1 プロローグ
■
幕が上がり、ステージにスポットライトが降り注ぐ。かき鳴らされたエレキギターの音が蒸し暑い体育館の中に響くと、数百人の生徒が歓声を上げた。
どこにでもある文化祭の風景だ。
いくつかのバンドが、あまり上手くない演奏をする。
けれど同じ高校生のよしみで、誰もが盛り上がってくれるのだ。
――だから高坂良は今、無敵だった。そういう気分になっていた。
ドラムが刻むビートに合わせて、高坂はリフ刻む。その上にボーカルの少し掠れたハイトーンボイスが乗った。ベースのうねる重低音が心地よく、音に導かれるまま高坂は前に出る。ギターソロだ。
といってもギターを始めて三年。バンドを結成してからは一年しか経っていない演奏レベルでは、大したことは出来ない。
それでも今の彼は無敵だ。多少音を外したところで、気にも留めない。演奏者がそうであれば、観客も同様だった。ただ騒げればいい――それだけなのだ。
黒いカーテンで閉め切った、この体育館にいる生徒たちが高坂を称えていた。崇めていた。まるでヒーローか何かのように。
だから高坂も、今が一番輝いていると思っていた。そんな自分を見て欲しいと、心から願う人がいた。
それは高校に入学して、初めて見た金髪の女の子。
彼女はいつも後頭部で髪を纏め、後ろへ流していた。ポニーテールというやつだ。
長く尖った耳と翡翠のように美しい緑色の瞳が特徴的で、だけどいつだって無表情。
彼女はエルフという種族だけど、れっきとした日本人だった。
二年生になって彼女と同じクラスになれた時は、誰にも見られないように小さくガッツポーズをしたものだ。だけど結局、文化祭の今まで自分から声を掛けたことは無い。
そもそも高坂は無口で、スクールカーストも最下層に近かった。
そうでなければ運動系の部活に所属し、ギターなんてやらなかっただろう。
一方金髪のエルフ――秋山陽華も極度の無口だった。
おおよそ彼女が一日で喋る言葉と言えば、「おはよう」「はい」「いいえ」「そうか」「……ではない」「さようなら」くらいのものだ。であれば、そんな二人に接点など一切なかったのである。
だからこそ高坂は、この機会に賭けていた。
このステージを秋山に見て貰い、感想を聞く。感想が聞けたら、唐突でも告白をしようと思っていた。その為だけに練習をして、今に至っているのだから。
秋山はギターソロの最中、ステージから客席と化した体育館を見下ろしている。逆光になって、人の顔が殆ど分からない中、秋山の金髪を彼は何とか見つけることが出来た。
大きな緑色の目を見開き、口をやや開いて秋山が高坂を見つめている。
周りと同じように騒いではいない。けれど何かに圧倒されているだろう秋山の姿が、そこにはあった。
「秋山、好きだ!」
高坂はステージに鳴り響くギター音の中、叫んだ。
もちろんあらゆる音に掻き消され、彼の声は自分の耳にさえも届かない。
だがそれでも彼は、秋山陽華を見つめながら、人生で初めての告白をした。
■■■■
秋山陽華――正確には秋山=エルフィーネ=陽華が転校したのは、その三週間後だ。
結局のところ高坂良は、彼女に気持ちを伝えることが出来なかった。
だから彼は高校を卒業してもバンドを続け、彼女への消えない思いを曲にして。
それでも満たされない思いを抱えて各地を回り、ついにはメジャーデビューの話が舞い込んだ。けれど高坂良は断り、当時内定を貰った会社に就職したのである。
それは音楽活動という行為が秋山陽華を得られなかった代償行為であると、心の中で思っていたからか。
あるいは音楽で生活することが難しいと、現実的に考えたからか――。
あの熱い文化祭の日から十年が経った今、もはや高坂にもどちらだったかは分からない。
しかし彼が抜けたバンドは見事に売れて、いまや世界的にもファンを多く抱える状態だ。
それに対して彼は、日々自分に与えられた仕事という名の責任を果たし、立派な――しがない大人になろうと藻掻いている最中なのであった。
お読み頂きありがとうござます!
ヒロインの一人がエルフなのでちょっとジャンル設定に迷いましたが、日本が舞台だし他に適当なジャンルも無さそうでしたので、現実の恋愛にお邪魔させて頂きました。
もしも面白い、続きが気になると思って頂けたなら、感想や評価、ブクマを頂けると大変励みになりますので、よろしくお願い致します!