるが、利用できるなら利用しない手はない。
「来月の10日か…いいだろう」
「ありがとうございます団長。差し当たって、他の隊から何名か作戦に加えたいのですが…」
「私は構わん。まあその辺は各隊と話し合ってくれ」
「分りました、一番隊からは以上です」
そう言って、ニグは着席した。
「では次は二番隊ですね」
立ち上がったのは、白色の長髪の少女。いかにも魔術師を言わんばかりのローブを着て、大層な杖を壁に立てかけている。
表情は動いていない。それは真面目な表情ではなく、無関心という感じ。作業をこなしているというのがひしひしと伝わってくる。
二番隊の隊長は、『魔道』の二つ名を持つセロ=クロノ―アという人物である。だが、彼女はセロその人ではなく、副隊長であるルインという人物だ。
年齢は15歳であり、聞くところによると超級魔術を使えるらしい。
―――まあ私も超級の回復魔術使えるのだがな!と、クイナは心中で優位性を保った。
「まず二番隊の先月の解放者数は0です。そして物資は魔石を積んだ馬車を三台ほど確保し、また魔術物資倉庫に盗みに入り、有用な物資の調達に成功しました――」
「毎回の如く解放数0か…」
成果の報告に、団長が苦言を呈する。
「セロ様は、予見の魔術を行使され自身に必要な物資のみを収集されております。セロ様は奴隷の解放にご興味はございません」
「――そりゃあねえだろ二番隊!」
長机が、一人の巨漢によって叩かれた。
机を叩いた彼の名は五番隊隊長――『鉄人』のゴリア。スキンヘッドの好漢であり、気前の良い豪快な性格である。その熱い性格は一番隊隊長のニグとはかなり仲が良いらしい。
彼は団長への忠誠が深く、その団長の命令である奴隷解放を遂行しないセロの方針に怒り、それを伝えたルインにもまた怒った。
「そりゃないも何も、私はセロ様に忠義を誓う身。セロ様の意志は何事にも優先されます」
「世界には今でも苦しんでる奴隷が沢山いるんだ!あんただって解放軍の一員なんだろ!だったら何故分らない…!」
ルインの変わらない意志に、ゴリアの怒りはさらに増していき…
「黙ってください。報告が出来ません…」
「黙れだと…俺ァ前から二番隊、お前らのやり方が嫌いだ。だいたい何故この会議にセロ本人が来ない!俺は隊長になってから長いこと経つが、アイツを見たことが無い!」
ゴリアは勢いよく立ち上がり、ルインを物凄い形相で睨みつけた。
そしてゴリアを除く四人の隊長と、団長は即座に気付いた。
―――膨大な力が、ゴリアに流れ込むのを感じていた。
「やめろまた突っかかるのか、ゴリア!」
ニグが立ち上がり、ゴリアに怒鳴った。
「ちょいとそこのルインとかいうヤツをしばいて、セロを出して怒鳴りつけてやる!」
「もし貴殿に私が敗北したとしても、セロ様は出てくるような御方ではないぞ。――だが」
ルインはただ淡々と語り、腕を横に、何かを掴むような手をした。
そうした直後、空間にゴリアとは違う異なる力が生じた。
それは、ルインの魔力である。
「私は負けないぞ…?」
近くの壁に立てかけてあったルインの杖が、吸いつくように手に掴まれた。
「我らの創造主よ――」
杖の先端についた宝石のようなもの――魔石が光り輝く。
それに対し周りは危機感を抱き…
「止めろゴリア!それにルインも!こんなとこで戦っても何も意味が無いぞ!」
ニグは必死に戦いを止める。だが二人は戦いを止めず、ゴリアは気力を生成し、ルインは詠唱を紡ぐ。
そんな戦慄の会議室、団長は静かに言った。
「まあまてゴリア。私はセロのそういった欲望に忠実な点を高く評価して二番隊の隊長としたのだ。つまりセロの行動の責は私にあるのだ。拳を下げろ」
―――その一言を聞き、ゴリアは気力を抑えて座り、ルインも詠唱を止めた。
「それに、セロも何か考えのあっての事だろう。あれはそういう男だ――」
さすが団長と言わんばかりの威厳と声音で、ニグが止められなかった戦闘を止めた。
「まあ団長がそう言うなら…」
「ご慧眼、感謝します」
ゴリアは少し悔しそうに座り、ルインは報告を続けた。
そうしてルインの淡々とした報告を聞きながら、先程の戦闘未遂を傍観していたクイナとアヤメは全く同じ事を思っていた。
―――またこれだ。
二番隊と五番隊は仲が悪く、こうした会議の場において理由は様々だが、大体何かしらの争いが起きかける。
で、それをニグや団長が止めるというのが五天王会議お決まりの流れである。
二人は今天丼芸を見終わった感覚なのだ。
「では三番隊、報告頼む」
どうやらクイナが聞いていない間に二番隊の報告があらたか終わっていたようで、三番隊に移っていた。
ちなみに二番隊の報告は毎回異様に長い。その理由として、二番隊は解放者数が0な変わりに他の成果が異様に多いのだ。
一番隊の報告が短いのは新人育成に力を入れている隊だからである。訓練がメインなので実働が少ない。
計画されているハイカ収容所への強襲は、実動訓練も兼ねているのだろう。
それに反して、二番隊は全く新人育成を行わない。即戦力のみを欲する。
ちなみに隊ごとにどれくらい実働と育成に比重をおいてるかを表すと。
実働は、二番隊>三番隊>四番隊>五番隊>一番隊 となり、育成はこれを反対にした順である。
「我ら三番隊は―――」
