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12 / 出自


 時刻は夜、訓練を終えて兵士がくつろぐ時間帯だ。

 食堂ではその日の担当数名が大量の飯を作って配膳する。ちなみに四番隊は担当から外されており、それに対してキルドは「ひゃっほう!仕事せずに飯食える!」と喜んでいた。

 四番隊も当番制を採用しているが、六人で一週間を回すため、一番料理が上手いキルドが二日間担当している。

 なお、本人は非常に不満そうである。


「なあ、お前ら……」


 クリストがスープを食べながら、向かい側にいるカトラスとガイに問いかける。


「どうした?」


 カトラスが首を傾げる。


「何でお前らそんな震えてるんだ?」


 二人がスプーンを持つ手が異常なまでに震えており、それは浸かっているスープに波紋を広げている。


「気力を生成してるからだ……!」


 声も若干震えていて、語尾が強そうで、弱い。

 訓練が終わって合流した時からずっと震えており、魔術師二人は気になって仕方がなかったのだ。


「まあ僕ら気術については良くわからないけど……頑張れよ」


「お、おう゛う゛」


 ガイの震えた答えが帰ってくる。

 そんなこんなのバイブレーションの中、四人は会話をしていると、食事のトレイを持った二人の男がやってきた。


「隣、いいっすか?」


 片方は短い金髪、もう片方は少し長い茶髪の男。年齢は恐らくカトラスらと同じくらいであろう。

 金髪の方は人好きのする笑顔で、茶髪は無表情といった感じだ。


「構わないぜ」


 というのはガイの返答だ。

 それを聞くや否や、二人は向かい合う形となり、ガイとキルドの横に座る。


「いやぁ~まさか隊長とあそこまでやり合うとは、スゲェなあんたら」


 座るや否や、昨日の戦いの感想を述べる金髪。


「まず先に名乗ったらどうだ?ここの頭の固そうな女の人がそう言ってたぜ」


 どこかの副隊長が言いそうなことを、キルドが言う。


「おっと、これは失礼。俺はジーク、こいつは……」


「テルトだ」


 茶髪が割るように自己紹介をする。


「悪いな、コイツ初対面の相手だとこんな感じなんだよ」


 クリストがキルドを親指で指して詫びる。

 だがキルドは一貫して不満そうな表情をしている。


「何でお前はいつもそうなんだよ……」


 カトラスはキルドの態度に呆れ、ため息をつく。

 そんな中、ガイだけは一心不乱に飯を食べ続け、そろそろ完食しようとしていた。


「四人は、どこ出身なんですか?僕らはガイアグラの街なんですけど――」


 なんて、ジークは気さくに話題を作ろうとするが……


「――知らねぇ」


「へ?」


「僕らは、自分が生まれた場所なんて知らねぇよ」


 キルドが冷徹な表情で、そう告げた。


「どういうことなんです?」


「飯食いながら話す内容じゃねぇよ。聞きたかったら、食い終わってから来てくれ」


 そう言うと、キルドは無言で飯を食べ始めた。

 その様子を見かねたカトラスがキルドに問いかける。


「少し酷いんじゃないか?」


 それに対してキルドはさも当然と言わんばかりの態度で、


「折角の楽しい飯だってのに、何が楽しくて奴隷時代の話なんかしなきゃいけねぇんだよ」


 と、返した。それにもう何も言うまいと呆れたカトラスは、食事を口に運んだ。 

 ジークとテルトの二人は、そこから無言で飯を食い始めた。

 ―――非常に気まずい空気のなか、四人は飯を完食した。


「うめぇけど、ちと量が物足りねぇな。そう思うだろ、クリスト!」


 前言撤回、一人は話を聞いていなかったようだ。



     ▽ ▽ ▽



 ほとんどの者が自室に帰った中、カトラスとキルドの二人は食堂で雑談をしていた。

 照明はほとんど消えて、ついているのは二人の真上のものだけ。

 そこに一人の人影がゆっくりと来る。


「ジークとかいう野郎は?」


「あんないけすかねぇ奴らと話なんかできっか、だってよ」


 テルトが、歩いてやって来た。


「ふーん」


 テルトは二人の近くに座ると、キルドが瓶にあった液体をコップに入れて、渡した。


