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ヘイエルダールでの生活

 それから二週間。

 私はすっかりヘイエルダールでの暮らしに馴染んでいた。

 午前中に年少の子供たちに歌やお散歩を通じて物事を教え、午後は十代の子供たちに礼儀作法や貴族社会の基礎知識を教える。


 セオドア様は時々時間を作っては子供たちの勉強部屋に足を運び、小さめの椅子に座って私の話を聞きに来てくれた。

 見られている前で先生をするのは、なんだか恥ずかしい。


「私のことは気にするな。ただのやんちゃ坊主が、一人乱入したとでも思っていてほしい」

「そう言われましても……」


 とは言いながらも、子供たちと仲の良いセオドア様の様子を見ているのは私も幸福な気持ちになるので、なるべく気にせず家庭教師としてのお勤めに集中するようにした。

 お散歩の時に、子供たちと一緒に可愛らしい童歌を歌い出した時は、流石に「領主様ともあろう方がどうかおやめください」と言ってしまったけれど。


 私はナニーメイドの方々と協力をしながら、子供たち一人ひとりの性格や適性に合わせた教育に取り組んだ。歌が得意な子は歌から興味を伸ばしたり。魔術に興味がある子は、魔石鉱山の鉱山や実際の魔道具を見ながら学んだり。


「勉強はいいから早く領主父様のお力になりたい」


 と訴える子には、セオドア様のお仕事に紐づく知識から学ばせていったり。

 元々慈善事業として教育に携わっていたときから感じていたけれど、私は未来ある子供たちに接するのがやはり、とても楽しいのだと思う。


◇◇◇


 ある日の昼下がり。

 セオドア様に日々の報告をしようとすると、従者の方に居城の外、馬車まで案内された。

 そこにはすでにセオドア様がいた。民族衣装を模した黒い外套に灰色がかったスーツを纏った彼は、私を見て柔らかく笑む。


「話は移動しながら聞こう」

「あの、お忙しいのでしたら他のお時間でも……」


 移動中まで話をしなければならないほど忙しいのでは。

 そんな私の懸念を、彼は「そういうことではないよ」と笑う。


「街の見物をしながら会話をするのも、悪くないと思ったからさ」


 お仕事の邪魔ではないか気にしながらも、私は出発した馬車の中でセオドア様に今日の子供たちの様子について話した。彼は私の目をちゃんと見て、興味深そうに耳を傾けてくれた。


「クロエ嬢は凄いな」

「えっ」

「あの子たちと打ち解けるのが想像以上に早い。ヘイエルダールの外の家庭教師ということであの子たちも貴方の顔を見るまでは緊張していたようだったが……よかった」

「皆さん素直で聞き分けの良い、優しい子ばかりです。……丁寧に子どもたちに向き合ってきた皆様の力あってのことです」

「確かに城のナニーたちはよくやってくれている。しかしそれと、クロエ嬢がよき先生なのはまた別の話だ。貴方が受け入れるに足る大人だと認められたからだよ」


 窓からの風に吹かれながら、セオドア様は眩しそうな眼差しで私を見つめた。灰色の瞳が私だけをとらえているのがあまりにも勿体無くて、私は視線を外へと逸らす。

 万年雪の残る山、青々とした新緑。

 馬車から見える壮大な景色に見守られているような気分になる。


「……私自身、デビュタントもせず、右も左も分からないまま離縁先の妻となりました。愚かなくらい無知な子供だった私に対して、義母は徹底的に女主人教育を叩き込んでくださいました。それは感謝しています。……けれど、同じような無知ゆえの苦労は若い子供たちにさせたくなくて。だから、過去の自分のためにやっているようなものです」

「優しいのだな、クロエ嬢は」

「優しい訳ではありません、私の自己満足です」

「じゃあ私も自己満足で言わせてくれ。貴方は優しい」


 彼は頑ななほど真剣に私を褒める。

 視線に頬が熱くなる。


「あの子たちは私の部下たちの遺した子供たちだ。親を戦乱で亡くし、幼いながらも心を大人にして、辛い思いを我慢して生きてきた子供だ。……大人を前にして、ただの無邪気な顔を出せるのであれば、それは貴方の優しさあってのことだ」

「そんな、大袈裟な……」

「謙遜は不要だ。貴方をここでは正しく認め、受け入れていく。……安心して、私たちの城で過ごすといい」

「ありがとうございます」


 馬車は市街地へ入って行く。

 セオドア様は髪と飾り紐を揺らし、少年のように弾んだ声で私に言った。


「良いケーキを振る舞う店がある。一緒に行こう」

「え……あの、今日はご公務では?」


 困惑して尋ねれば、彼はにや、と笑みを浮かべた。


「子供たちにばかりクロエ嬢を取られているからな。今日は私に付き合ってもらう」

「え……えっ」

「嫌か?」

「……そんなことは…………」

「では」


 セオドア様は馬車を降り、私に手を伸ばしてきた。

 固く逞しい手のひらに手を乗せ、私は彼に従って馬車を降りる。手のひらが熱いと思う。大きな手は壊物を扱うように、私の手を支えてくれた。

 ーーこうして手を取られて婦人として扱われたのは、初めての経験かもしれない。


 それから喫茶店でケーキセットを食べる間も、私はずっと、緊張で胸が張り裂けそうな思いをした。


◇◇◇


「貴方とずっとこうして過ごしてみたかった。……ありがとう、クロエ嬢」


 帰り道、彼は夕日に照らされた横顔で私に感謝を告げた。

 なんだかその言葉には、本当に長い年月待ち侘びたような重みがあって……私は不思議な気持ちになったけれど、それ以上は訊ねることができなかった。


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