悩みと高嶺あずさ
俺には悩みがある。
何が悩みかと言えば、それはもちろん件の手紙である。
ストーカー紛いのことをされていると言う事はほぼ確実だろう。
幼なじみの玲奈に相談したいのは山々ではあるが、それはできない。
ストーカーは俺のことをかなり深く知っているようで、玲奈と現在も親しいことがバレてしまっているからだ。
八方塞がりになってしまった俺は、とりあえず玲奈には負担を掛けられないと考えた。
玲奈に相談すればきっと解決はするだろう。
ただ、中学の頃と同じように俺は玲奈との関係を知られ無駄なやっかみを受ける可能性が高い。
晴れなら毎日のようにしてきた朝の散歩も不審がられない程度にお断りの連絡をしておいた。
そんなわけで俺は悩みを抱えながら学校まで来ることとなったが、何も手を打たずにこのまま泣き寝入りをするわけにもいかないのでなんとか犯人を特定する方法を探していた。
そもそも俺にこれほど狂気的な恋愛感情を持つ女子生徒がいるのだろうか。
高校に入ってからは目立たないどころか、学内で俺のことを知っているのなんてクラスメイトくらいのものだろう
し。
ではどこから知れ渡ってしまったのか…一向に見当もつかない。
逆に言えばクラスメイトにストーカーがいるとするなら、今すぐそこに犯人がいると言うことなのだが。
暫く周囲を見渡すが、誰かなんてわかるわけもない。
今までに感じたことのない恐怖を体が感じ取る。
見える相手なら口論なり喧嘩なり対処の仕様がある。
だが、相手からこちらは分かっているのにこちらから相手は誰なのかわからない。
そんな相手がすぐそこにいるかもしれないって感じて恐れを抱くのは俺が男子の中で貧弱な部類だからかもしれない。
「まじかよ、今日の体育持久走だってよ。ーーーー信じらんねえ…。」
拓哉のそんな呑気な言葉が聞こえてきて、俺は張り詰めた空気を解くことができたのだった。
「あっちぃ…地球温暖化のせいか、余計疲れた気がするぜ。」
体育の持久走を終えた、俺と拓哉はヘトヘトになり地面に座り込んでいた。
バスケ部に所属している拓哉はともかく、俺はただの帰宅部だ。
体力なんて自信があるはずもなく拓哉のように文句を垂れる余裕もなくダウンしていた。
「って、あっちで女子も体育してんじゃん!!」
急に起き上がった拓哉は彼方に見える女子たちがテニスをしている姿を見て、盛り上がっていた。
その声に釣られて周囲の男子たちも湧き上がる。
(お前らさっきまで屍のようになってたのに、簡単に復活するな。)
と内心呟いたが、俺も気になることがあったのでそちらを見る。
決して体育着の女子を見たいがためにそっちに視線を向けたわけではない。
「大丈夫そうだな、よかった。」
向こうに見える、女子の中でも軒並み目立っている女子生徒。
玲奈は強烈なスマッシュを相手の女子に決めていた。
ここから見る限り、一方的な試合展開のようだ。
玲奈との散歩を断って、少し罪悪感があったが元気にしている姿を見て少しだけ安堵している自分がいた。
「すぐに解決してくれりゃ、こんなこと考える必要もなかったのにな。」
ストーカーの件が解決するまでは玲奈に不用意に接近する事は避けなければならない。
いつどこで見られているのかわからないと言うのはこちらとしてもかなり気を張って疲れてしまう。
普段人に見られることなんてないだろうと思っていたが、逆に見られるのがこんなに疲労を感じさせるとは。
「ん、あの子は。」
女子生徒が1人だけ、コートを離れどこかへ歩いて行く。
教師や他の生徒は試合に夢中で誰も見ていない。
俺が遠目で見る限り、足を引きずって見えるが怪我でもしたんではないのか。
いくら試合が玲奈のスーパープレイで夢中になっているとは言え、誰もついて行かないってのはどうなのかと思う。
「お節介かもしれんが、一応な。」
俺は自分に言い聞かせて、足をグラウンドの外に向けた。
「えっと、こっちに行ったと思ったんだが。」
俺はグラウンドの裏にある校舎に続く中庭に着いた。
校舎内の保健室に向かうのならここを通るはずだが、姿が見えない。
「痛っ…ううぅ、染みるなぁ。」
そんな声が近くから聞こえてきた。
そっちを見てみると、蛇口のついている小さな壁から頭の一部が見えている。
ここからでもわかる綺麗な黒髪だ。
玲奈の金髪に慣れていると新鮮に感じる。
それほどまでに女子との関係がないってことなんだが。
「…大丈夫か?」
俺は小さな壁を回り込んで、声を掛ける。
「えっ?…はい。」
彼女は少し怯えた表情でこちらを見ている。
そりゃそうか…話したこともない男子に急に声かけられたら。
「あ、悪い急に声かけて。…足引きずって歩いているところを見て大丈夫かなって思ってさ。付き添い誰もいなさそうだったし。」
「そうだったんですか、ありがとうございます。私なんかのためにわざわざ。」
そう言って頭を下げる彼女。
「お節介になるかもしれないとは思ったんだけど…保健室に向かうのか?」
「いえ、洗えば大丈夫だと思うので…痛っ。ううぅ痛いなぁ。」
どうやら膝を擦り剥いたようだ。
多くは無いものの出血している、そこまで傷は深く無い見たいだが。
「傷が化膿するかもしれないし、保健室に言ったらどうだ?…嫌じゃなかったら行きづらかったら俺も付き合うし。」
