手続きの罠
「……ステッファン……」
唇の端を切った彼女は、涙も枯れた呆然とした顔でステッファンを見上げていた。派手なドレスも破れ、髪もぐちゃぐちゃにされ、唯一の縁の男にも捨てられーー彼女は今、この場所で一番哀れな女となった。
そんな彼女に近づこうと腰をあげたその時、先に、席の近かったメイドのノワリヤがハンカチを差し出す。オーエンナは大きな目を見開き、子供のように泣き始めた。
「……あんなにひどいことをした……私に……どうして……」
ノワリヤはただ首を横に振り、オーエンナの涙を拭い、乱れたスカートの裾を整えた。オーエンナに舌打ちすると、ステッファンはセオドア様を睨んだ。
「だから俺じゃなくてこの女を裁いてくれ。好きにして構わない。……ああ、妾のままにしておけばよかった。クロエが重要な女だとわかっていたら、俺は……」
興奮するステッファンを恐ろしく思いながらも、私はそっと周りの人々に目を走らせた。
サラサラと何かを書き留めていく公証人。
セオドア様と目配せをし合う宰相、家令。
そして末席に座ったまま、じっと無表情で成り行きを見守るサイモン。
セオドア様に目を向けると、彼は目元だけで柔く私に笑む。
再び冷徹な眼差しでステッファンを射抜いた。
「貴殿の訴えは分かった。しかし残念ながら、彼女ーーオーエンナ殿は既に、正式にストレリツィ伯爵夫人として認められている。よって貴殿の関係者なのだよ」
「嘘だ。そんなはずは」
首を振るステッファン。私もこの件は彼と同意見だ。
王国の一般的な法律において、貴族は離婚後一年間は、再婚も婚約も認められない。だからオーエンナもセオドア様を狙っていたのだから。
「教えてくれ、ストレリツィ伯爵。離婚と結婚、その手続きは誰が行った?」
「離婚と結婚の手続きは家政でやることだ。俺は手続きをクロエに任せ、サインを書いただけだ。その時はごく普通の離婚書類と結婚書類で、何もおかしいものはなかったが?」
セオドア様の隣で、私も頷く。
「書類の作り方は元マクルージュ家執事のサイモンが詳しいので、彼に教わりながら作りました。その後元夫にサインをいただき、書簡はサイモンに渡して王都に提出をお願いしましたが……」
「そうだそうだ。俺が確認したのだから、魔石鉱山の件のように、サイモンが小賢しい真似をできないんだ。一体どういう……まさか、」
はっとした私とステッファンは、同時にサイモンを見た。
「さて、サイモン。彼らに見せてやってくれ」
セオドア様は落ち着いた様子でサイモンを促した。
頷いたサイモンが立ち上がり、一礼して一枚の書状を広げてみせた。
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