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34 勇気を下さい

 ■


 久あすかの予約した部屋は、いわゆるスイートルームであった。大きな寝室の窓を覗けば遠くにキラキラと輝く海が見え、視線を上に向ければ星と月が踊る夜の舞台が広がっている。

 

 高坂は秋山を支えてベッドルームに入ると、窓の外に広がる壮大な夜景に「おぉ」と感嘆の声を上げた。


「……ん?」


 ダラリとしていた頭を上げて、秋山陽華も眼前の夜景を翡翠のような瞳に映す。自分を支えていた高坂の手から逃れ、パタパタとスリッパの音を響かせて彼女は窓辺に立った。

 

 五秒か十秒――秋山陽華は窓の外を眺めた後、フラフラとベッドに戻り倒れ込む。一番窓に近いベッドであり、それは必然的に部屋の一番奥であることを意味していた。


 寝室には、四つの大きなベッドが並んでいる。秋山の要望で、寝室を分けなかったからだ。旅行の前、彼女は皆にこう言った。


「せっかくの旅行なのだから、みんなで寝よう」


 旅行と言えば修学旅行しか行ったことの無い秋山にとっては、皆で同じ部屋に眠ることも重要らしい。高坂は異論、反論をしなかった。どうせいつも同じ家に暮らしているのだし、前は三人で一緒に眠っていたからだ。


 一方で部屋のオーダーを久に伝える際、霧は意味深に「あたし、遠慮しないけどいいの?」と言っていた。


 秋山陽華は首を傾げながら、「うん、まあよく分からないが、遠慮は無用だ」と頷いて。高坂はこれに関してのみ、後頭部を掻きながら「俺は遠慮したいんだが……」と文句を言っていた。


 ベッドに倒れ込んだ秋山は額に腕を乗せ、ゆっくりと深呼吸をしている。形の良い胸が上下に揺れる様が、薄闇の中で浮き上がっていた。

 先程まで高坂に支えられていたから、彼女の身体にはまだ彼の体温が残っている。それだけで秋山陽華の胸は鼓動を速め、両目から涙が出そうになっていた。


 ――わたしは高坂の気持ちを確かめて、一体どうしたいのだ? 分からない、分からない……。


 高坂のことは諦めたつもりだったのに、いつの間にか気持ちが再燃していた。高坂良はいったい、何を思って霧と付き合っているのか。

 そんなことを聞く以前に、一度でいいから自分の気持ちを伝えたい。自分のことを彼は、一体どう思っているのだろう。


 気になり出すと、際限もなく思考が広がっていく。それがアルコールのせいなのか、自分の感情に溺れたせいなのか、今の秋山には理解出来そうもなかった。


 ■■■■


 秋山陽華を高坂に運ばせた犯人は、久あすかであった。

 彼女は席を立ちフラフラとする秋山を支えるよう、高坂良に言ったのだ。もちろん高坂の恋人である霧は反対したが、小柄な霧や彼女のマネージャーである久が秋山陽華を支えるより、それは自然なことではないか――と彼女は主張した。


「俺は構わないよ。秋山が転んで頭でも打ったら、それこそ大変だからな」

「わーしは、らいりょうぶら」

「頭を打って小説が書けなくなったら、どうするんだ?」

「……おねあいしあす」


 こういう経緯で高坂は秋山陽華に肩を貸し、一階のレストランから最上階の部屋まで運んだ次第である。


 この時ちょっとしたやりとりが、秋山陽華と久あすかの間にはあった。

 ぐったりとして顔を伏せた秋山に「大丈夫ですか?」と声を掛けながら、久あすかは言葉を続けたのだ。「大丈夫なら今日、これから機会を作ります」と。

 瞬間、秋山は顔を上げ、真剣な眼差しで久あすかを見つめ頷いていた。


 ■■■■


 秋山陽華がベッドに倒れ込む様を見てから、霧は一番手前のベッドに腰を下ろした。彼女も随分飲んでいたから、すぐに着替えて寝ようと思ったらしい。

 幸い彼女の場合、ここで裸になっても構わないのだ。男性は自分の恋人だけだし、後の二人は同性である。


 だが霧がシャツに手を掛けたところで、久が声を掛けた。


「霧。ちょっと相談があります」

「なによ? 相談なら明日にして」

「いえ、忘れてしまうと困りますから」

「だったらなおさら、お酒が入った状態で相談なんて無理よ」

「大丈夫――逆に今しか出来そうもない相談ですから」


 久が霧の腕を掴み、部屋の外へと引っ張っていく。


「ちょっと! 引っ張らないでよ! どこにいくの!?」

「バーがあったでしょう。そこで」

「あたし、もう飲みたくないわよ!」

「そんなこと言わずに。私はまだ、飲み足りませんので」

「ちょっと、分かったから引っ張らないでッ!」


 半ば強引に霧を連れ出した久は、部屋を出る間際に片目を瞑っている。それを見た秋山は、額に腕を置き「うー」と唸っていた。


 ――分かっている。分かっているけど、すまん、霧様――……。


「じゃ、俺もちょっと出てくるわ」


 秋山陽華と二人きりになるのが気まずかったからか、高坂も部屋を後にしようとして。だからとっさに秋山は、彼に声を掛けた。


「水を……くれ」

 

 扉の手前で足を止め、「ああ」と高坂が頷いた。暫くするとペットボトルのミネラルウォーターを手に、高坂が戻ってくる。再び「じゃ……」と言って立ち去ろうとする彼の腕を掴み、秋山陽華は下唇を噛んでいた。


「どうした?」


 低くなく高くなく、男の優しい声が静かな室内に響く。


「す、すす……少し話をしないか。このまま眠ると、二日酔いになりそうだから」

「……ああ、分かった」

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