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14 変化

 ■


 高坂達の生活に変化が起こったのは、一緒に暮らし始めて二週間後のことであった。

 都心にほど近い閑静な住宅街――というにはやや語弊があるが、程よく立地の良い場所に住んでいるのだから、誰かに見られてもおかしな話ではない。

 結果としてSNSなどで霧の目撃情報が発信され、ついに彼女は見つかってしまったのである。


「やだ、帰らない!」


 所属事務所から訪れたマネージャーに、霧は玄関の前で散々にゴネていた。黒いパンツスーツに身を包んだ女性マネージャーは三十歳前後で、いかにも知的なやり手に見える。

 高坂は、「ここじゃあ何だから……」と彼女を部屋の中へ入れ、霧にも話し合うよう説得をした。


 部屋の外でマネージャーと言い争う霧の絵を、パパラッチされる方がマズいと考えたのだ。そうなれば、自分だってここで暮らしていけなくなってしまう。


 マネージャーは狭いながらも片付いた高坂の部屋を見回し、「ギター、無いんですね」と口にした。高坂はギョッとして目を見開いたものの、何も答えない。


「霧ってギターで曲作ってたっけ?」

「あたしはシンセだよ。ていうか先輩――ひさって先輩のファンだから」

「……は?」


 ひさというのが、マネージャーの名前だった。彼女はチラリと高坂を見て、それからすぐに視線を霧に戻す。まずは仕事――という態度だ。


 どうやら霧のマネージャーは理解のある人物だったようで、ある程度は彼女の意見を受け入れてくれた。

 しかしすでに何枚かの写真を週刊誌に撮られているから、ここで暮らし続けるのはマズいと説明をされて、霧が口をへの字に曲げている。納得は出来ないが、理解はできる――そんな顔だった。


「――そういうワケだから、霧、一週間以内には自分の部屋に戻ってね」

「う……まあ、分かった。でも、あと一週間は、ここに居てもいいんでしょ?」

「ええ――その位なら、何とか抑えられるかしら」


 決めごとをするとマネージャーの久は高坂に自分の名刺を渡し、「新曲が出来たら、聴かせてください」と言って立ち去った。


 ■■■■


 数日後、発売された写真週刊誌には、霧と秋山が笑顔で買い物をする姿が掲載されている。

 結局のところ、世間に取沙汰されたのは霧と秋山の関係性だけであった。

 高坂は写真が出るどころか、名前さえも触れられていない。

 

 恐らくだが霧の事務所が、高坂の存在を掲載しない代わりに、秋山との関係をどう書いても良いと週刊誌側に言ったのだろう。このように高坂は推測している。

 お陰で秋山はマスコミから追いかけられて、職場のコンビニまで来られてしまった。そのせいでアルバイトを辞める羽目になり、彼女は無職になっている。


 とはいえ、秋山も不運だけではなかった。

 なんと、小説賞の一次審査を突破したのだ。また霧の所属事務所を通じ、芸能事務所の何社かから、モデルとして活動してみないか――との声を掛けられている。


 確かに秋山陽華なら、モデルとして十分やっていけるだろう。その上彼女には、小説賞の一次審査を突破するだけの文才もある。ならば芸能事務所として、欲しい人材なのかも知れなかった。


 もっとも――当の秋山には芸能人になる気が無い。だから今日が霧と過ごす最終日だというのに、ビールの空き缶をタンッとテーブルに置くと文句を言っている。

 ちなみに貰った事務所の名刺は、全てゴミ箱に捨てていた。


「収入が無くなった。このままでは部屋を引き払わねばならん……」

「だったら陽華ちゃん。モデルやれば? いっぱい誘われてるんでしょ」

「誘われているが――冗談ではない。人前でウロウロ歩くなど、猿回しの猿みたいではないか」

「そういう価値観なの? 目立ちたくないの?」

「目立ってどうする。エルフに必要なのは、狩りに必要な隠密性だ」

「狩り、してないじゃない……」

「小説家に必要なのは……静かな環境だ」

「はぁ……分かったよ。陽華ちゃん家の家賃くらい、あたしが払うから。あたしのせいで仕事、失ったようなもんだし……」

「む……いや、いい。気遣いは無用だ。それに施しは受けたくない」

「じゃあ、どうすんのよ?」


 霧が秋山を正面に見て、眉根を寄せている。ダメな妹を叱る、姉のような表情だ。


「わたしは……こ、このまま高坂と暮らす。家賃は払えないが、その代わりに家事をやるということで、どうだろうか?」

「あのね、陽華ちゃん! あんた家事できないでしょ! 洗濯機は泡塗れにするし、トイレ掃除をすれば水を詰まらせるし、料理だって煮る一択じゃない! あたしだってここを出て行くしかないんだから、陽華ちゃんだって居ちゃダメでしょ!」

「どうして?」

「だ、だって陽華ちゃん、最初になんて言って一緒に住み始めたか、覚えてるの!?」

「さて……?」

「若い男女が結婚もせず二人で暮らすのは不純だと思うから――って言ってたの! 陽華ちゃんと先輩の二人だって、それ同じじゃない!」

「そうとも言う、しかし今は火急の事態なのだ。小説も大切な時期だから働きたくないし、とはいえ施しも受けたくはない。となれば、高坂の家に居続ける他無いではないか。あとな、ここの方が良く眠れる」


 さらっとダメエルフ発言をした秋山を、高坂はチラリと見た。

 暫く前に、彼女が起きているのか眠っているのか分からない状態で言った言葉を思い出す。


「わたしは……ただの同級生だと思う男の腕に、頭など乗せたりはせぬ」


 ボンヤリとテーブルの上に置いた手に顎を乗せて、高坂はビールを煽っていた。秋山と二人この部屋で暮らしたら、自分は一体どうなるのだろうか。

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