00 / 月の女神は微笑まない
魔族、魔族、魔族… 世界は、魔族に支配されている。
世界を構成する四大陸―――ナルイド大陸、ライングロス大陸、アクラシア大陸、そして中央大陸。その全てが魔王軍の物となった。
人族に残された領域は、四大陸から遠く離れた孤島のみ。
そんな残された孤島の中心に存在する石造りの拠点の屋上。島を眺めながら、ため息をつく男がいる。
「……はぁ」
その男の名はクレド=ライルといい、魔族に支配された人族を解放するための組織―――人族解放軍の長である。
黒髪のオールバックであり、マントが夜風にたなびいている。腰に剣を携えており、剣士であることは誰が見ても明白である。
人族最後の領域――その孤島は『人界』といい、半日あれば島を一周できるほどの広さだが、生き残りの人族が住むのには十分ではあった。
眼下には人々が住む居住区があり、その奥には耕作地が広がっていた。
真夜中であり、建物に明かりはついていないため、夜空の明かりが目立つ。
「人族の繁栄には限界がある、か……」
人族解放軍の団長は、そのまま人族の長であると言ってよい。
クレドは人族が魔族に支配されるきっかけである『人魔戦争』の生き残りの家系であるライル家は、代々人族解放軍の長となる。
一族の宿命の元、団長となったクレドには悩みがあった。
―――このままでいいのかと。
「確かに人界は『人魔戦争』が勃発した当時からすれば発展しただろう――」
初代であるザイカ=ライルの書物を読み解けば、当時がどれだけ悲惨であったかが良くわかる。
最初は何も無く、そこから長い年月をかけて人を増やし、畑を作った。
「だが、これ以上は――」
居住区は発展し、街らしくなっていた。だが人口の増加による食料不足などの問題も起きていた。
生殖によるものと、奴隷の解放の二通りで人口は増えていくため、その速度は通常のものよりかなり速い。
今までは、奴隷の解放こそが最優先目標であったが、それは間違いかもしれない。
状況は、ゆるりと破滅に進んでいる。
「何か、手を打たないと――大きな一手を……」
大陸に攻め入るか――—?いや、現状の戦力ではそれも厳しいだろう。壊滅するのが、目に見える。
ならば人を増やして戦力を増強しよう―――そうすれば、さらに苦しくなるのは必至……
「無いのか……何か必殺の一手は……?」
空を見上げ、クレドは悩む。だがどれだけ考えようと、答えは出ない。
今宵は新月。月の女神は微笑まない。月は満ち欠けを繰り返す、今は新月……だが、いずれは満月となる。
人口の増加は問題だが、奴隷を解放しないという選択肢はない。
「全ての人族が、笑える世界に―――……」
それは、クレドの父親―――先代解放軍団長の言葉。
一族の悲願に、彼は立っている。
いつか、人族にとっての満月となる日々が来るまで彼は戦い続けると、そう誓った。
「……はぁ」
答えが出ないことに、彼はまたため息をこぼし、拠点内部へと入る。
この命題について、彼は考え続けるだろう―――
そして、彼は知ることとなる。
―――切り札となる一手は、知らずうちに来ると。
夏休み、頑張ります。物語の始まりは、次からです。