「あの、どうしてそこまでしてくれるんですか?…知りもしない私のために。」
疑問を告げてくる。
当然の疑問だし、ナンパ目当ての男だと勘繰られても思われてもおかしく無いか。
「俺には尊敬している奴がいるんだ。ーーそいつならきっと初対面の人でもこうすると思ってさ。」
そう、玲奈ならきっと手を差し伸べる。
今は男子に声を掛けることが少なくなったが、中学時代の玲奈なら困っている人は誰でも手を差し伸べるような人だったし俺も何度も救われた。
全然追いつける気がしないが、それでもほんの少しは近づけるかもしれない。
「だから、君のためじゃ無いんだ。俺がそうしたいって思ったから。ごめんな、自分勝手な理由で。」
正直、彼女のことは知らないし…今後関わる事はないだろう。
今日彼女が怪我して、俺が偶然気づいたから声を掛けただけで…本来関わることもない。
「そ、そうなんですか。ーーーでも、ありがとうございます。保健室まで手伝ってもらってもいいですか。」
まだ、完全に信頼してくれてるわけじゃないだろう。
あくまで俺の理由に一定の理解が得られたくらいのこと。
それでも、そう言ってもらえるのは純粋に嬉しかった。
「新城奏多くん、ですか。あ、あの私は高嶺あずさです。2年2組です。」
保健室には誰もいなかった。
保険医はどうやら席を外しているみたいで、呼び掛けても返事がなかったので勝手に入らせてもらった。
勝手に入るのはよくないんだろうが、鍵は空いていたし怪我人がいるのだから仕方ない。
最悪怒られたとしても俺が無理に連れてきましたって言えばいい。
実際そうなんだし。
そして、更に勝手にガーゼや消毒液も借りてしまった。
そうして少し落ち着いたところで彼女、高嶺あずさと話していた。
途中で体育をねけてしまったが、男子は持久走を終えたら自由時間だったし女子も高嶺がいなくなっても未だに保健室に誰も来てないって事はまだ気付いていないのかもしれない。
「2組か…今日は女子の体育合同だったんだな。」
俺や玲奈が所属している1組とは隣のクラスだ。
通常、他のクラスと体育で合同時授業になる事は少ないのだが、テニスコートのように数が限られた種目を行う際には他のクラスと共にすることもある。
「そうなんです。ーーそれで途中で転んでしまって。人数も多くて、先生に声を掛けづらくて1人で歩いてきました。」
体育教師が気づかなかったのは人数が多いからか。
恐らく全員を見る余裕がなかったんだろう。
それが怪我人を放置していい理由にはならないんだろうが、高嶺も何も言わずに来ている以上ある程度仕方のないことなのかもしれない。
「友達とかには言ってこなかったのか?」
もし、教師が気づかなくても友人の手を借りる事はできたはずだ。
「いえ、あの私…クラスにお友達いなくて。」
「あ、…ごめん。…配慮足りなかったな。」
「あ、大丈夫です。ーー慣れているので。」
そう言って遠い目をする高嶺。
俺もかなり友人は少ないのだが、自分の不用意な一言を後悔する。
「気にしないでください。…私自身あまり人付き合いというものは得意ではないんです。」
「俺も同感だ。正直高嶺に話しかけたのも少し俺が人間関係で悩んでいることがあって、それを紛らわせたいって気持ちがあって。」
「そうだったんですね…何となく分かった気がします。ーーー新城君ってあまり人に積極的に話しかけるタイプに見えないので。」
「うっ。」
それを言われるときつい。
やっぱり陰キャのオーラというものは体から滲み出ているのだろうか。
「でも、安心しました。ーーーあまり新城くんと話すのは怖く感じないので。」
確かに俺も配慮が欠けるほど気にせず高嶺と話すことができている。
それはどこか高嶺と俺が近い価値観のようなものを持っているからなのかもしれない。
だから、会って十分程度なのにそこそこ打ち解けている感じがする。
「俺も高嶺とはあまり、気にせずに話せそうだ。」
「よ、良かったです。」
高嶺は安堵するように息を吐く。
その時キンコンカンコンと授業の終了を知らせる鐘が鳴った。
「あの、先に行ってください、私は救急箱勝手に使ってしまったことを保険医の先生に話すので。」
「俺も残っても大丈夫だぞ?そもそも俺が強引に保健室に連れてきたようなものだし。」
「いえ、ここまでしてくれただけでもありがたいので。次の授業に遅れると申し訳ないです。」
「そうか…。そんなこと気にしなくてもいいって言っても俺が逆の立場でもきっと気にするだろうから、行くことにするよ。その代わり怒られたら俺の名前を出してくれ。」
「ふふっ。新城くんは心配性ですね。わかりました、そうします。ありがとうございます。」
そう言って頭を下げる、高嶺。
まあこれなら大丈夫そうだな。
俺は保健室を出て教室に向かおうとする。
しかし、階段下で女子生徒が俺を待ち受けるようにして立っているので俺は足を止める。
正直、驚いて声が出なかった。
まさか、彼女から俺に近づいてくる事はないと思っていたから。
「新城が女子にこんな優しいの意外だったかも。ーーーこれなら来る必要なかったかもしれないわね。」
その女子生徒は玲奈の友人であり、俺が去年振られた
「春沢…。」
春沢優、彼女だったから。