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03 / 戦慄の乙女

3:戦慄の乙女


「クイナ…だと…」


 オークはその名を聞いたことがあった。

 魔族の敵である人族解放軍の四番隊隊長―――『神剣』のクイナ…!

 特級賞金首でありその懸賞金は莫大、倒せば一生遊んで暮らせる…だが、この場でクイナを倒せるとは思えない。


「血は流れ、カトラスの剣は腹部に刺しっぱなし。存外、こいつらも頑張ったようだな…」


 クイナは血まみれのオークを一瞥する。


「生物というのは自分が本能的に勝てないと悟った相手に対しては逃げるという…」


 馬車から飛び降りオークと向き合う。


「だが貴様は逃げなかった。その点は賞賛に値する」


 オークの年齢は25歳だった。オークの寿命は人族と同程度であるため、単純な比較ができる。

 彼の目から見てクイナは少なく見積もっても15歳程度であった。


「その年齢で、どれほどの経験を積んだんだ…」


 血まみれのオークは純粋な疑問を呟く。

 クイナのその目、オークは見たことがあった。

 かつて謁見した魔王軍幹部の一人――『悪魔王』ディビア。魔族の中でも特に力が強いとされる悪魔族の王であるディビアも、クイナと同じ目をしていた。

 あれは絶対的な強者がする目つき。ただのオークに過ぎない彼が絶対勝てない者がする目。


「おい、オーク。その剣を抜け、私が貴様を治療してやろう」


 人族がオークを治療…?何を言っているのか、オークには理解が出来なかった。

 だが従った方が良いと考え、オークは痛み覚悟に腹の剣を引き抜いた。


「ゴアァ…!」


「面白い…」


 クイナは軽く笑うと、右手を突き出し魔術の詠唱を開始する。


「我らが神々よ、御身が生み出した全ての命、それを断たんとする全ての傷を塞ぎたまえ――」


 詠唱をすると、クイナの出した右手にやさしい緑色の光球が出現する。


「――『エクス・ヒーリング』」


 回復属性魔術の上級。『エクス・ヒーリング』はいかなる致命傷をも回復させる魔術。

 その緑の光球がオークの元に着弾し、彼の傷をたちまちと癒していった。


「こんなことをして、何になる…」


「簡単な話だ。私は不公平な勝負が嫌いなだけだ。だから、癒した」


 クイナはオークの奥にある大剣を指差して、言い放った。

 

「その剣、アンタのだろ?拾うぐらいは待ってやろう」


「――感謝する」


 この時、オークには一つの考えがあった。

 クイナはさっき魔術を使った、気術は使えない。つまり、近接戦は得意ではないはず。

 ―――ならば、距離を詰めさえすれば勝てる。幸いなことに、体は全快だ。

 大剣を拾い上げ、両手で構える。

 クイナとオークは向き合い、無言になる。


「人族解放軍四番隊隊長。『神剣』クイナ=ラインバルト!」


 決闘の作法。お互いの名を宣言する。

 自分の名を名乗ったクイナは、腰に携えた剣を抜き、構えた。

 ――魔術師なのに、剣を使う…?

 オークはその事実と、神剣という二つ名に近接戦への恐怖を覚える。

 だが、逃走という選択肢は無い。


「グアエノ村の村長、ノルガ―!」

 

 オークはノルガ―と名乗り、大剣を握る力を強めた。覚悟は決まった。


「良い心意気だノルガ―。まあ、名前くらいは覚えておこう」


 互いの視線が重なり、互いが闘志を燃やす。


「いざ、尋常に――」


 ノルガ―が大きく、高らかに…


「「勝負!!」」


 クイナ、ノルガ―は勝負開始の宣言をした。


「うおぉぉぉぉぉぉ!!!」


 高らかな雄たけびと共に、ノルガ―が突撃した。

 クイナに魔術を使わせてはいけない。

 自分が得意な戦場にする。


「その突進、さしずめ魔術を使わせないためだろう… だが安心しろ」


 クイナは技の構えをとった。ライル流『ベーシング』。

 ―――その技は、見たことある。ならば、対策は立てられる…!