クイナは他の隊の働きに死ぬほど興味がない。だからこういう報告時は大体適当に頷きながら聞き流している。
何故自分が隊長をしているかと、楽しいからとしか言いようがない。だがその楽しいというのは実務的なことであって、こういった書類とか会議みたいなのは苦手である。
だから本当はセロみたく副隊長に任せたいのだが…、外面を保つ為にしっかりと参加する。
クイナには、セロのようにしてゴリアとかから反感を買うのは、不和を生むだけだから嫌だと思っている。
そんな鋼の心は私にはない、クイナはセロの有様をみていると、いつもそう思う。
「以上でございます」
「では、四番隊だな」
遂に自分の番が来たかと活き込んで、クイナは立ち上がる。
こういう場は何回やっても慣れないと思う。
「まず解放者数は9名。物資は、事前に届けたとおり食料、そして大量の武器だ」
「ああ、あの武器は四番隊の物であったか。最近その辺りの蓄えが心許ないと思っていたからな、感謝する」
ゴリアの感謝の言葉。敵対心さえ煽らなければ良い人なのだがとしみじみ思う。
「いえ、部下の功績ですので。それで部下の育成状況でありますが、例の四名を引き続き育成しております」
「いやぁあの四人は中々骨があるぞ。俺もつい先週見たが基礎体力が段違いだ」
ゴリアは先週、諸事情で数時間クイナの四番隊拠点にいたのだが、その時にクイナが課した課題をこなす姿を見ていた。
「その四人ってアレですよね。例の炭鉱から自力で脱出したという、いやぁそんな人見たことないですよ」
ゴリアに続いてニグも口を開く。
「いやぁ僕も会ってみたいですね」
「私からは言わせてもらえば、あんなのまだまだひよっこですよ。…では、四番隊の報告を終了します」
そう言って、クイナは席に座る。
あとは楽な時間だ、適当に聞き流してしまえばいい。特に五番隊の成果報告とかはどうでもいい。
「―――では、これで五番隊の報告を終わらせてもらう」
おや、気付いたら終わっていた。
その後は団長からそれなりに長い話があったが、要所要所かいつまんで聞いて、後は流した。
「うむ。では他に言うことがある者はいるか」
団長の問いかけに対して、全隊長は無言である。
沈黙は肯定、暗黙の了解である。
「では、これで八月の定例会を終了する。解散!」
直後に動いたのはルインであった。
彼女は直ぐに立ち上がると、魔術を使ったのか杖を光らせた。そしてトンと、杖を床に一回叩くと彼女は消えてしまった。
「では、私もこれで」
次に動いたのは、着物姿のアヤメだ。
そそくさと、部屋から出て行ってしまった。
残るのは、クイナとニグとゴリアだけであった。
「いやぁ、皆行動が早いこと」
そう切り出したのはニグだ。
彼は会議中の真剣な表情をは打って変わって、いまはどこか人の良さそうな笑顔をしている。
「本当ですね。まあ残ってもすることないですからね」
そう言ってクイナも立ち上がった。
「しかし、本当にあなた真面目な時とそうでない時では全然違いますね」
「えぇ、そうかな?」
クイナのシンプルな感想に、ニグはどこかおどけたように返事した。
人から好かれやすい性格なんだなと思う。
「それを言うならクイナ、お前が稽古をつけてる時の方が全然違うぞ」
そう横から言ってきたのはゴリア。きっとこの前四番隊拠点に来た時に私のことも見てたのだろう。
「ええ、そうなんですか?どんな感じなんですか?」
「それはもう、人が変わったとしか表現できなかったな。淑女が、突然鬼になって流石の俺も驚いちまったよ」
「えぇーー!あのクイナさんが鬼に!?本当ですか、そうなんですかクイナさん?」
本人の前でソレ聞くかと、デリカシーに欠けるヤツだなとクイナは思う。
「ええ、まあ… そうかもしれませんかね」
訓練の時の自分を思い出して、クイナは肯定した。
思えばあれが自分の素なのだろう。
「ええマジか…。見てみたいなぁ――あっそうだ。その例の四人今度の作戦に借りてもいい?」
「あぁ…構わないですよ」
作戦、彼らにとって良い経験になるだろうと二つ返事で了解する。
「ではまた。ニグさんはまた後日詳しいことを話し合いましょう」
「了解でーす」
そう言い残して、会議室を出る。
会議室からはニグとゴリアが話す声が聞こえてくる。
「――はぁ、疲れたぁ…」
本拠点は島の森の奥にある。
そこから出ると、一人の男がいた。
「姐さん、お疲れ」
四番隊副隊長であるケルインだ。
長い茶髪を一本にまとめている中年で、俗に言うダンディな雰囲気を醸し出す。
腰には一本の剣を携えており、服装は一族相伝の特殊装備と本人は語っているものを着ている。
「ケルインか、転移魔術の準備を―――、もうしてるだろうな」
「勿論ですよ。では拠点に帰りましょう」
クイナは首をコキコキと鳴らして、ケルインの用意した転移陣の上に乗る。
「カトラスとキルドはどうしてる?」
「姐さんが与えたメニューを延々とこなしてますよ」
その一言と共に、ケルインは転移石を砕く。
転移魔術は、同じ模様の一対の転移陣を用意して、その上で転移石と呼ばれる特殊な魔石を砕けばリンクした転移陣の上に転移できる。
「そうか…」
クイナは転移陣が光る最中、呟いた。
「―――帰ったら、アイツらにもっと厳しい稽古をつけてやるか」
五です、五。四天王じゃなきゃいけないなんて誰が決めたんですか!?