「一杯、飲めよ」


「いや、俺、酒は……」


「いや、キルドに騙されんなよ。水だぞ」


「カッコつけたかっただけだ。すまん」


 キルドは不敵に笑い、クソダサいことをやってのけた。


「で、話が聞きたいんだな?」


「気になるから」


 テルトは少し俯き、そう答えた。


「そうだな―――」


「あんまり気乗りしてないな」


 カトラスがキルドにそう言うと、「誰だって嫌だよ」と答えた。

 その問答を眺めながら、テルトは渡された水を口に運ぶ。


「ま、知りたいなら話してやるよ」


 それを聞いて、テルトはごくりと喉を鳴らす。緊張感が、空間に満ちる。


「お前 ―――――セックスについてどう思うか?」


 静寂。圧倒的な静寂が食堂を包む。テルトは口をポカンとさせて、二人は真剣な顔つきをしている。


「それ、関係あるのか?」


「大アリだ」


 それを聞いたテルトは「えぇ…」と困惑しながらも、考えを口にする。


「そら、好いてる同士がする行為なんじゃないか?」


「ま、そうだな。それが普通だ」


 キルドが水を口に運んで、次を語りだす。


「僕らにとっての”セックス”はそんなんじゃない。魔族によって決められた男女が同じ人数、広めの部屋に入れられて、行為をする。それで全員が終わるまで部屋を出られない。それが、僕らのセックスだ」


 それを聞いたテルトは更なる困惑を極めた。


「それって、どういうことだ?」


「ん?知らなったのか。僕らは元々奴隷だったんだよ」


 テルトの表情は、困惑から驚きに変化した。


「でな、それで孕んだ奴は専門の施設―――あいつらは”牧場”って呼んでたっけな。で子が生まれるまで管理されて、孕まなかった奴は別の奴ともう一回。子が生まれたら、女は労働に戻り、子供は”牧場”で最低限の教育を受けて、働けるまで収容所に住む」


 テルトはにわかには信じられないという顔をしている。


「だから僕は自分の出身なんて知らないし、親がどこのどいつかも知りはしない。それが答えだ、満足したか?」


「なんか、残酷ですね……」


 テルトは顔を見せずに下を向いている。


「これが現実だ。人族なんて、魔族に計画的に生産されているに過ぎないんだ」


 ふっ…と顔を上げて、テルトは言う。


「貴重な話……ありがとうございます」


「こんな話、つまらないと思うけどな」


 テルトは立ち上がって、食堂を後にする。


「いや、苦しんでいる人がいるという現状を知りました。そういった人を救いたいという、戦う理由がより明確になりました……」


 二人は静かに、テルトを見送る。

 やがていなくなった頃、キルドが口を開く。


「ま、収容所なんて攫っても、既に致したあとの妊婦か、ガキぐらいしかいねぇけどな」


「それは蛇足だ。彼には決して言うなよ」


「流石にそんぐらい分ってるよ……」


 キルドは水を飲み干して、グラスを置く。


「しっかし何も言わなかったなお前」


「まあ、出生関連はいまいち実感わかんねーからな……」


 そのカトラスの表情は、どこか神妙というか――

 グラスの水はお互いに無く、もう此処にいる理由も特にない。


「まあお前、――――炭坑以前の記憶が無いからな」


 お互いは黙ったまま、グラスと瓶を返し、食堂を出た。

 その数分後、一番隊拠点から明かりが消えた―――



     ● ● ●



 ―――まんまると、堂々の存在感を放つ満月。

 大森林の唯一空が見える場所。此処以外は木々が天を覆っている。そんなとこから見える月を、地面に大の字で寝そべり見上げる。

 普段起きてからずっと両親の手伝いをしていて、空を見る機会なんて無かった。そんな中友達に教えてもらった  空が見える場所。そして、どうしても本の絵で見た”月”が見たくて、夜にコッソリと家を抜け出した。

 常闇の空に、眩い白い光をもたらす月は―――なによりも神秘的で、綺麗だった。

 それ以来、満月は自分の心の宝物になっていた。

 それが、幼い頃の思い出の話。次に月を見たのはそれから三年後のこ―――……



     ○ ○ ○


 

