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01 / 夜賊


 寒気が肌に触るような季節、そんな時期の夜は一層冷え込む。

 少ない物資を借り、それなりの防寒性能を得た今日の装備でもかなり寒い。

 これだから夜襲は嫌いなのだと嘆く男が二人、茂みに隠れていた。

 森の奥深くは商業を営む者たちがよく通る道と木々が生い茂っている場所の二つに分れていた。


「あれだな、今回のターゲットは…」


 望遠鏡を手にし、目に当てて茂みから外を見る男がそう呟いた。

 それに映るのは一両の馬車。二頭の馬が、屋根のついた車体を引いている。車体の前方には二体の緑肌で巨躯のオークが馬を操作している。


「二体、他は見えないからあいつが御者兼護衛だな」


 望遠鏡を持った男が冷静に敵戦力を分析する。やがて望遠鏡をさげて腰に仕舞うと、隣で若干うとうとしている人物の肩をゆする。

 さっきまで寒い寒い文句たらたらだったのによく寝れるなと、男はほとんど呆れの感心をする。


「起きろ、そろそろ来るぞ」


「ふぁぁ… りょうかい~」


 寝ぼけているようだったので、望遠鏡の男がひっぱたく。それを食らった方は「いてぇ!」と言ったが、寝ぼけた頭が活性化されたのか、即時に状況を理解し、顔つきが真剣なものになった。

 寝ぼけていた男は背中に背負った剣の柄を握り、外に目を向けた。


「作戦は?」


「いつも通りのだ」


 剣を持った男はその一言を聞いて、自信満々な表情になった。

 茂みから抜け出し、馬車の通る道の上に立つ。

 夜戦使用の黒を基調とした装備の為、馬車からは見えていない。だが男からは一方的に馬車を視認できている。

 剣はギリギリまで抜かない。剣身が馬車のオークが持つランタンの光に反射し、バレてしまうからだ。


「まず足から、そして敵」


 いつもの作戦内容を復唱。何度もやった作戦を間違えるはずがない。

 パカラッパカラッと二頭の馬が駆ける音が聞こえてきた。

 柄を握りこみ、姿勢を低くして構える。

 空間上に存在する力の奔流を感じとり、体内に吸収する。要領は呼吸と同じ、集めて入れ込む。

 だが純粋な力は多くを身体に入れると崩壊する。だから力を自分の身体に合うように変換する。

 

「気力が溜まってきた…」


 気力と魔力…力を身体が変換できるのはどちらかであるが、どちらに変換できるかは生まれつきで決まる。

 気力に変換できるなら、身体や物質の強度や働きを強化する気術。魔力に変換できるなら、様々な現象を発生させる魔術が使える。 

 剣の男は気術が使え、望遠鏡を持っていた男は魔術が使える。


「―――いくぞ」


 剣の男と馬車との距離はざっくり30m、走ってしまえば5秒とかからない距離だ。さらに、気術で身体を強化すればその秒数もさらに縮まるだろう。

 先手必勝、姿勢を低くしたまま駆け出して剣を引き抜く。引き抜いた剣の剣身は薄く青に光っている。

 気力を流した道具は、その込められた量により色が変わる。青は気力が少量のときの色だ。


「ライル流――『ベーシング・アクセル』」

 

 人族が築いた武術流派のなかで、唯一現在までその全てが伝承されているライル流の最も基本とされている技。

 『ベーシング』は直線に鋭い一撃を放つ基本の技。『アクセル』は素早く移動する最も効果的な歩法。その二つが合わさることにより、移動しながら一撃を入れる『ベーシング・アクセル』となる。

