13 / 奴隷時代のお話
「いやぁ……嫌な夢を見ちまったな」
「どんな夢よ」
ガイとキルドが朝飯を食べながら話している。他二人はまだ来てなかった。
パンと目玉焼きとウィンナー。ごく一般的な朝食内容だ。
「地下時代の話だ。まあ昔の話なんだけどよ、爆発に巻き込まれたときを思い出しちまった」
それを聞いてキルドは、いつかに見たボロボロになったガイを思い出した。
血だらけで坑道を運ばれているのをよそに、作業をしていた記憶があった。
「よう生きてたよなぁ……あれ、本当に」
「俺の体が頑丈だったから良かったけど、お前だったら死んでるな」
と軽く笑いながら言うガイに、キルドは「俺だったらそんなへましねぇよ」と言い返す。
「つかこれ夢の話じゃなくてただの思い出話だな」
「今更?」
キルドが軽くツッコむと、そのまま二の句を継ぐ。
「いや、でも僕はここに来て思い知ったよ。本当に俺らの世界って闇だったんだなって―――」
ガイは特に返事するでもなく、黙々と飯を食べている。
「知ってるか、ここにいる奴らの殆どは、人界で生まれた……”親在り”らしいぜ」
「それがどうしたんだよ」
飯を食いながら、適当に聞く。
「僕らみたいな、収容所で生まれた奴らは”親無し”って言われて、人界じゃ良い目で見られないらしいぜ」
「―――救っても、そんなんか……」
いつの間にかいたカトラスが、二人の近くでトレイを持ちながら立っていた。
座ると、会話に加わる。
「闇から生まれた奴は、救われても闇に足を掴まれ続ける―――ところが光から生まれた奴は、そうした闇を見下すんだ。同じ人族なのにな……」
「ま、闇にずっといるよりは光を掴んだ方が多少マシだと思うぜ」
ガイがそう言って、暗い話題を終わらせる。
「―――そういやクリストは?」
目をパチパチとさせる。それは、キルドが心を切り替えるときの癖だ。
そうして、さっきとは打って変わった口調で、あと一人の場所を聞く。
「寝てたよ」
素っ気なく、カトラスが返す。
「……あいつ、意外と寝起き悪いよな」
キルドが呆れてそう返す。
結局、クリストが来たのは三人が飯を食い終わったくらいの頃であった。
▽ ▽ ▽
「良いねぇ、まさか一日で気の膜をある程度張れるようになるとは……正直驚いているよ」
近接組の二人は、あの後体をぷるぷると震わせながら、気の膜を張る訓練をしていた。
飯時までは全身バイブレーション人間と化していたいた二人だったが、カトラスは風呂の時ぐらいに、ガイは朝起きたら震えが収まっていた。
「ありがとうございます」
「まあこっからはその膜をどれくらい厚くできるかだな―――こんな風に…!」
ニグが勢いよく言うと、辺りに一陣の風が吹く。
それは膨大な気力量がニグによって生成された衝撃によるものだった。
青色の気力が、とても膜とは言えないぐらい厚く張られた。
「全力で膜をどれくらい張れるか……これが上昇すれば、平常時の気の膜も厚くなる」
ニグは持っていた二本の普通の剣を、それぞれ一本づつ二人に渡す。
「これで打ち合え。意識するのは、戦闘中も気の膜を絶えずに張り続けることだ」
数歩離れると、腕を組んだ。
「―――俺槍がいいんですが……」
と剣を見せながらキルドはニグに言う。
「取ってくるの面倒だから剣!」
いっそ清々しい程の笑顔でそう告げられたガイは、かなり不満そうな顔でカトラスと向き合った。
「まあこれは剣術じゃなくて、気術を鍛えるためだ。先に攻める方と受ける方を決めて、一回打ったら交換……そんな感じでやってみてくれ」
それを聞くや否や、ガイはカトラスに斬りかかった。
「うおらぁ――!!」
「ちょっ!?まて…!」
鍛えられた反応速度でカトラスは防御し、コン!という音が鳴り、剣がぶつかる。
カトラスは反転して、攻撃に移る。かなりゆっくりだったのと、攻守が分っているので、剣の経験があまり無いガイでも防御は可能だ。
そこから数合打ち合うと、ニグが止めた。
「うん、ダメだね。剣に気が纏えていない。それじゃ攻撃に威力が共わない、剣にも纏わせろ」
それを聞いた二人は無言で気を剣にも纏わせて、再び打ち合った。
止められたときはカトラスが攻撃していたため、今度はガイからの攻撃。青色の光を纏った剣がぶつかり合う。
「ぅごぁ……!」
さっきの打ち合いより圧倒的に重い。カトラスは気力を纏った剣で攻撃を受けると、その衝撃に耐えながら、カトラスは反撃を行う。
放つとき、攻撃に意志を込める。―――”斬る”という意志を込めた攻撃は、威力を各段に上昇させる。
「もっと剣に気を込めて!身体の気は薄くすんなよ!!」
ニグからのアドバイス兼野次が飛んでくる。
それを聞いたガイは、気を剣に集中させた。
「違う!身体にも纏わせて、それでいて、剣の気を厚くするんだ!」
