27 秋山陽華の提案
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生憎と今夜は曇り空で、ペントハウスといえども星々の姿は見えなかった。そんな中で高坂は左側に霧、右側に秋山陽華を侍らせ、川の字になり目を閉じている。
結局、同じベッドで三人並び、眠ることになったからだ。ここは高坂のベッドとは違い、三人並んでも十分に広く、手足を伸ばしても尚、余裕があった。
「高坂、頭を撫でてくれ」
秋山が高坂の方を向き、ボソリと言う。
「ん――……ああ」
高坂も頷くと、秋山と向き合った。
霧は何も言わない。僅かの時間なら、構わないと思ったからだ。
高坂は猫のように背中を丸めた秋山の金髪を、優しくゆっくり撫でている。色々な思いが胸中にはあったが、その大半をぐっと抑え込み、娘をあやす父親のような気持になっていた。
だというのに霧が不満を募らせ、背中から抱き着いてくる。彼女が許容できる時間を、上回ったからだ。
「……長いよ、先輩」
霧は高坂の股間に手を伸ばし、耳たぶを噛みながら甘い声で言った。
「そ、そんなことないだろ」
「でも陽華ちゃん、もう眠ったんじゃない? ほら――あたしの方を向いてよ、先輩」
「ば、馬鹿。やめろって」
高坂は幾度か秋山の頭を撫でて眠らせた実績から、彼女が深く眠ると急に力が抜けることを知っていた。だからまだ、彼女の眠りが浅いことを承知している。
実際に秋山陽華は高坂の荒い息遣いに気付くと、新緑のような瞳を開き高坂をじっと見て言った。
「お気遣いなく。遠慮なく、そのままセックスを続けてくれ」
色んな意味で高坂は、秋山の言葉に衝撃を受けていた。
どうやら秋山は目の前で自分と霧が、セックスをしていると思っているらしい。
そのことは、高坂に一つの事実を教えていた。
つまり秋山陽華は、セックスがどのようなものかを知らない。
知っていれば、この体勢でそんなことが出来ないことは、一目瞭然だからだ。
もちろん、この事実に霧も驚いている。
「ねぇ、陽華ちゃん。セックスって何か、知らないの?」
「し、知っているに決まっているだろう! だ、男性器と女性器をこう、密着させて、ええと……」
「この格好でそれ、出来ると思う? あたしが後ろにいるし、むしろ陽華ちゃんの方が、やりやすい恰好だよ?」
「え……わたしと高坂が……?」
言葉にした瞬間、暗がりの中でもそれとわかる程に、秋山の頬が赤く染まっていく。目の前に高坂の顔があることを、すっかり忘れいた。
慌てて寝返りを打ち、秋山は高坂に背中を向ける。けれど寝返りの勢いが強過ぎた為に十分な距離が取れず、彼女の尻に高坂の硬く隆起した一部が押し付けられる格好になってしまった。
完全に事故だったが、秋山陽華は活火山の如く悲鳴を上げている。
「ひゃあああああああああああああああッ!」
そしてそのまま高坂から離れ、ベッドの隅で硬くなる。
高坂も事故とはいえ、秋山のお尻に自分の硬くなった一部を触れさせてしまった。そのせいで、顔が真っ赤になっている。
しかし羞恥と同時に、高坂は嬉しさも感じていた。
悲鳴を上げた秋山陽華だが、彼女はベッドの外へ逃げ出したわけではない。むしろ時折ちらりと高坂を見て、徐々に距離を戻している。
お陰で高坂も冷静さを取り戻し、そんな秋山に声を掛けることが出来たのだ。
「秋山、頭――もう撫でなくても大丈夫か?」
「い、いや、撫でてくれ。でも、そ、その――お、お、男というのは、そ、そんなに固くな、ななな、なるんだな……し、しし、シラナカタ」
秋山の反応に、霧がニヤリと口を歪めている。
彼女は根本的に悪戯好きだから、ベッドから降りて静かに秋山の背後へ行くと、人差し指を彼女のお尻に食い込ませた。
「ひゃああああああああああああああああああッ!」
再び秋山の悲鳴が上がり、直後、霧が大笑いをする。
