プロローグ
唄が聴こえる。
約束を交わすための唄が。
地元の土手道を歩いていると、河川敷で二人の子供が指切りをしている姿が見えた。
「ゆびきりげんまん嘘ついたらはりせんぼん飲ます」
子供たちの指が絡まり、そして解ける。愉快そうな笑い声が鼓膜を揺らした。
ゆっくりと幼少時代が回顧されていく。
俺もきっと小さい頃は、あの様に誰かと指切りを交わしたのだろう。無邪気に、無垢に、そして、残酷に――。
幼き頃の俺も、そして恐らくあの子供達も、指切りの唄の意味を知らない。
――指を切断し、万発の拳骨を受け、あまつさえ針を千本も飲まなければならない。
一体どんな約束ならば、その死の宣告にも等しい制裁と均衡を図ることができるのだろうか。俺には想像もつかない。
さりとて、当然ながら、唄を本気にして指切りを交わすものなどそう多くはない。
そもそも、約束の概念には、絶対に守らなければならないものではなく、守るべきものである部分がある。人は成長する上で、それを知る。偶発的にしろ、故意的にしろ、約束を反故としてしまう時が誰しもやってくる。
しかし。
俺は知っている。
約束を決して破ることのない一人の少女を。
君嶋風香。
隣人にして、幼馴染である彼女は、約束至上主義者である。
仮に。本当に仮定以外の何にでもない話であるが、風香が約束を破ることがあるとしよう。
断言する。彼女は、自分の指を切り、万回の殴打を要求し、最後には針を千本飲むことだろう。
何故だって?
決まっている。
彼女は――君嶋風香は約束を破らないんだ。