≪月夜≫の神理者たち
≪月夜≫央都支部、そこは街外れにある小さな酒場に偽装していた。
その酒場の入り口を一人の少年がくぐる。
白い仕立てのいいターバンと外套をまとった齢は十三か十四かといった少年、やわらかい笑顔を浮かべ仕立てに見合う育ちの良さがうかがえた。腰には装飾ではない長さの簡素な刀。外套のせいで足運びがわからず実力はうかがえない。
酒場の中には卓についた二人の人影。
一人はラクダの頭をした獣人、背はさほどでもないが横幅と厚みからまるで巌のような印象。体の節々に蟲の骨格のような、金属の鎧のような硬質な物が張り付いている。眼は草食獣にありがちなつぶらなモノではなく苦み走った険しいもの。
一人は魔導の民の女性。魔導の民の証である銀髪を長く伸ばしているがそのほとんどはスカーフを巻き付けて隠している。顔の大半も布で隠しているが目元だけでもその美しさがうかがえた。
「おい、ここはガキが来る場所じゃ……」
酒場に入ろうとした少年にからむために卓をたったラクダの獣人の首が落ちた。
遅れて響く小さな金属音、それは抜く手も見せぬほどの速さで獣人の首を切って落とした外套の少年が刀を収めた音だった。
常人ならばそこで終わり、魂が獄へと向かうがしかしこの獣人は神理者、しかも生命力ならば他の追随を許さないと称される蟲甲士。
頭を失った体が宙にある首に手を伸ばしそのまま断面にあてると細かい蟲か触手のようなものが湧き出て一瞬で首をつなげてしまう。
「おお、痛え。てめえ何してくれやがる」
わざとらしく切り落とされた首をさすりながら獣人は言った。言葉ほどは気にしている様子はない。
「いえ失礼、ですが実力を見せないといけない流れかと思いまして」
満面の笑顔の外套の少年、その笑みには悪気が一切なかった。
「……ああそうだな、返しに俺も実力を見せてやるよ」
獣人が腕を少年に向ける、すると見る間に腕が体の節々についた硬質物に変わり、形状も太い筒状に変化、そして……
ゴウ、と空気が鳴いた。
筒から飛び出た硬質物が空気を切り裂きながら、外套の少年へと旋る。
少年の抜いた刀が硬質物の砲弾を両断。二つに分かれた砲弾は入り口の左右に大穴をあけて店外へと飛び出していく。
そして砲弾に勝るとも劣らぬ速度で獣人が飛翔。
獣人の背には硬質物で出来た翼、両腕は一体となって巨大な鎚となり自らを砲弾として少年へと迫る。
対し少年は斬って捨てようと不動。砲弾を両断するために振りおろした刀を迫る獣人へと振り上げる。
「ロクサナ!」
獣人が後ろの女の名を叫ぶのと少年が構えた刀を振るうのは同時だった。
放たれた刀が宙を走り獣人の体に……
「壁よ在れ」
女性の声が響くとともに光る壁が瞬時そそり立つ、それは布一枚もないほどの厚さだったが、獣人を両断するはずの刀を止めて見せた。
静止した少年の体に獣人が大鎚を振り下ろす。
酒場を倒壊させてしまいそうな激震、地に突き刺さった大鎚が土砂を巻き上げ、振動で棚にかけられている酒瓶が落ち地面をぬらす。
そして獣人の首もまた離れ落ち、獣人は地に落ちようとする自らの首を受け止め戻す。
えぐれた地面の外に刀を振りぬいた少年は立つ、その左腕はかすめた大鎚につぶされ見るに堪えない肉塊へとなり果て流れる血が床で燃える。
獣人が険悪に女がつまらなさそうに、外套の少年が笑いながらにらみ合う。
神理者のなかでも達人と呼ばれる域へと踏み込んだ三人。全力で争いあえば街の一角程度はさら地になろう。
「はい、はい、君たちじゃれあいはそこまで」
ぺちぺちと、手を鳴らしながら酒場の奥から男が歩み出る。
緑を基調にした極彩色のターバンと外套を着こみ、飾りっ気のない簡素な刀。外套の少年にどこか似ていた。