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突然の離婚宣告

「離婚してほしい、クロエ」


 朝食の席で何気ないふりをして告げられた言葉に、私はとうとうこの日が来たかと深いため息をついた。味気ないバゲット。砂を食むようなサラダの味。ストレリツィ家に嫁いで一生懸命覚えたコーヒーの淹れ方だけが、私が夫に褒められた唯一のことだった。けれど、今朝のコーヒーは泥水の味がした。

 ーーううん、ずっと前から味なんて感じなくなっていた。


「クロエ? 聞いているのか」


 夫ステッファンは苛立ったように、新聞から視線を上げないまま私をせかす。

 その今年39歳になる鳶色の瞳は、離婚を切り出すときも私を一瞥たりともしない。

 私は虚しい気持ちで淹れたコーヒーを見下ろした。

 そこには死んだような顔をした、19歳の地味な女が映っている。

 

「……結婚して5年になりますね、もう」

「ああ」


 夫は適当な相槌を打つ。

 こういう会話すら、彼はもうしたくないのだろう。


「どうなんだ、離婚して構わないだろう。当面の生活費は融通してやるし、家も欲しければ買ってやる」


 19歳の私にとっての、5年間を静かに思い返す。

 私は飾りの妻として、いつ誰を招いても良いように本邸を整え、舅と姑の言いつけをよく守り、介護をし、家政を担い、ストレリツィ伯爵夫人としての勤めを果たし続けた。

 そして私たちの関係はいわゆる「白い結婚」だった。

 ベッドを共にしたこともなければ、目を見て会話をした覚えもない。


 ーー私は生きる場所を得るために。

 ーーこの人は愛人と暮らしていくために。


 本当にただの、政略結婚だった。


「かしこまりました」


 私は彼をまっすぐ見つめて告げた。


「荷物をまとめて、交友関係のある方々にお手紙を出す時間をください。手続きはいつものように、執事のサイモンに任せてよろしいでしょうか」

「ん」

 彼は結局、最後まで私の目を見てはくれなかった。


◇◇◇


 領主用の執務室。ライティングデスクはすっかり私ばかりが使うようになっていた。各方面に送る手紙の準備を進めているとドアがノックされる。


「クロエお嬢様。失礼いたします」

「……サイモンったら」


 結婚後、私のことを「奥様」と呼び続けてきたサイモンの呼びかけに、私はほんの少しだけ口角を上げる。


 サイモンは今日も品良く皺ひとつ無い執事の礼装に身を包み、寸分の狂いもない礼をした。白髪になった長い髪をオールバックでまとめ、銀縁のモノクルをかけたこの老紳士は、穏やかで頼れる私の父親代わりのような人だ。


「離婚手続きにあたる法務書類は全て準備いたしました。財産分与につきましても旦那様のサインをいただきました」

「ありがとう。最後にこの手紙も一緒に王都へ」


 私は封蝋を施した手紙の束を机に揃える。地方郵便に任せるのでは遅くなり、紛失の補償もないため、手続きや重要な書類はサイモンの足で王都郵便局まで任せることにしていた。


 サイモンは手紙を受け取ると、ふっと力を抜いた眼差しで私を見た。父親のような、優しい眼差しだった。


「……お疲れ様でした、お嬢様」


 私も彼に向かって、「令嬢クロエ」の顔で微笑む。


「サイモンもありがとう。父を亡くして誰にも頼れなかった私でも、貴方がいてくれたから今日までやってこれたの」


 サイモンはとんでもないとばかりに首を横に振る。


「私にもっと力があれば、お嬢様に苦労をかけずお守りできましたものを……」

「サイモン……」


 モノクルの奥ーーたった数年でぐっと年老いたサイモンの翠瞳が細くなる。目元には積年の後悔が色濃く影を落としていた。


「お嬢様の居場所を作る方法が、当時はこのストレリツィ家との結婚しかありませんでした。あの時から……私は一生貴方にお仕えして、亡き旦那様の大切な愛娘あなたをお守りすると誓っております」


 ーー兄セラードは宮廷魔術師となり、私の後ろ盾となる親族はいなかった。そんな14歳の私にとっては確かに、ストレリツィ伯爵家に嫁ぐのが最善だった。

 19歳になった今思い返しても、この運命しかなかったと思う。


「お嬢様は……無事辛苦を乗り越え、美しく立派にご成長なさいました」

「美しいかどうかはわからないけれど、少しは成長したわね」

「そんなお嬢様に、今後についてご提案があるのです」


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