 『アクセル』による効率化された歩法で馬車に近づいてかつ、低姿勢をキープすることでオークからの発見を防いで潜り込む。

 馬が目の前に来た瞬間、サイドステップで馬車の側面に回り込む。

 そうしたら、狙う物も見えてくる。


「ここだ――!」


 馬車の車輪。側面についている二輪に向って技を放つ。

 それらを同時に切り裂いて、移動を止める。

 真に鋭い一撃は音もなく対称を切り裂く―――が、普通に木と剣がぶつかる音がした。

 だが問題なく車輪の破壊には成功し、車体はバランスを崩し、異変を感じた馬は移動を止めた。


「ちっ、解放軍の野郎か…!」


「ふざけんなよ、ぶっ殺してやる!」


 御者のオーク二体が飛び降りて、剣の男の前に立ちふさがった。

 その表情は馬車を壊された怒り…というよりも、片方は面倒ごとに巻き込まれたという表情で、もう片方は弱者をこれからいたぶることへの狂喜。


「おー、怖い怖い…眼をギラつかせちゃってねぇ」


「ハッ!人間如きがオークに勝てると思ってるのか?」


 木のこん棒を片手で持つ血の気が濃い方のオークが勇猛高らかに宣言する。

 その表情は負けるはずがない、勝利を確信しきっていた。


「おい黒髪。貴様に選ばしてやる」


「黒髪じゃない、俺にはカトラスっていうちゃんとした名前があるんだ」


「舶刀を名に持つとは…人間にしちゃあ随分と大層な名前してんな――」


 面倒くさがりのオークも、こん棒を持ち戦闘体勢。

 カトラスも二人を迎撃するために次の技の構えをして、目線を送る。だがそれはオークへのものではない。

 二体のオークの間の奥、茂み隠れている男へと目で合図する。

 何度も実行した作戦、段取りは間違えない。

 その合図に茂みにいた男がコクリと頷いて、オークにバレないように手を茂みから出す。


「―――我らが創造主たる神々へ願わん」

 

 気術と対となる術である魔術。詠唱をすることにより様々な現象を発生させることができる。

 そしてその詠唱にはある程度の決まりがある。

 最初にまず神々へと祈りを捧げること。魔術とは、人々が神々に祈祷し現象を再現する技。

 祈祷句といい、神への祈りを捧げる。これがあらゆる詠唱の最初に来る。


「――灯を示せ」


 神々への祈祷が終了した後、発動する魔術を決定する。これを魔術句と言い、行使する魔術が強力であればあるほど長くなる。

 つまり今から発動するのは非常に簡単な魔術。魔術には五段階のランクがあるが、これはその一番下である初級の魔術だ。


「『イルミネイト』」


 男が出した手から、光の球が生成された。

 『イルミネイト』―――光を出すだけ簡単な魔術。出した光は術者が魔力を送り続ければ持続し、かつその消費魔力がかなり低いため、ランタンの変わりなどに役立つ。

 ただランタンとは光量が圧倒的に異なる。ランタンが火の淡く赤い明かりなら、イルミネイトは純粋な白の光。

 当然その光は夜では非常に目立ち―――


「誰だ!」


 両方のオークは気付いて、後ろを振り向く。

 この夜の光源は、馬車のランタンと夜空に浮かぶ星と欠けた月のみ。だから眩い光に目が行くのは当然であり…

 ―――その隙をつく。


「――光球よ、今その真なる光をさらけ出せ!」


 追加句。既に発動した魔術を利用し、新たな魔術を発動する場合に用いる技。

 その詠唱に釣られるように、光球の輝きはどんどん増していき…


「『フラッシュ』!」


 魔術の完成と共に、光の爆発を辺りにまき散らした。

 光属性魔術の『フラッシュ』は、下から二番目の中級に属している魔術であり、それなりに魔術を学んだ者なら簡単に発動できるくらいの魔術である。

 効果は圧倒的な光を出現させるとい至極単純なものだが、その必要魔力量は『イルミネイト』とは比べ物にならないほど高く、効果は一瞬である。

 だがその光の爆撃を直視すれば、対称に致命的な隙を与えることができる。

 もちろん『フラッシュ』だけで使用することもできる。『イルミネイト』から繋げた理由は、確実にオークへ直撃させるため。そしてこれから『フラッシュ』を使うぞというカトラスへの合図でもある。


