文化祭の準備
流石に文化祭も三日前となると、うちのクラスも準備が本格的になる。
たこ焼きを売るということで、必要なのは基本的に屋台の準備と当日の接客に仕事が別れる。
「で、あんたサボってんじゃないわよね。」
「そんなことは決してないが。」
俺は、本橋に問い詰められていた。
俺は屋台の準備の役を担っていたのだが、作業が遅れている。
「だったら、何でこんなに遅れてるのよ。たかが、絵を貼るだけでしょうが。」
俺の仕事は屋台の看板に書かれた絵を屋台の上部に貼り付けるという単純なもの。
もちろん、当日の仕事を担っていない俺は1人でその作業を行うことになっている。
「その絵が完成してたら、俺だってやってるよ。」
俺は、少し離れた机で作業している春沢を指差す。
「優?…なにやってんのよ。」
本橋は春沢の元に行って俺と同じように問い詰める。
しかし、当の本人は聞こえていないようで
「ここは、もっと色鮮やかな方が…でも、そうすると全体的にバランス悪くなるし…。」
と呟いている。
「優ってば!!ーーーってまじで聞こえてないじゃない。」
「だから、俺も困ってるんだ。」
「はぁ…なるほどね。」
春沢の集中力は恐ろしいもので、俺が何度も声をかけてもまるで反応がなかった。
しかし、このままでは間に合わないのではないかという問題もある。
「一体どんな超大作作る気なのよ。」
「さあな…。」
強引にでも止めることはできるのだけど、以前春沢が絵を描いている時に肩を叩いて止めたらマジなトーンで切れられたことがあるので俺はそこまでしたくない。
本橋もどうやら経験があるようで、残念ながら強引な方法に出ることはしてくれないようだ。
「まあ…じゃ、優が絵を完成させたら急いで準備して頂戴。私は他にも見ないと行けないからもう行くわね。」
「ああ、…だがあまり期待しないでくれよ。」
「意地でもやりなさい。」
「お前…中々に無茶言うな。」
本橋はなぜそこまで俺を目の敵にするのだろう。
夏休みで海で偶然会って話したり、体育祭でもそこそこ会話をしたとは思うんだが…いや、仲良くは全然なれていないか。
「ふん。私が言うより優はあんたに言ってもらった方がきっと聞くわよ。」
「そうか…。」
春沢と本橋は少しギクシャクと言うわけではないが、関係が少し微妙だ。
先日、春沢と本橋が滝谷を取り合っているのではないかと、校内の掲示板に記事が貼られていた。
出どころはわからないが、見ていた人は少なくない。
タイミング的にも春沢と滝谷が別れてそんなに期間が空いていないため、ほとんどの生徒が事実なのではないかと思っている。
「じゃあ、優のこと頼んだわよ。」
「ああ、どうなるかわからんが…任された。」
春沢は全く気にしていないようだし、彼女の性格からしてそのような記事に心を動かされてしまうタイプではないのだろう。
しかし、本橋の方は春沢に対して微妙な態度であるのは否めない。
それは本橋が春沢のように周囲の感情に流されにくいタイプではないからかも知れない。
滝谷はどのようにしているのだろうか…。
結局春沢の絵は完成することはなかった…明日には完成することを祈ってはいるのだが厳しいかも知れない。
と言うか…そんなに完成度を求めた作品にしなくてもいいとは思うがそれを直接言う勇気はない。
「玲奈も忙しそうだな。」
廊下から玲奈が生徒会の人たちと校庭の視察をしているのが見える。
滝谷も参加しているようだが…他の生徒とは距離を取っている。
何か理由があるのか、理由がなくそんなことをするわけもないか。
しばらくそこから眺めていたが…特に仲が悪いとかでもないみたいだ。
ボーッとしていた俺に感触が肩に何か当たってきた。
「やっ、元気かな?奏多くん?」
いきなり肩に腕をかけられ、びくっと引いてしまう。
「お前は…。」
久しぶりにその人物とは会うことになった。
遭遇した回数自体はそんなに多くない。
俺も玲奈も数回程度…だけど、忘れられるはずもない。
その相手は俺に因縁のあるものだから。
「新城寧々…だな。」
「…」
新城寧々…猫の面を被った女子生徒。
今まで俺に対して何度も対峙してきた相手。
「あれ、知ってたんだ。」
「ああ…ちょっと前からな。」
「フ〜ン。そうだったんだね…滝谷くんか…西島くんかな。」
実際両方から聞いたのだが…滝谷に関しては高嶺と話しているのを盗み聞きしていただけなので、あまりおおっぴらには言えない。
「それで…俺に何か用があるんだろ?ただの挨拶をしにきたってわけじゃあるまいし。」
新城寧々が現れる時、俺に基本的に困難が訪れる。
なぜ、そこまで俺に固執するのかはわからないが…理由があるのだろう。
「…君は乙女心というものをもうちょっと理解してくれないと困っちゃうよ。少しくらい世間話に付き合ってくれてもいいのにさ。」
「お前、俺たちにしたことを忘れたのか…?」
俺だけならいい…だが、修学旅行の時確信はないが目の前の彼女が関わっていた可能性が高いと俺は考えていた。