だがそれはもう間に合わなく……ガイは全力の攻撃をカトラスに放つ。
激しい衝撃と共に、カトラスの踏んでいた地面が沈む。ガイが全力で放つのを見て、カトラスもまた気を剣に集中させた。
ガイの”斬る”という意志と、カトラスの”守る”という意志は拮抗し、結果的にお互いの威力を相殺する形となった。
「いっ…だぁ―――」
前回のニグの一撃のように倒れることは無かったが、それでもカトラスはかなりのダメージを負った。
「すまんすまん。いやぁ、剣だけ厚くするってのが中々難しくてなぁ」
「お前なぁ……」
カトラスがため息と共に、再び剣を構える。
今度は俺の番だと言わんばかりにカトラスは打ち込んだが、気の厚さを部分的に変えるというのは相当難しく、ガイと同じように全ての気を剣に集めてしまった。
―――結局、彼らがそれをマスターしたのは、訓練の終わりぐらいのことであった。
▽ ▽ ▽
夕食も終え、隊員は眠りにつく時間。いつもなら、こんな時間に食堂に人が集まる筈もない。だが今日は違った。
四番隊の四人と、一番隊が六人がいた。
「じゃあ、奴隷時代について軽く話すかぁ」
キルドがそう切り出した。
ことの始まりは五分ほど前。昨日話を聞いていたテルトが、話を聞かなかったジークを連れて「もっと話を聞きたい」とやってきたのだ。そこからそれを聞きつけた知らない二人と、ライラが来た。
「何で副隊長が此処にいるんですか?」
「別に、少し彼らの話に興味があるだけだ」
「―――さいですか…」
ジークが質問し、ライラが答えた。
ライラがいることに、一番隊の面子は不満を隠せていない。肝心の彼女は、少し離れた場所で腕を組みながら話を聞いている。
「本格的に嫌われてるんだなぁ……」
カトラスが小さく呟いた。
昨日の夜に出した弱音を思い出した彼は、あの時に励ましておいて良かったと思う。
「なあ、お前ら何でそんなライラさんのことが嫌いなんだ?」
クリストが純粋な疑問をぶつける。
それに対してジークらは何だかばつが悪い顔になり……
「だってアイツ、大した実力も無い癖に副隊長だしよ。それに、いちいち偉そうだしよ―――」
いくら小声といえど、この少人数の食堂なら流石にライラの耳には届く。
彼女の気を案じて、カトラスは表情を覗き込む。
「――――」
ピクリとも、動いていなかった。
気付いてないのか……そんなことは無いだろう。ならば、それは慣れなのだろうか。
悪口を言われても、一切の傷を負わない。気丈な彼女らしいと言えばらしいのだが……カトラスには分かる。あれは、無理をしている。表情にこそ出さないが、その心は着実にダメージを受けている……
「……だからどうしたんだよ」
カトラスが静かに、かつ強く発言する。
努力する者が報われる―――少なくとも、この地上ではそうでなくてはならない。
「ライラさんは少なくとも、いや絶対。俺らや、お前らよりは凄い人だよ―――」
確かに一番隊の面子を眺めながら、そう言い放った。
「彼女は副隊長になる前も、なってからも沢山の努力をしてきたんだ――― 強さなんて関係はない。彼女は副隊長に相応しい人だ」
少し偉そうな気もするが、ありのままの本心を伝える。残るのは静寂、誰も口を開きはしない。
しばらくの間気まずい空気が場を支配する。
「だからって、それは、ないだろ……努力だけでなれるんだったら……」
ジークは納得がいかず、そう小さく言った。
「それに彼女は強い人だ。逆境に負けず、頑張る彼女こそ俺は副隊長に相応しいと思う」
その一言に、ジークは黙りこくってしまう。
それもそのはず。恐らく彼らがライラのことを悪く言う理由は、普段の態度からくるイラつきからだ。
ライラは副隊長という立場の都合上、上から色々言うことが多かったのだろう。
それが、ニグやクイナのような圧倒的実力者なら彼らも納得がいくだろうが……それが実力が拮抗するぐらいのライラだったら別だ。
「―――……」
二度目の沈黙が生まれる。
クイナは下を俯いている。ジークはばつが悪そうに下を向き、他も気まずそうな表情をしていた。
絶望的に重い空気の中、最初に口を開いたのはキルドだ。
「まぁ、そうだな―― 上司に嫉妬できんのも、そいつが人間だったらの話だ。本題に移るか……」
この集まりは元々テルトが奴隷について、詳しく知りたいと言い出したことが始まりであった。
そしてキルドが、淡々と話を切り替える。
「そうだな……じゃあ、ゴブリンについてでも話すか」
「ゴブリン。ああ、緑色の肌の……」
名前の分らない奴らのうちの一人が、思い出したかのようにそう言った。
「それだ。で、それらが俺らを支配してたんだ」
「支配って、あのゴブリンにか?」
驚くのが一人。
「ゴブリンは小さくて弱っちいって教えられたが……」
困惑するのが一人……
