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ヘイエルダール辺境伯領へ

 ヘイエルダール辺境伯領は王都より北方に位置し、険しい山岳地帯と海のように広い湖を抜けた場所に位置している。

 馬車と汽車を乗り継いで近づくにつれて、まず真っ先に感じたのは言葉のアクセントの変化だった。住み慣れた土地を離れるに従って、すれ違う人々の服装も変わり、食べ物の匂いも変わり、頬に触れる風の湿度も空の色も、見える風景もまるで変わっていく。


「ご体調はいかがですか、お嬢様」


 私を気遣ってくれるのは、出立前にヘイエルダール辺境伯領からわざわざ来てくれた若いメイドだった。辺境伯は私が訪れると知ってすぐ、こうして幾人かの護衛と従者を派遣してくれた。

 護衛の騎士曰く、


「我らが主はマクルージュ卿を深く敬愛しておいでです。そのお嬢様を預かるとあっては、決して不自由させてはならないと仰せでした」

「そんな大層な者ではありませんのに……」


 申し訳なく思うものの、正直、私としては有難い心遣いだった。夫はお金を出してくれるとは言ってくれたが、なるべくならもう彼に借りは作りたくなかった。

 私は護衛とメイドの人々の姿へと目を向けた。

 彼らは王都でも見慣れたロングコートを羽織っているけれど、その下に纏う服は王都のメイドとも騎士ともどこか違っている。生地も珍しいものだし、袖口や裾から覗くブラウスやジャケットには見たこともない刺繍が施されている。

 雪のように清らかな銀髪の色合いも、端正な顔立ちも、普段私が王都や領地で接してきた誰も持たないものだった。


 (ヘイエルダール辺境伯も、銀髪の方なのでしょうね……)


 顔も声も、父との縁も詳細は知らない。

 山岳地帯を抜け、意外なほど綺麗な舗装の施された街道を進みーーついに、私はそんな彼の領地に辿り着いた。


◇◇◇


 想像通り、ヘイエルダール辺境伯領は目に入るもの全てが新鮮で初めて見るものばかりの土地だった。

 服装も違えば民家の屋根の色も、レンガの色も形も全て違う。宗教は同じ女神教でも、屋根に掲げるモチーフの形が自然崇拝と融合した不思議な形をしていて、私はただ目を見張って驚くばかりだった。

 空気はしっとりしていて、初夏にもかかわらず風が涼しい。ぐるりとどこを見回しても遠くには万年雪の残った山が聳え立っている。


「さすが……国境の要所というのも納得できる土地ね……」


 小高い山の上には堅牢な石作りの城砦がある。

 しかし私が案内されたのは防衛に使うそれではなく、市街地に近い山の麓に建てられた居城だった。

 居城に足を踏み入れた途端、風が吹き抜ける。広い回廊には常に風が巡っていて、魔力を使っているのか、どの部屋も不思議と明るく、心地よい湿度と気温を保っていた。

 回廊を歩いていると、中庭の方から子供の声が聞こえてきた。


「まてー!!!」

「きゃはははは……お兄ちゃん捕まえたー!」


 明るく緑に輝く中庭で、子供たちが大はしゃぎしながら走り回っている。みんな銀髪で手足がすらりと伸びていて、無邪気ながらも身なりの良い子供達だった。

 その平和な遊ぶ姿に、私はつい足をとめて見とれてしまう。


「……クロエ様?」


 先をゆく騎士が、私に声をかける。私はハッとした。


「失礼いたしました。……あまりに楽しそうにしているものだから」

「あの子たちだ。貴方に家庭教師を頼みたいのは」


 その時。

 騎士ではない低くて柔らかな声が聞こえてきた。

 屋敷の奥の方から、ゆっくりとした足取りで背の高い男性が近づいてくる。

 うねりを帯びた長めの銀髪に彫りの深い端正な顔立ち。がっしりとした体躯で、裏地に壮麗な刺繍を施した黒いマントを羽織った男性だった。長い髪に絡むように、独特の色合いの組紐が揺れている。この地域の伝統的な装いなのか、身分を示すものなのか。

 彼は立ち止まり、じっと目を瞠って私を見つめている。


「貴方が……ついに……」


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