「あはははははははははッ! 陽華ちゃん、可愛いッ!」
秋山は涙目になってポカポカと霧を殴り、霧は「よしよし」と言いながら彼女の頭を撫でていた。暫くすると「すーっ、すーっ」と寝息が聞こえてきたから、エルフの美女は眠ってしまったらしい。
「なんだよ、俺が頭を撫でるんじゃなくても、眠れるじゃないか」
霧の腕枕で眠ってしまった秋山陽華をチラリと見て、不満そうに高坂が呟いている。霧もいつの間にか眠っていて、高坂は一人、少し離れた場所で目を閉じるのだった。
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三人が共同生活を始めて四か月近くが過ぎた。世間はカレンダーに赤い文字が踊り狂う、ゴールデンウィークという時期に突入している。
もっとも彼等三人の中で、カレンダー通りなのは高坂しかいない。他の二人はいわゆる自由業というやつで、霧に至っては芸能人なのだった。
そのような理由から、ゴールデンウィークだからと彼等は浮かれていない。むしろ秋山と霧は、それぞれ打ち合わせや仕事に忙しい日々を送っているのだった。
霧は主題歌を担当するアニメが無事にスタートして、新曲の評判も上々だ。しかし一方で所属事務所にバンドからの脱退を申し入れ、交渉が難航しているらしい。
どうやらバンドを脱退するなら、折衷案としてソロデビューを打診されているようであった。映画出演の話もあるらしいが、本人はこんなことを言っている。
「あたしみたいピアスで穴だらけの女が出来る役って、何なのよ? ジャンキーとか娼婦とか、そんなんじゃないの? 嫌、絶対に嫌」
とはいえシルヴラウというバンドはデビュー以来、ボーカルの霧が売りだ。であれば他のメンバーはともかく、彼女だけは事務所として確保しておきたいのだろう。
それに霧は実際、良く整った容姿をしている。演技さえ及第点なら、役者になってもやっていけるはずなのだ。
一方で秋山陽華は、一躍時の人になっている。
彼女は小説賞を受賞し、賞金の三百万円を獲得。以前、霧との仲をパパラッチされていたことも功を奏して、彼女の受賞は大きな話題になった。
書籍化の確約はもちろんのこと、既に雑誌でエッセイなどの仕事が入り始めている。
もちろんエッセイを書くにあたって、秋山陽華の写真が雑誌に掲載されるという条件も付けられたが、このところ収入がゼロだった彼女としては、止む無くそれらの仕事を受けていた。
だから秋山は、非常に多忙である。殆どの時間、自室から一歩も出てこないから暇のように見えるが、常に何かしらの文章を量産していたのだ。
酒量も一時期より圧倒的に減って、近頃、彼女の口癖はもっぱらこれである。
「ああああああ、遊びたい! 飲みたい! そして寝たい!」
そのようなことからゴールデンウィークの最終日、秋山はこんなことを言いだした。
「高坂、ゴールデンウィークは今日までだが――八月には、お盆休みというのがあるだろう?」
「ん、ああ、あるが……」
「霧様も、その頃には落ち着くか?」
「そりゃ、アニメが終わればあたしがバンド辞めても大丈夫だろうし、落ち着くと思うけど」
「じゃあ、八月の初旬――高坂がお盆休みに入ったら、一週間くらい沖縄に行かんか?」
「「は、沖縄?」」
「うむ。わたしはな、南の島に行ったことがないのだ。それで二人も一緒に来てくれたら、楽しいだろうなと思ったのだが……」
「へぇ、あたしはいいけど、先輩は?」
「今から予定を組めば、何とかなるけど。秋山――旅行なんか行く金、あるのか?」
「金のことなら心配するなよ。小説賞の賞金が全部残っているし、むしろ奢ってやろうではないかッ!」
こうして秋山陽華の提案により、三人は沖縄旅行へ行くことになったのだった。
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