「何言ってるんだ?ゴブリンが三体集まれば簡単に殺されちまうぞ、少なくともかつての俺らだったらな」
そう口を挟むのはガイ。彼もまた、地獄を知る者の一人である。
「にしてもゴブリンに負けるって―――」
「まあそうだな……普通は負けねえよ。だがな、奴隷ってのは人界で生まれたお前らとは違って、無力なもんなんだ。本当に、何も知らなくて、弱いんだ」
その言葉には凄みがあり、彼らはたじろいてしまった。
「ヘマしたら、首が飛んだぜ。文字通りの意味でな。その後の掃除なんかさせられるもんなら、もう最悪だ。あいつらに取って人族なんて、交尾で無限に増えていく使いやすい労働力だ
そして、何より最悪なのは ―――それを当たり前だと思っていたことだ」
「収容所で生まれて、最低限のこと……言葉とかを教えられて十年を過ごして、働けるぐらいになったら炭坑に強制送還させられたんだ。人らしい事なんて、一つも知らなかったな」
キルドとカトラスがどこか懐かしむように、残酷なことを語った。
「じゃあ、どうして……どうやって脱出したんだ?」
「―――始まりは、一滴の雫みたいなもんだ。だが、それが水面に波紋をつくって広がる。
ある日な、キルドが爆発に巻き込まれたんだよ」
キルドの語りを、連中は黙々と聞く。
「そこで、俺らは思ったワケよ。”何でこんな奴らの為に、危険を背負ってまで働かなきゃならないんだ”ってな。
言ってしまえば当たり前のことだ。だがな、そんな事に気付けないくらい、あそこはヤバいんだ。
洗脳っつうのか?ゴブリンに従うのは当たり前、それ以外は無い。それが脳内に刷り込まれてんだ、恐ろしいだろ?」
キルドは水を飲んで、語りを続ける。
「だがな、カトラスは違ったんだ。コイツだけ、前々からその異様さに気付いていたんだ。でも、行動に出来なかった。何故だか分かるか?――そう、ゴブリンが怖いからだ。
”此処はおかしい”とか”出よう”とか思っても、実行に移せはしな。誰だって、死ぬのは怖いからな」
「だったら、どうやって―――……」
テルトが問うと、続けるようにキルドが答える。
「簡単だ、群れたんだよ。まず元々仲が良かった俺とカトラスが組む。そして俺と知り合いだったクリストと、その仲間だったガイを集めたんだ。で、カトラスの「此処を出よう」という訴えは、先の一件から俺らの中での総意となった。
で、群れたら後は簡単だ。ゴブリンは弱い、数で群れることで俺らを殺す。そんで、此処はちょっとした実験の結果なんだが、アイツらは絶対に三体がかりで一人を殺すという決まりがあった。でも、こっちは四人だ。
一人が陽動して、ゴブリンを呼び出す。そうしたら、隠れていた他の奴が飛び出して戦う」
「そんなんで、勝てたのか……?」
「勝てたよ。アイツら、本当にクッソ弱かった。俺らが”勝てない”と思い込んでいたのは、思い込みだった。冷静に考えれば一人に三体でかかる……そんな奴らが強いワケがねぇ。そんなことすら分らないぐらい、あそこはおかしかったんだ―――」
語り部は、静かに話を終える。
「さ、帰った帰った。これ以上は無い!あと眠いから寝たい!」
そう言って、キルドは立ち上がり席を離れる。
それをきっかけに、ぞろぞろと帰って行った。
「―――ねえ君、ちょっといい?」
そんな中、廊下でカトラスはテルトに話しかける。
「……なんだ?」
「何故君は、そんなに奴隷のことについて訊くのかい?」
「―――まずかったのか…?だとしたらすまない……」
「いやいや、そんなことない。ただ単純な疑問だ」
カトラスのその言葉に、彼はすこし表情を暗くして話を始める。
「親無しの、友達がいたんだ。彼は、いつもいじめられていた。それが、とても辛そうで、見ていられなくてな……凄く心配で、いつも話を聞いていたんだ」
立ち止まって、拳を握る。
「でも彼はいつも笑顔でいて、あの頃……収容所の時よりずっと良いと、言っていたんだ…… それで、彼の言う収容所がどれくらい過酷なものか、気になってな…… それで、昨日お前達が元々奴隷であると知って――」
「話を訊きにきたワケか…… それで、その友人は元気にやってる?」
話を変えるつもりで、カトラスは軽く質問をした。
「―――死んださ」
その気持ちは、一瞬で後悔に埋まった。
「戦死です。俺より一年早く解放軍に入って、作戦で魔族に殺された。俺は、彼の敵を討つために入隊した」
「―――そうか、頑張れよ……」
カトラスは手を振り、歩き出した彼を見送る。
「復讐、それもまた一つの動機か……」
カトラスは、神妙な面持ちで部屋に入る。
そこには先にいたキルドがベットで寝ていて、彼もまたベットに横たわる。
―――作戦まで、残り四日。
更新しないとPVは増えない……真理ですね。
ブックマークとかしてもらえると、とてもうれしいです。