 そのようにノルガ―が思った瞬間、世界に異変が生じた。


―――世界に一本の線が走った。


「魔術は使わない――」


 大剣が、落ちた。ガランと音を立てて床に落ちた。

 だが、ノルガ―の手には大剣が握られていた。

 ―――おかしい、そう思い大剣に目をやると…

 

「剣が… 斬られた…!?」


「その勝負への心意気、逃げ腰のキルドにも見習わせたいな」


 ふわりと、一瞬で距離を詰めた。

 そして閃光。ノルガ―の胸に鮮烈な痛みが走った。


「ぐぁっ――…」


 鋭い一突き。ライル流『ストライク』。ノルガ―の心臓に剣が刺さり、引き抜かれた。

 その一撃は、先の戦いでカトラスから受けた一撃よりも深く、そして致命的だった。


「だが弱いな、悲しい程に弱い…」


 ついた血を振り払い、鞘のしまう。


「強く無くては滅ぶ。それは人族も魔族も共通だ」


 クイナは振り返り、カトラスとキルドの治癒へ向かう。

 クイナの視界から消えたノルガ―は血を流し、倒れた。


「くそ…、無念だ…」


 そうして彼は終わりを迎えた――


「――さて、あいつらを治療したやるか」

 

 クイナは周囲の力を吸い上げて、魔力を生成する。

 莫大な力の渦がクイナを中心に巻き起こる。


「神なる力は我らの加護、さあ生命の竜よ、万人をも癒すその息を地上にまき散らせ。さすれば凡庸たる我らは大いなる救いと共に、御身のその全てを捧げよう―――」


 上級を超えた、超級の魔術。並の人間なら障害をかけても到達できない領域。そして回復属性の超級魔術は、膨大な生命の奔流を巻き起こす。

 緑色の光球が幾つも周りに湧き出る。


「さあ、祝福の全てを此処に!『シャイニング・エリア・ヒーリング』!」


 カトラス、キルド、戦いの最中で流れ火で傷ついた馬。そして生き返りこそはしないが、ノルガ―の傷も塞がった。

 魔術の行使を追えたクイナはカトラスとキルドの頬を一発づつはたいて起こした。


「お前ら!」


「はい!」「はい…」


 カトラスとキルドはクイナの前に正座している。


「こんな雑魚に負けるとは、まだまだ修行が足らんようだな!」


「で、でも…。コイツめっちゃ強かったんすよぉ!」


 キルドが生意気にも口答えをする。


「黙れ!」


「はい!」


 だがそんなキルドもクイナが一喝すれば静かになる。


「師匠は俺らが傷つけてから倒したから強さが分らなかったんだ…」


 そうクイナに聞こえないようにぼやくキルド。かなりの小声でいった、だがそれはクイナの耳に入ったようで。


「ほお…。随分と生意気な事を言うようになったなぁ、キルドォ!」


「ヒィ!だってそうじゃないですかぁ!なぁ言ってやれよカトラス。僕ら頑張ったよなぁ!?」


 クイナの攻撃に、キルドはカトラスの援護を求める。

 だが肝心のカトラスはさっきから何故か暗く、反応が薄い。


「――それは違うぞキルド…。ヤツは大剣を持っていた。僕らと戦った後の具合なら、アイツは大剣を持って戦えるはずなんてない。多分、姐さんが回復魔術で癒してから戦ったんだ。姐さんは、そういう人だ…」


「そうなんすか…、姐さん…?」


「ああ、そうだ」


 クイナは腕を組んで、カトラスの方向を見る。


「どうしたカトラス、元気がないじゃないか。まだ痛むか?」


 割と真剣な顔で心配するクイナ。それに対し、カトラスは突然泣き出した――


「おい、どうしたんだカトラス!?お前らしくねぇ…」


「姐さん、俺勘違いしてたんです。弱いヤツばっか倒して強くなった気でいて、実は俺は全然強くなくて… 姐さんが言う雑魚に俺らは負けたんです」


 その涙の勢いはとうとう最高潮に達し、涙による土に滲みどんどん広がっていく。


「姐さん!俺、強くなりてぇ!だから、もっともっと俺らに稽古をつけてください!俺、もう負けたくないんだ、悔しいんだ――!」


 その一言を聞いて、キルドは呆気にとられたような表情をし、クイナの口元が緩んだ。

 

「その心意気素晴らしい!いいだろう、明日からいつも以上の訓練をする!」


「ひえ~… 何言ってんだよカトラス!頭おかしくなっちまったのか?」


「そんなことない、俺はこの戦いで自分の弱さを知ったんだ…!」


「まじかよ…僕やだよ訓練が増えるなんて…」


「キルド、少しはカトラスを見習え!お前も明日からカトラスと一緒に追加訓練だ!」


「うわぁん…飛び火したぁ!」


 カトラスは悔しさに泣き、キルドは絶望に泣いた。そして数秒後、彼らの感情が収まったころ。


「よし、まずはお前ら!転移魔術の準備だ!さあ働け!」


 クイナが威勢よく指示を出した。


「「はい!!」」


 指示に二人は勢いよく立ち上がり、中断した転移魔術の準備を再開した。

 そしてクイナは座って休んでいた。


 ―――そうして、長いようで短い運命の夜が終わった。

 今宵の月は、新月からすこし経過した細い月。

 月明かりが勝利を祝福するのか、はたまた死んだ魔族への追悼か…

 ―――それは、月の女神にしか分らない。


まるでオークが主人公(書いてるときに思った)

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