 目が覚めた。理由は分らないが、目が覚めた。

 四人で寝ている部屋を静かに出て、廊下を通る。夜風が浴びたくなったので、屋上に出る。

 ―――夜風が気持ちい。火照った体がいい感じに冷やされていくのを感じる。

 空を見上げる。月は満月―――から少し欠けているが、十分に綺麗だ。星々がシンプルな夜の闇を、煌びやかに装飾している。

 やがて首が痛くなり、見上げるのをやめると……


「あっ……」


 ある人物と、目があった。

 夜風が黒色の長髪をたなびかせ、紫がかかった瞳が夜に目立つ。

 一番隊副隊長、ライラがそこにいた。


「こ、こんばんわ」


 カトラスが若干気まずそうに、挨拶をする。

 彼女は先程まで、塀を乗り出して夜空を見ていており、扉の開く音をして慌ててカトラスの方を見たのだろう。

 当の彼は気付かず、夜空に夢中だったようだが……


「ライラさんは、どうして此処に……?」


「少し寝付けなくてな。そういうカトラスさんは?」


 カトラスはライラの隣へと歩きながら、「目が覚めただけです」と言って、自身も塀に身を乗り出した。

 ―――この位置は、月が良く見える。

 しばらくの静寂の後、ライラの口が開く。


「私、どうして弱いんだろうね?」


 彼女は酷く落ち込んだ声で、問いを投げかける。


「何年も訓練してるのに、同じ年齢の子が隊長で―――」


「――いや、悪いことは言わない。クイナ隊長と比べるのは良くない」


 カトラスが、思ったことを口にする。


「いや、そういう意味じゃないんだ。私は、どんなに頑張っても今から魔術も、剣術も伸びる気がしないんだ」


 その声はか弱く、昼間のような覇気がない。あの気丈の張ったライラはここにはいなかった。


「―――でもライラさんは副隊長じゃないか。それは凄いことじゃないですか……」


 空を見上げながら、ありのままの感想をカトラスは言う。


「……もともと副隊長というのは、実力云々ではなく、その隊の隊長が選んで決めるものだ」


 扉の方向を身ながら立つライラ。その表情は影に曇っていて―――


「その基準は隊長ごとに異なるが、少なくとも私は”強さ”で選ばれたわけではない。恐らく、ニグ隊長からたまたま気に入られているからだ」


 ライラは悔しそうに歯を食いしばり、拳を握る。


「私なんていつ副隊長を解任されてもおかしくない存在―――だから、そうならないように頑張ってきた。でも……努力はあまり結果に出ない。それどころか、同期達からも「隊長と寝たんだ」とかの在りもしないことで言いがかりをつけられて……」


 いつの間にか、屋上には数滴の水が垂れていた。


「―――いや、すまない。忘れてくれ……なんか変なことを喋ってしまったな。この夜空の雰囲気がそうさせたのか…」


 そのまま、立ち去ろうとするライラに一言。


「そういうひたむきに頑張れるところを、ニグさんは評価してるんじゃないですか?」


 ライラの足が止まる。カトラスは空を見上げたまま次の句を継ぐ。


「現状に文句をつけて、在りもしない空言を言うような人よりは、ライラさんは絶対に副隊長に向いてます」


 振り返り、ライラの方を向く。彼女は依然、扉の方向を向いている。


「確かに今の俺と、ライラさんが戦ったら十中八九俺が勝つでしょう。―――でも、それだけなんですよ」


 カトラスの目にも、ライラは震えていることが分った。


「俺は、戦いが他の人より少し得意です。でも、俺は掃除が苦手です。でもライラさんは、食堂の掃除とかしてましたよね……戦闘が苦手だけど、掃除が得意。人には得意不得手があるのは当然で、それはニグさんにもクイナにも、会ったことないけどクレドという人にもあります」


 ライラの下の地面は、他より少し濃く、それは今にも広がる。


「ライラさんには、剣や魔術の代わりに評価されている部分があるんだと思います。だから、苦手なことが出来ないからって落ち込まないでください。得意な所を誇るんです」


 月明かりが、二人を照らす。それはまるでスポットライトのようで……


「そして忘れないでください―――」


 彼の口から紡がれるのは、至極当たり前の美徳。


「―――最後に笑うのは、きっとひたむきに努力してきた人間なんです」


 その当たり前に語り続けられてきた美徳を、初めて誰かに言われた。その事実が彼女にとって、たまらなく嬉しくて、救われた瞬間であった。


「……すいません。年下で、まだここにきて二日目の者が偉そうに」


「いや、いいよ。構わない……」


 ライラは振り返ることなく歩き、扉を開ける。最後までカトラスはその表情を見ることはできなかった。

 ただ、彼から姿を消すその瞬間……


「――――ありがとう」


 そう言い残したのであった。



     ◇ ◇ ◇



 残るのは、カトラスと夜空の静寂。

 屋上の中心から、月を見上げる。


「最後に笑うのは、ひたむきに努力してきた人間……か」


 彼は、落ち込んだライラを励ます為に言ったでまかせの適当な言葉を思い出す。

 今思えば結構恥ずかしい場面と言葉であったが、結果的に持ち直してくれたのでよしとする。


「確かに、此処じゃ真理かもしれない」


 努力を正しく評価する”上”がいる此処なら、それは正しいのかもしれない。


「だが、地下で最後に痛い目を見るのは……」


 扉に向って、カトラスは歩き出す。


「――――きっとひたむきに努力してきた人間だろうな」


 月女神は、いっそう鮮やかに光る。―――地上と地下の、矛盾をあざ笑うように。



若干の下ネタごめんなさい、それだけです。

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