もし、俺が間に合わなかったら怪我していたのは玲奈だったかもしれない。
もしくは、手伝ってくれた春沢や澪に危険が及んでいたかもしれない。
「私の愛に君が応えてくれないからさ。少しくらいはデレてくれてもいいだろうに。」
「冗談に付き合う気はない。海星や滝谷と何を企んでる…俺らにまた手を出す気か。」
「彼らは関係ないよ…協力関係というわけでもない。」
笑いながら答える。
彼女の言葉が信用できるはずもないが、海星や滝谷が俺たちに今まで何かをしてきたわけではないので彼らを不用意に疑うことは俺もしたくない。
「じゃあ、何でお前のことを知ってたんだ。」
「できれば寧々って呼んで欲しいんだけどな…。ーーー知りたいのは彼らとの関係だっけ?」
「ああ、もしアイツらにも何か手をあげているのだとしたら…やめてやってくれ。」
「本当に優しいんだね…君は。私が好きなのは自分で結局何も結果は出せないけど、優しさを不用意に振りまいているところさ。」
「はぐらかすな…答えろ!!」
彼女との問答に付き合うのはうんざりだ。
「やれやれ…。まあ、簡単に言えば彼らも私と同じ狂った人種というだけさ。それで何度か会話をする機会があったというくらいのことだよ。」
「…。」
海星が好青年だと言うつもりはない…だが、平気で人を傷つけるこの女と同じだって言うのか。
「そんな目で見ないでくれよ。私だって彼らと関わり合いになるつもりはなかったんだから。」
「わかった…とりあえずはそれでいい。」
何を言い返したところで意味はない。
海星が答えなかったように彼女もその真意を俺に見せることはないだろう。
「春沢優…気をつけてあげなよ。彼女は今悪意に晒されている…まあ、私の知ったこっちゃないんだけどね。」
「春沢のことも何か知っているのか?」
「知らないよ、ただ彼女が話題になっていることは君も知っているんだろ?」
知らないわけがない…春沢と滝谷、そして本橋の関係。
でっち上げられた記事であるのは間違い無いのだろうが…海星の言葉を信じるのならばそこにいる新城寧々が関わっていると言うことになる。
「私のことを疑っているのかい?」
「そりゃ、疑わないわけがないだろ。お前が今までしてきたことを考えれば。」
玲奈が狙われた件にも関わっている可能性が高いと俺は考えているが、事実なら春沢も俺の関係者として狙われてもおかしくない。
しかし、そうだとするならば疑問が残る。
「なんで本橋と滝谷まで巻き込んだんだ?」
「だから、私は何もしてないって言ってるのにな…。」
「なら、何か知っていることはないのか?自分から話を振って何も知らないなんてことはないだろ。」
「君も随分と図太くなってきたね……まあ、君が私との会話に積極的なのは私も嬉しいんだけどね。」
「積極的になりたかないけど、そうしなきゃ大事な人を守れないってのは痛いほどわかったからな。」
なりふり構ってられないってのは今の俺の状況からしたらその通りだ。
以前とは違って俺が守らなきゃ行けない人が増えた…それは悪いことじゃなくて、俺の環境が変わってきたってことだ。
そうしてくれたのは玲奈や春沢、みんなのお陰だ。
「ふん…私のことは敵だと言うのに他の人のことをそれだけ健気に守ろうとしているのは私としては少し癪だけど今は仕方ないことかな。」
新城寧々…彼女は一体なんのために俺にここまでして関わろうとするのだろう。
俺のことが好きだから…そんなもんじゃないのは話してればわかる。
「それで君の聞きたがっていることだけど…。」
新城寧々は言葉を言い淀む、彼女の中で迷いがあるのか…。
言いにくいのは彼女にとって不利益なことがあるのか、それとも…。
「生徒会長さんには気をつけた方がいいとだけ伝えておくよ。」
「会長が…?」
「あの人は君が思っている以上に君や、その周囲で起こっていることに目を掛けている。」
「それが質問の答えだって言うのか…。」
滝谷と本橋、そして春沢の件に関する情報を求めたのに…生徒会長、雅先輩に注意しろって警告は質問の答えにはなっていないと思う。
「これ以上は言えない…いや、言ったところで意味のないことだよ。」
「本当だろうな…。正直言って、たったそれだけの情報じゃ信じるには値しない。」
雅先輩にどう気を付けろと言うのだ…そもそも春沢と雅先輩に関わりがあるとも思えない。
「やれやれ、わがままだな。ーーー君がそこまで頑張りたいのなら、一つだけ。今『君が見えている人間関係が正しいものと思わないこと』。あとは頑張りたまえ。」
そう言って新城寧々は俺から離れる。
これ以上は話さないということだろう。
俺も、彼女を引き留めはしない。
そんなことをしても無駄なことはわかっているし、彼女の仮面を強引に剥がして素顔を明かすことが得策に思えなかったから。
「がんばらなきゃな…。」
俺に何ができるのか、それを考えなきゃならない。
そして、自分だけじゃどうしようもないのなら…誰かに頼ることも考えなきゃならない。
俺の周りには頼りになる人がいっぱいいるのだから。
 