「ナイスだキルド…!」 


 直撃を防ぐため瞑った目を開け、今しがた『フラッシュ』を放った魔術師の名前と賞賛を送り、構えた技を形にする。

 剣に気力を流し、身体にも流す。刀身はさっきよりもより鮮やかな青に光っていた。

 出すのは同じ『ベーシング』。一撃で、二体のオークの首を切ろうと、剣を振りだす。


「うっ…」


「ぐっ…」


 オークは光を直接見たせいで、目を開けられずうろたえている。

 戦いで隙を見せたら、それは死を意味する。

 ―――気術で発光した鮮やかな光が剣を軌跡を追い、光が消える頃には確実に敵の首と胴体を切り分けた。

 緑色の血が吹き出し、地面にごろんとオークの首が落ちた。うめき声も、悲鳴も大してしなかった。

 返り血が服にかからない用に二歩下がったぐらいで、オークの身体が倒れた。


「ふー、終わった終わった…」


 剣を軽く振って、ついた血を払う。その後剣を鞘に仕舞い、オークの死体と血からどきながら歩いてキルドの元に向かう。


「いやぁ、ナイスフラッシュ」


「そっちこそ、ナイスバトル」


 カトラスとキルドは互いの健闘をたたえ合い、馬車に積まれた荷物を確認しに行く。

 この夜襲の目的は物資の強奪、さらに奴隷が運ばれていたら救出するというもの。

 

「さてさて、何があるかな~?」


 意気揚々と馬車の後ろに回り込んで、乗り込むカトラス。

 食料とか武具とかあったらいいなと希望を膨らませるカトラス、嬉々として車体の中を探す。

 積まれた箱の中身を一つ一つ確認する。


「服、剣、弓… 武装系の物が積まれてるな!当たりだ今回は!」


「本当か?やったな!」


「酷いときだと何も積まれてないからなぁ…」


「あれのがっかり感はすごい…」


 馬車の外で他の敵を警戒しているキルドはカトラスの喜びにしみじみと同意した。

 そして悲しいときの記憶も同意した。


「まあこの成果ならクイナの姐さんも喜んでくれるだろ」


「じゃあさっさと転移魔術の準備をするとしよう」


「そうだな」


 中身の吟味を中断し、外で転移魔術の準備をしているキルドの手伝いに外に出ようとする。

 ―――そんな時、思いもしなかった方向から声がかかる。


「随分と揺らしてくれんじゃねぇか…おかげで目が覚めちまっ…た…」


 その野太い声を聞いて、カトラスの背筋がゾっとする。

 荒々しいソレは、さっきまで戦っていたオークと同じものを感じて…


「――お前、その肌に髪…人間だな。おかしい、この馬車は奴隷なんか積んでねぇはずだぞ」


 見落とした、馬車の中はかなり暗く奥の方は良く見てなかった。

 あと一体、俺らが戦っている最中馬車の中で寝ているオークがいたのだ。

 己の失態を責めるカトラスの傍、寝ていたオークは気付いてしまった。


「この馬車動いてねぇ、それに傾いている。そしてお前は剣を背負っている…」


 まずい、逃げなくては。その結論をカトラスが出した同刻、オークも疑念に結論を出した。


「お前解放軍の賊だな!!」


 そのけたたましい叫びの瞬間、カトラスは先の戦いで生成した気力の残りを全て足に集中させて馬車を蹴り出た。

 そのまま安全圏まで退いて、馬車の方向を振り返る。

 キルドも異変に気付いたのか、転移陣を用意していた場所から数歩離れて馬車から距離をとっていた。


「何があったカトラス!」


「まずい、オークの残りがいた…!」


 馬車の中からのっそりと、だが圧倒的な力を思わせる足取りで出てきた。

 右手に握られているのは鉄の大剣。あんなのをまともに食らったら人の形ではいられないと直感的に察するほどの驚異的な剣を、片手で持っていた。

 このオーク、さっき戦った奴らとは比べ物にならないほど強い。とキルドは直感的に察した。

 それはカトラスも同じで、咄嗟に剣を握った手が汗でにじんでいる。

 臨戦体勢、気力を全力で生成する。


「こいつらを殺したのは、お前らか?」


 質問の圧が強い、物凄い剣幕で睨んでくる。――震えてしまいそうだ。

 答えの分ってる質問ほど、嫌なものはない。どう考えても理解しているじゃないか。

 どうしたらいいか分んない……いや、分っているな。戦うしかないんだ。

 ―――勝てるのか?そんな疑問が脳裏に浮かんでいた、カトラスもキルドも…


「だったら?」


「ふん…!」


 大剣を上空でくるくると回し、その直後片手で持った大剣でカトラスを指す。  

 

「―――殺す!」


 オークが大きく地を蹴り、前進した。

 カトラスとキルドも迎撃の構えをとった。―――戦闘再開だ。

面白かったらブックマークとかしてくださると、とてもうれしいです。

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