表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/7

序章

「可愛いものだね」

「……そうね、本当に可愛らしいわ」

 二人の異形がほほ笑みながら赤ん坊をのぞき込んでいた。

 一人は黒曜石で出来た髪と眼と肌をした黒一色の人間からは≪絶望≫と呼ばれる男。

 一人は干からびた左半身と、血を流し続ける右半身を持つ人間からは≪格差≫と呼ばれる女。

 地獄を支配する邪霊である。


 間にいる赤子はどこにでもいる人間の赤ん坊のように見え、両親に見られて笑っていた……のであるが何が気に入らないのか唐突にぐずりだした。

≪格差≫は自らが産んだ最愛の息子を抱き上げてあやすために人間たちに伝わる神話を語り始めた。


「むかし偉大なる主は光から自らに仕える天使たちを作られました。そして次に炎と風からイフリートたちを作り地上の主と定めました。ですが炎と風から作られたイフリートたちは極めて粗暴で争ってばかり。

 そんな同族たちに嫌気がさしたイフリートの中で最も強く、賢かった者は主に仕えることを望み、それを主は許しました。彼の者の名前こそイブリス、やがて私たち邪霊を作り出すお方です」 


「主は自らに忠実なイブリス様を除いたイフリートたちを失敗作と断じて地獄へと封じてしまいます。次に主は、新たな地上の主として人間を作ります。それは薄汚れた土と汚らしい水から作られた、ひ弱で愚鈍な生き物でした。

 その人間を見てイブリス様は主にこう言いました。『このような生き物はきっとあなた様への敬虔な気持ちをなくし、堕落し、イフリートと同じく失敗作になるでしょう、主よ私にそれを証明するための許しを頂きたい』と。主はイブリス様の提案を受け入れました」 


「イブリス様はまず、最初の人間であるアーダムとイヴに蛇へと化けて近づき食べてはならないと主から命じられていた実を食べてしまうように囁きました。その実は主が人間を試すために作られたものでしたが、愚かな二人はそのようなことに思い至らず主の言葉を無視して食べてしまいました。

 主はこのことに怒りアーダムとイヴ

を楽園から放逐します。イブリス様は彼ら楽園から追放された人間たちに主の教えをまとめた宗教を広めます、もちろん人間たちが主の教えを知っていても堕落する愚かな生き物であることを証明するためです」


「大地で過ごすことになった人間たちはカビが繁殖するかのごとき速さで増えていき、イブリス様一人ではすべての人間が堕落する生き物だと証明することができなくなりました。

 そこでイブリス様は地獄へとおもむき、そのもっとも深いところから闇を取り出して、かつて主が天使たちを作った術を用いて自分の手足となって人間が堕落することを証明する者たちを作りました、それが私たち邪霊です。私たちは人間が堕落することを証明し続け、ついに人間を地獄へと封じることを主に認めてもらいました」

 

「しかしイブリス様は人間を堕落させることに長い時を費やした結果、ごくまれに堕落の囁きに屈することがなかった者は主に仕えるに値するほどの素晴らしい者となることを知りました。

 まるで土と水を混ぜ合わせた泥を炎で焼くことで美しい陶器になるように。むろん、そのような者はごくわずかです。ですがイブリス様はそれをおしいと思い、地獄に封じられた人間たちにも堕落を囁き続けることにしました」


「ザラーム、あなたはイブリス様の期待に応え人間を堕落させる聖務につくのよ。そんなに泣いていては駄目よ」

「いや、そういうのは子供の自由意思に任せてあげようよ」


≪絶望≫と≪格差≫そして赤子しかいなかった部屋に男と女が現れる。

 男は緑を基調にした極彩色のターバンと外套を着こみ、飾りっ気のない簡素な刀を腰に佩き、心底から陽気そうに笑っている優男。

 装いは派手ではあるがただの人にしか見えない男女だった。

 彼らの前に無言で地獄の支配者である≪絶望≫と≪格差≫は跪きこうべを垂れた。それ以外に正しい態度はないというかのように。


「で、これ君たちの子供か……普通の赤ん坊だね」

「はい」

「まあ、期待はしてるよ」

 そういって極彩色の男は泣きじゃくる赤ん坊を優しく抱きしめた。


 ◇ ◇ ◇


 人間が地獄に閉じ込められて500年。


 どこまでも続く砂漠と偽りの空、粗暴なイフリートや邪霊が生み出した人間を苦しめるための魔物たちとの終わらぬ戦い。

 命を落とせば邪霊の領域にある真の獄へと連れ去られ、主の期待を裏切ったと永遠の責め苦にさいなまれる。

 その境遇にも人間たちは適応していた。適応力はイブリスですら認めざる経ない人間たちの長所だった。


 神理の儀式という術がある、受けた者に人を超える力を与える術で、長ずれば万軍に匹敵するだけの力を個人に与える術である。

 無論そのような人の枠を外れる術が安全なわけもなく、受けた者は半分以上が死に絶える、がそれでも過酷すぎる地獄においてはこの力に頼るほかなかった。


 人を超える神理の儀式を受けた者、神理者たちの集まり神理連はやがて人間たちの領域を実質的に支配し始めた。地上にあった国という単位は残りはしたが魔物やイフリートをまともに倒せるのが神理者のみだったための必然だった。


 神理者たちに限らず、少なければ集まり多ければ分かれるのは人の常。神理連もその例に漏れずやがて主張ごとに四つに分かれるようになった。


 地上への帰還を目指す神理者たちの集まり≪昇陽≫


 神理者たちの支援を目的とするがゆえに最大の神理連となった≪蒼天≫


 地獄での権益を伸ばすことを目的とする≪晩鐘≫


 そして、邪霊たちの手足となる人間たちの裏切り者の神理連≪月夜≫

 

 物語は四つの神理連の支配地域間、緩衝地帯にある地獄で最大の都市、央都にある≪月夜≫央都支部から始まる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