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セオドア・ヘイエルダール

 彼は譫言のように呟く。

 綺麗な人だった。

 氷のような、透き通った灰青色の瞳ーーヘイエルダール辺境伯家の方だろうか。


「……ずっと貴方と会える日を待っていた。クロエ嬢」

「あ、あの……」


 瞳に射抜かれ、何か心の奥底まで貫かれるような心地がした。

 ずきんと、胸が痛い。初めての感覚に、私はしばらく雷に撃たれたように立ちすくんでいた。


 騎士とメイドが無音で敬礼をする気配に気づき、はっと我にかえる。

 私は急いで挨拶をした。


「初めまして。故マクルージュ伯爵の娘、クロエと申します」

「初めまして、か。……そうだな。そうなるな」


 かすかに苦笑めいた笑顔を浮かべる彼に、私はヒヤリと汗が落ちるのを感じた。

 会ったことがあるのだろうか。覚えていない。

 私の焦りに気づいたのか、彼はなんでもないことのように首を横に振る。


「ああ、気にしないでほしい。貴方が覚えていなくても当然だ。こちらが一方的に貴方を知っているようなものなのだから」


 彼は気さくにそう言うと、改めて私に紳士の礼をした。


「改めて。私はヘイエルダール辺境伯セオドアだ。よろしく、クロエ嬢」

「お招きいただき誠にありがとうございます。ヘイエルダール辺境伯。しばらくお世話になります。至らぬ点もあるかと存じますが、よろしくお願い申し上げます」

「セオドアで構わない。あの方の娘ならば、そう堅苦しい間柄でもないよ」


 低く心地よい声だった。

 威厳ある佇まいではあるものの、柔らかく目を細める彼の瞳には優しさが滲んでいた。

 彼が辺境伯本人というのは、あまりに意外だった。父の旧知ということだからもっと年上かと思っていたけれど、意外と若い。20代半ばーーもっと上だとしても、30までは行かないだろう。


「かしこまりました。では……セオドア様と」

「クロエ嬢。貴方に養子たちの家庭教師を任せられるのは光栄だ。ただ、あまり無理はしないでくれ。貴方にはヘイエルダールを楽しむ気楽な心地で過ごしてもらいたい」

「お心遣いありがたく存じます」

「立ち話ではなく、私も貴方とゆっくりと話したいのだが、あいにく今日は魔石鉱山の坑の視察が入ったのだ。旅の疲れを癒やし、改めて明日以降に時間をとっても構わないか」

「もちろんです。どうぞお気をつけていってらっしゃいませ」

「では」


 セオドア様は私を守る騎士とメイドに目配せをすると、子供たちを眺めて満足げな顔をして、ゆったりと歩き去っていった。

 ふう、と息を漏らす。

 思わず呼吸を忘れてしまうほど、領主としての威厳と美しさを感じる人だった。若くして国防の要を取り仕切る長の存在感というものは、これほど圧倒的なものだなんて。

 騎士が申し訳なさそうに眉尻を下げる。


「申し訳ありません。旦那様とのご挨拶、ここで終わってしまいました。旦那様は鉱山事故が起きないよう、常に気を張っていらっしゃるので……気を悪くなさらないでくださいね」

「……とんでもないです。ただ……」

「ただ……?」

「失礼いたしました。つい……驚いてしまって。……ヘイエルダール卿は、ただの家庭教師の私相手にも、真っ直ぐ目を見てお話しいただける方なのですね」

「ああ、そういうことですか」


 騎士がホッとした顔をする。


「旦那様は辺境伯領民が皆敬愛する素晴らしい方です。これまでのご苦労を忘れて、ヘイエルダールで心穏やかにお過ごしください」


 子供たちの笑い声が響く。


(なんだか、幸せな毎日が過ごせそう……)


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