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その頃元夫の家では

 家督を継いだステッファンの屋敷に立ち寄った姉キャシーは、屋敷で出迎えたのが愚弟の愛人だったので悲鳴をあげた。

 家政を任されていたのは、姑にいびられて痩せ細っていたあの幼妻じゃなかったのか、と。


「なんであんたが女主人やってるのよ、オーエンナ」

「だってあたしが正妻だもの。知らなかったの? 姉の癖に」


 青ざめたキャシーはすぐに屋敷の家令を呼ぶが、愚弟直属の家令は愚弟と共に王都に仕事で出ているらしい。代わりに出てきたのは、あまり家政に慣れていない若い従者で。

 キャシーは彼を談話室に引っ張り込んで事の顛末を洗いざらい問いただした。

 剣幕にあたふたしながら説明した彼の話で、キャシーはようやく状況が飲み込めた。


「……つまり、あの馬鹿ステッファンが幼妻を追い出して、書類上は子爵令嬢になったあの愛人ーーオーエンナと再婚するってわけね。でもまだ法律ですぐに再婚はできないのと、オーエンナが全く女主人としての家政をできないもんだから、あんたが代わりに家政を取り仕切っているってことね」

「左様でございます」


 キャシーはレモン水を煽りながら、はあ、と深いため息をついた。


「ったく、どうかしてるわよ……」


 キャシーは既に別の侯爵家に嫁いだ身だが、貴族社会は血でつながった狭い社会だ。だからこそ手紙での挨拶や社交で互いの状況を報告しあう。

 キャシーがこれまで知らなかったというのは、知らされなかったということに他ならない。実家の現状について把握できなかったというのはあまりにお粗末だ。


「……財産分与についてはどうなったの?」

「は、はい。元奥様は最低限の私物と慰謝料だけを渡されているようです。ほとんど財産分与なさらなかったので、旦那様もキャシー様にお伝えなさらなかったのかと」

「……土地は?」

「土地ですか? はいもちろん、奥様に分与した土地は一切なく」


 その瞬間、キャシーは目を剥いて従者を見た。従者は息を呑む。


「あ、あの……キャシー様?」


「クロエはどこか遠くに行ったのよね?」

「はい。領地をすぐに出立なさいました」

「…………」


 キャシーは考え込む。何かあまりに上手くできすぎている。

 大人しく身一つで厄介払いされた元妻。

 子供を作ることもなく、姑と舅の世話と介護、家政を任され、必要なくなれば追い出された哀れな使い捨ての妻。

 ーー本当に、そうなのだろうか?


「ねえ」

「は、はい」

「この離婚の手続きと財産分与、その他全ての手続きは誰がやったの? 貴方? それともステッファン? それとも家令?」

「はい。それは私でも旦那様でも家令でもなく、元奥様の従者が全て取り仕切ったそうです。なんでも奥様の財務管理は実家マクルージュ家時代から、全て彼が行ってきたので書類作成もスムーズだということで……」


 キャシーはしばらく考えたのち従者を見た。

 眼光に射抜かれ息を呑んだ従者に、彼女は低い声で命令した。


「すぐにその書類を確認させなさい、私に」

「し、しかし……」

「させられないっていうの?」

「恐れながら……。キャシー様はもう今は既に嫁ぎ先の侯爵夫人でいらっしゃいますので、屋敷の資産にまつわる書類をお見せするわけにはまいりません」

「じゃあ誰なら見られるっていうのよ」

「ヒッ……! 旦那様がお戻りになられてから、すぐに見られるように手続きを進めておくことはできますが」

「それならそれを早くして。そしてあの愚弟に手紙を出すのよ。早く帰ってきなさい、とんでもないことになってるかもしれないわよって」

「はっ」


 従者は一礼して逃げるように部屋を去る。

 キャシーはレモン水の入ったゴブレットを握りしめ、宙を睨んだ。


「相手がクロエ一人なら、何も怖いものはないわ。世間知らずなただの小娘だもの。……圧倒的不利な条件で離婚にサインして身一つでどこかに行ってもおかしくはない。でもあの従者は……それを許すかしら……ううん……」


 キャシーは水を飲み干す。そしてゴブレットのグラスの表面が曇っているのに眉を寄せる。

 幼妻がいた時代は部屋のどこもかしこも美しく整えられていて、グラス一つをとっても隙のない美しさを保っていたというのに。

 姑であるストレリツィ伯爵夫人ーー母にとことんまで扱かれていた彼女とは年に何度か顔を合わせていた。

 家政を担う貴族夫人の生活が意外と過酷なことはキャシーも知っているが、デビュタントで華やかな娘時代を過ごしたこともない痩せた義妹が、メイドと勘違いするほどに屋敷のあちこちで顎でこき使われ、働いている姿はよく知っていた。

 ーーそれを見た時は同じ女として、多少は同情と憐憫はむけていた。


 しかし、彼女はとんでもない呆れた善人だった。

 舅である父が逝去した後は少しは楽をするのかと思いきや、慈善事業として領民ごときの読み書きの学舎を作り、またあくせく土や汗に塗れて働き始めたのだ。

 しかも自分を虐めた姑の介護も献身的に引き受け、葬儀では涙さえ浮かべていた。

 理解の範疇を超えた呆れた善人かつ物好きだというのが、キャシーのクロエへの評価だ。


 そんな彼女を父親のように見守って支えていた、あの従者はどこに行ったのか。

 本当に彼女が身一つで家を追い出されるのを、よしとしていたのか。


「絶対何かありそうなのよね……」

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