10 / 双剣の本気
クリストとキルドの二人からかなり遠くの場所、近接組は仕切り直しになった。
それを見ていた二人は、上級魔術の為に魔力を生成していた。
「やるぞ…合体魔術!」
「おう!」
キルドの言葉に、クリストが応じる。
合体魔術―――二人以上の魔術師が異なる属性の魔術を発動し、それを合わせることで、それぞれの魔術よりもより強力な魔術へと昇華させる技である。
やるのはキルドの炎魔術と、クリストの風魔術を合わせる技。
夜な夜な二人で話し合い、遂に完成させた魔術をこの舞台で披露する――
「ヤツが宙に浮いたら、撃つ」
キルドは『デストロイ・ファイア』を避けられたことから、ニグが地上にいる状態では魔術は当たらないと考えた。
だが宙なら別だ。空中なら少なくとも地面を蹴って避けることはできない。だがらカトラスとガイには、ニグを何とかしてジャンプさせるとかで宙に浮かせるように指示した。
…正直カトラスには伝わってるか怪しい感じがしているが、意図を察してくれることを祈りながら二人は詠唱を開始する。
「全てを焼き尽くすのは地獄の悪魔。愚者を裁くのは神々の意志―――」
キルドが詠唱を開始した頃、接近組は一触即発の膠着状態となっていた。
互いが見合い、ジリジリとした空気である。そんな中でもニグの表情は余裕そのものであり、その視線はカトラスとガイの二人ではなく、後方組へ向いていた。
―――何らかの魔術の詠唱を開始した、警戒せねばな。ニグが警戒を高めるなか、二人は作戦を伝え合っていた。
カトラスがニグの足を指差し、ガイの顔を見る。すると、ガイがコクリと頷き拳を構える。
「―――同時に攻撃するぞ、ガイ!」
「おう!」
左右から回り込むように二人が駆ける。
前後左右への回避を潰したうえで、跳躍で避けるように誘導する。
カトラスは『フォールン』を放ち、ガイは『クレッセント』という下から上に弧を描くように、自身が後ろに宙返りしながら蹴り上げる技。
「は―――!」
ガイの攻撃は少し後ろに逸れることで回避し、カトラスのものは一本目で受けて、二本目で追撃にかかる。
右手の剣は防御、左手の剣はカトラスから見て右から払われる。それを後方へのステップで回避すると、ニグは追撃を開始する。
ガイの『クレッセント』は避けてしまえば隙の大きい技。ならば、その間にカトラスを倒してしまおうという判断。
ニグの眼には先程までとは明らかに違う…”鬼気”が潜んでいた。
「―――…!」
無言で放たれるのは八の剣撃。ライル流『オンスロート』―――左右四回ずつ、計八回の攻撃がカトラスを襲う。
ことそれぞれの攻撃の防御ないし回避は容易なものであるだろう。だが、一撃から一撃…その速度が圧倒的すぎる。反応すら難しい。仮に反応できたとして、体が動くか―――
「ぐっ…!がぁっ……!!」
四撃は防ぎ、残りの四撃は受けた。気で強化された攻撃は、体に重く響く。
だが闘志は燃え尽きない。体に力が入らなくなり、片膝を立てる形となってしまった。それでもカトラスを構え、ニグを睨む。
いかに『オンスロート』が速かろうと、ガイが『クレッセント』から動けるようになるのには十分な時間である。
―――ニグが上から振り下ろす攻撃で最後の一撃を入れようとし、カトラスは剣を横にして防ごうとする。
「――天と獄の最高者たちよ、現世に破壊をもたらせ…」
それを見ていたキルドが、詠唱を完成させる。
魔術の完成は、詠唱を完了し魔術名をいうところまでである。魔術名が合っていても、詠唱が間違っていれば発動ができない。その逆も同様である。
魔術の発動は、ストックできる。詠唱を完成させ、そこから一言も言わないのが条件であるが、上級以上の魔術を溜めておくのは有効な戦法だ。
「―――神羅万象を殲滅するが良い…!」
同時に詠唱を開始したクリストも今、詠唱を終えた。
―――後は機を見るだけ。発動はクリストから行い、それにキルドが続く形…!
