月が綺麗ですね
「いやー本当良かったですよね!先輩の企画力には
毎回驚かされます」
「ありがとう。でも、羽野のサポートがあったから
ここまで来れたんやで」
「んふふ、照れるじゃないですかー!」
ずっと温めていたコンペの案が無事通り、パートナー
だった後輩と軽くお疲れ飲み会をすることなった。
彼女の名前は羽野真奈美。
入社3年目、俺の下について1年半。
普段はふわふわしてて可愛らしいイマドキ女子って感じ
やけど、(これはセクハラに当たるか?)キメるところは
きちんとキメてくれる。
正直今まで組んだ誰よりも相性良く仕事が出来てると思ってる。
「今日は先輩の奢りですよね?」
「まぁー別にいいけど、程々にな」
「はーい。すいませーん、この刺身七種盛り下さい」
「ちょっ、おい!・・・・もー」
こんな感じで、振り回されたりもしてますが・・・・
とりあえず刺身は五種盛りに変更させていただき(←)
そこそこ飲み食いしていると、
「あ、月が綺麗ですね」
「は?」
先ほど到着した月見つくねを見ながら、ぽつりと呟く。
「それつくねやで」
「それくらい分かってますよ。そこまで酔っぱらってないれすよ」
「呂律回らんくなってきてるやん。ほら、もう水かお茶しか
アカンで」
「えー、コーラは?」
「どさくさに紛れてコークハイとか頼むかも知れんからアカン」
「そんなん水やいうて焼酎頼むかも知れんし、お茶やいうて
ウーロンハイとか緑茶ハイ頼むかも知れませんよ?」
「自分で自分の首絞めてどうすんねんな。頼むのは勝手やけど、
面倒見やんからな」
「またまたー」
あまりにニヤニヤ言うもんやから無言の圧をかけとく。
「・・・・分かってますよ。どうせこれで最後にするつもりでした。
って、そんなんじゃなくて!」
「何?」
「月が綺麗ですね、ってあるじゃないですか?」
「あの、夏目漱石が言ったとされてるやつ?」
「あれって他に色々あるんですかねー?ちょっと調べてみよ」
いきなり何を言い出すんかと思えば・・・・
しかも、自分で聞いといて?後でも良くない?それ。
「へー、夕日が~とか星が~とかもあるんですって。
皆、結構ロマンチストなんですね」
「それ分かってもらえんのかな?ちゃんと言われた方が嬉しいと
思うけど・・・・まぁ、そうはいかんのやろな」
「先輩、案外キザにキメそうですもんね」
「馬鹿にしてる?」
「ていうか、世界の言葉の愛してるってどんなんがあるん
でしょうね?」
「我爱你?」
「あー中国語ね。あ、そうですよね。先輩、語学詳しい
じゃないですか!じゃあ、私が国言うんで言うてくださいね?」
「えー嫌やねんけど」
「じゃないと、私酔い潰れますよ?」
「どんな脅し文句やねん。まぁ、言うくらいかまへんけど」
「どこの国の言葉で言ってもらおっかなー」
なんでそんな楽しそうやねん。
「イタリア、フランス、韓国」
「Ti amo、Je t'aime、사랑해요」
「まぁ、そこらへんは分かりますよね」
じゃあ、何で言わせたー。
「ベトナム、ドイツ、ロシア」
「Anh yêu em、Ich liebe dich、
Ятебя люблю《ヤー・ティビャー・リュブリュー》」
「やりますねー」
「なぁ、恥ずかしいねんけど」
「まだ続けましょうよ」
「もうアカン。もう出てこやん」
「えー?私は幸せですよ?先輩にいっぱい愛してるって
言ってもらえて」
「よ、っぱらいすぎやで」
「酔っぱらってないですってば」
ほろ酔いで、そんな可愛いこと言うん、反則やろ。
第一、酔っぱらってなくてそれ言うてるんやったら小悪魔
すぎるやろ。
しかも、そんな真っ直ぐこっち見て。
「ほ、ら、もうそのつくね食べたら出るで」
「えー〆てないー」
「とりあえず夜風に当たって、落ち着いたらラーメン屋にでも
連れてったるから」
「わかりましたー」
まぁ、落ち着きたいのは、俺がまだドキドキしてるからやねんけど。
とりあえず居酒屋を出て、行きつけのラーメン屋に行くまでの間を散歩。
なんか歩けば歩くほど、意識してもうて、全然落ち着かへんわ。
「先輩、大丈夫ですか?あのベンチちょっと座りましょう」
「え、あ、うん」
俺を座らせて、近くの自販機に飲み物を買いに走ってくれる。
酔っぱらいに気遣われるなんてorz
「水、コーヒー、アップルジュース、です」
「アップルジュースは自分用やろ?水でいい、ありがとう」
「いえいえ。なんかジュース好きのお子ちゃまみたいなレッテル
貼るんやめてくださいよ」
「あれくらいで酔ってるようじゃまだまだお子ちゃまやわ」
「え、気分悪そうにしてる先輩には言われたくないですね」
「いや、俺は酔ったんじゃなくて・・・・」
羽野のこと考えすぎて、黙ってた、なんて言われへんしな。
「まぁ、もう俺は大丈夫やねん。羽野は?」
「はい、大丈夫ですよ。って!だから、そもそも酔っぱらってない
ですってば」
ちょっとふくれっ面をした後に、耐えきらずニコッと笑う。
それを見て、思わず俺も笑ってしまう。
何やろな、今日は羽野にどんどんハマってしまってる。
いや、多分もうずっと前から好きやったんやけど。
その魅力を再発見してるような感じがする。
「気温と風が心地良いですねー」
「せやなあ。夜もだいぶ過ごしやすくなってきたな」
「本当。月も綺麗ですしね」
「え?」
「え?あ!いや、今のはその、さっきのとかじゃなくて!
思わず出た言葉といいますか・・・・」
「・・・・俺はさっきの話の続きでもかまわんよ?」
「え?」
「羽野と見る月やから尚更綺麗に見えるんやと思うし」
「せん、ぱい?」
「一生懸命俺のサポート頑張ってくれるところも、ちゃんと意見して
付いてこようとしてくれるところも、少し抜けてる可愛らしい
ところも、心臓に悪い小悪魔なところも、好きやねやんか」
「・・・・酔いが覚めました」
「やっぱり酔ってたんかい」
「先輩の下について1年半。コンペのことで一緒になってみっちり
3か月。まぁ、まだ全ては終わってませんが・・・。その中で先輩の
尊敬するところも、少しダメなところも見てきて、私も、その、
大好きになってしまってて。ちょっと感情が抑えきれなくて、
漏れてたところもあるかも知れないんですけど・・・・あの、私も
大好きです。・・・・大好き、です」
ベンチに座っているから俺らの距離は数センチ。
なのに、こんな嬉しくて可愛いこと言われたら、それこそ感情
抑えきれへんくて、羽野の唇を奪った。
「最後の振り絞り大好きは反則やで」
「いきなりキスする方が反則です!・・・・もう一回お願いします」
またしてもふくれっ面からのにっこり笑顔。
これから何度この可愛さにノックアウトされていくんやろ。
お望み通り、さっきより少し長めに、正式にキスをさせていただいて。
「さ、ラーメン食べに行きましょう」
「え、もうちょっと余韻をさー」
「何言ってるんですか。今日は金曜日ですよ?ラーメン食べたら
先輩のおうちですからね?」
「お、おぅ。・・・・楽しい週末になりそうやな」
「そうですね」
自然と絡まる手と手。
月明かりに照らされる2人。
今日も、これからも、ずっと月は綺麗なままで。