膨大な魔力を消費し魔術を維持しながら、二人は近接組の戦闘を見守る。
「――くっ…!」
コン!という音が響き、カトラスはニグの攻撃をガードする。
双剣の同時の一撃は、普通の剣をも上回る。さらにカトラスとニグとも実力差。やはり素の力、そして気術ですらカトラスが一歩劣る。
カトラスが全力を尽くし、ニグの攻撃を防御してる中に来るのはガイ。カトラスがニグの想像以上にしぶとく、ガイが来るまでに仕留められなかった。
「はっ――!!!」
ガイがニグに回し蹴りを放つ。右足を軸にした、左足の攻撃から横に払うように蹴る。
――左には避けれない。右なら避けれるが…それではまた仕切り直しになってしまう…できるならここでカトラスは倒しておきたい。
そう考えたニグは、彼にとって最適の手段をとった。
「ふっ―――!!」
ニグは、跳躍した。そこから『ライトニング・フォールン』に繋げようとした刹那―――彼は過ちに気付く。
「―――『デストロイ・サイクロン・ロード』ッ!!!」
ニグが宙に浮いた瞬間、キルドとクリストの二人の意図を察したガイは、ニグの下を通りカトラスを突き飛ばす形で自身と仲間をその場からどかせた。
結果的に、その判断は正解であった。
『デストロイ・サイクロン・ロード』は風属性の上級魔術。強力な風を起こし、一直線に放つ技。暴風の道は万物を破壊する。
いつかにクイナが使用した『メテオ・ストーム』が広範囲を”吹き飛ばす”魔術なら、『デストロイ・サイクロン・ロード』は一直線の範囲を”破壊”する魔術だ。
―――その魔術は、確かにニグを捉えた。
「――『バースト・フレア』」
その風の道に、業火を送り込む。風で閉じ込められたその破壊領域に炎は封じ込められ、あっという間にそこを灼熱地獄に変更させた。
―――切り刻む風と、燃やし尽くす炎。それら二つの合体魔術――二人はそれを『滅却路』と名付けた。
ゴォォォォォ――!!という風と炎の混ざった轟音が、辺りに響く。それに混じって一番隊の兵士達が隊長を案ずる声が聞こえる。
「勝った…のか?」
キルドがそう呟く。ニグの影は『滅却路』の中にかすかに見えることから、魔術が当たっているのは間違いない。
やがて魔力が切れ、魔術が終了したころにもう一度ニグを見る。
それを見た二人の表情は、疲労によるものから、絶望へと変わった。
「―――嘘だろ…」
キルドとクリストの視界の果て、攻撃で土煙が上がっている。かすかに見えるのは人の影。
元々ニグがいた位置からすればかなり離れている…だが、そんなことはどうでもいい。
―――そこには五体満足で立つニグの姿があった。
その姿に四人は唖然とし、動けないでいた――それはニグ…いや、本気を出したニグにとって殲滅させるのに十分な隙であった。
「―――!」
それは、閃光。ドンッ!という大地が割れる音がしてからほんの一瞬で、土煙と共にカトラスの前にニグが現れた。
そこから攻撃が振られたのは同時で、カトラスは必死で剣を振るうが……それが通じる筈もなく、片手で抑えられ、もう片方で攻撃され、カトラスは気を失った。
「うっそだろ……!」
ガイの呟きの直後、カトラスの目の前にいたニグが消え、いつのまにか目の前にいた。
「ッ……!」
ニグの攻撃。三撃までは持ち前の動体視力で避けられたが、それでも四撃目に当たってしまい、それで体勢が崩れてしまい…あとは抵抗する間もなくガイも敗れた。
ガイが最後に見たニグの顔に表情は無く、表すなら冷徹な鬼。これが本気なのだと、ガイは気を失う前に感じた。
「化け物だな……」
クリストの呟き……
カトラスとガイという接近組がやられたなら ―――後の二人は言わずもがな、だろう。
□■□■□
「ふぅ…」
最後に仕留めたキルドの前に、ニグは立つ。
そこに副隊長のライラが走ってきた。彼女はニグの前に立つと、敬礼をする。
「お疲れ様です。さすが隊長、彼らなど……」
と言いかけたところで、ニグはライラの発言を止める。
「いや、彼らは強いよ。なんていうかヤバかったよ…… 剣と槍の彼らもそれなりに出来るし、特にヤバかったのはあの魔術――」
それを聞いてライラは魔術師の放った合体魔術を思い出した。――自分なら食らったら死んでしまいかねない一撃、それを隊長はどう防いだのか…
「気力で全身と双剣を強化して、剣で前方をブロックして、その余波を身体強度を強化した身体で受ける――そうしないと、私も傷を負うところだった」
「そうですか…」
とライラは言葉を終える。
「だが、まだまだだな。私が見ればもっと光る…明日から彼らも訓練だ。取りあえずライラ、治癒魔術で癒してやれ。そしたら一番隊のルールを教えてやれ」
と言うとライラは「はい!」と言って倒れてる四人の元へ走って行った。
「いやぁ…聞いていた以上だ――」
そう言って、ニグは拠点へ戻っていくのであった。
祝、10話!!
面白かったら、ブックマーク、感想などお願いします