文化祭の始まりですよ
体育祭が終わったら、すぐに文化祭というのは珍しいのだろうか。
2週間後には文化祭が行われ…それが終われば生徒会選挙と過密日程だ。
誰がそんなスケジュールにしたのだろう。
少なくとも俺みたいな生徒にとってはイベント毎がこうも続いてしまうと疲れてしまうものだ。
「で、何しにきたんだよ。」
俺は放課後、机に顔をつけながら…用があるというので待ってやった相手の言葉を待つ。
「随分つれねえじゃねえか。」
目の前の色黒の長身という威圧感を持つ男はニタニタと笑っている。
「お前…夏休みに俺と拓哉に何したのか忘れたのか?」
「あ〜、そんなこともあったけな。ーーーつーか、奏多に関しちゃ勝手に逃げただけだろ。」
「そりゃ、逃げもするだろ。俺には彼女がいるんだから。」
夏のナンパ事件。
こいつーーーー西島海星は俺たちを海に誘っておきながら、ナンパした女性とどこかに消え失せた。
「ま…そんな昔のことは忘れようぜ。」
「都合のいい奴め…。」
あの後、俺と拓哉がどんな思いをして帰ったのか…思い知らせてやろうか。
「ーーー今日は蘭堂はいねえんだな。」
「ああ、生徒会の件でな。」
玲奈は生徒会選挙も近づいているため、体育祭が終わった辺りから放課後は別行動が多い。
「それなら都合がいい。お前にいい話があったから持ってきたんだよ。」
「…それを俺が信用すると思ってるのか?」
海星にそう言われて、いい話だった試しがない。
まあ、玲奈がピンチであると伝えてもらった修学旅行の件では感謝しているが。
基本的にこの男は人をおちょくるのが好きなんだよな…それさえなければ、単なる不良なのに。
「いつからそんなにノリの悪い奴になったんだよ、奏多。」
「昔からずっとだ。」
こいつとも1年近い付き合いになるが、未だに理解できないことが多い。
「実はな…ーーーー」
海星は俺の耳に顔を寄せて
「ーーーーーー。」
小さな声である情報を呟いた。
「ーーーーそれ本当なんだろうな…。」
俺は姿勢を正した海星に真偽を尋ねると
「冗談が好きなのは認めるが、事実だ。」
そう、真剣な表情で言ったのだ。
「何か、あったんですか?」
「あ、すまんボーッとしてたか。」
俺は、目の前の少女高嶺あずさに謝罪する。
俺と彼女は時折放課後図書室に来ている。
どうやら玲奈と夏のバスケ部内部抗争以降仲良くなったらしく、今では毎日のように連絡を取っているらしい。
玲奈がいない放課後には高嶺と勉強を教え合うために行動を共にしているのだ。
「いえ、ただ少し上の空だな…と思ったくらいです。」
「そうか…悪いな。続けよう。」
俺と高嶺は、お互い理解力が近いというか…説明がお互いによく伝わるのだ。
表現というか言い回しが通じやすい。
だからこそ、こうして一緒に勉強していると効率が良いと感じる。
玲奈とも一緒に勉強することも多いが、一方的に俺が教えられるだけなので少し申し訳ない気分になる。
それでも玲奈は満面の笑みで何の嫌そうな素振りもせず教えてくれるからありがたいが。
「私のクラスは、喫茶店をやるみたいです。」
「俺らは確か…何だっけな。」
「ふふっ…ちゃんと覚えてないとダメですよ、新城くん。」
「そうだな…。」
興味がないというわけではないのだが、文化祭というものは…なかなかにクラスのメンバーとの距離感が難しい。
うちのクラスはそこまで力を入れているわけではないので、残り1週間くらいになったら準備したらいいかという感じだったはず。
「新城くんのクラスは、たこ焼きですよね?」
「あ…そうだった。なんか食べ物なんじゃなかったっけと思ってはいたんだが。」
「もう、新城くんはしょうがないですね。」
「玲奈に聞いたのか?」
「ええ。それに私はそこそこ文化祭を楽しみにしているので。」
「そうだったのか…失礼かも知れないけど、なんかこう、意外だな。」
「そうですか?」
ほとんど友人がいないと言っていた高嶺に関して言えば文化祭なんて…というタイプだと思っていたのだが。
「本当に失礼なことを考えていそうですね…。」
ムッとした顔でこちらを見てきた高嶺の視線に気づいて
「いや、そんなことは決して。」
と咄嗟に誤魔化した。
「私は…友達は少ないですけど…3年生の演劇が気になるんです。」
「演劇か…どんなのやるんだっけ?」
「どうやら、生徒会長さんが脚本を書くオリジナルみたいです。」
「それはまた…。」
あの人、今一番忙しい時じゃないんだろうか…そんな中クラスの演劇の脚本まで書いているとは。
本当に天才という輩は解せぬ。
「でも、何で演劇がそんなに気になるんだ?」
高嶺が言うように会長が書いた脚本だからってことはあるかも知れないが、学生レベルの演劇に変わりない。
どんなものかも全く情報のない演劇に興味があるってことは…結構演技とかそう言うのが好きなのだろうか。
「中学の頃の先輩が出演するんです、それで気になっていて。」
「なるほどな。」
知り合いが出ていると言うのなら納得だ。
「ですが…一つ問題があって。」
「問題?」
高嶺は少し俯いてしまう。
「先ほど新城くんが言ったように私には友人が少ないですから。一緒に演劇を観に行ってくれる人がいなさそうなんです。」
「そうか…。」
1人でも演劇を見にいくことはできるだろうが…高嶺といえど寂しいか。
俺もいまだに一人カラオケにチャレンジできないしな…と言うか、複数人カラオケもチャレンジしたことないんだけどね。
「なら、俺と一緒に行くか?」
俺は高嶺にそう声をかけていた。
彼女には何度もお世話になっているし、それくらいの恩を返すのは当然だ。
さらにいえば俺も雅先輩が書いた脚本というものも気になる。
「いいんですか!?」
高嶺は花が咲いたようにパーッと目を輝かせる。
「ああ、もちろん…ただ玲奈には相談しないとだめだろうけど。それでよければ。」
「もちろん構いません。蘭堂さんを優先するのは当たり前の頃ですから。」
玲奈は多分了承するだろう…もし、玲奈が少しでも浮かない顔をしていたら一緒に行けばいい。
「ありがとうございますね、新城くん!!」
高嶺は俺の手をぶんぶんと振りながら歓喜の声を漏らしていたけど、俺は楽しそうだからいいかと思っていた。
しかし、ここは図書室…当然図書委員に注意されたのだった。
俺は1人帰路につく。
高嶺と別れて、日がもう少しで暮れそうだという頃…家までほど少しのところまで歩いていた。
ボーッとしていると言われても仕方ないかも知れない。
俺は、あることで頭がいっぱいになっていたから。
それは、海星の言葉…あいつが嘘をついている表情をしてはいなかった。
真実だとするなら、俺は平静ではいられない。
『春沢優が仮面の女のターゲットになっている。』
仮面の女…新城寧々の目的はわからない。
そもそも海星がなぜ彼女のことを知っているのかは俺には見当もつかないがアイツのことだ…誰と知り合っていてもおかしくない。
何より俺にそれを伝えることが彼にとっての『面白さ』に繋がることだとするなら嘘とは言い難い。
ではなぜ春沢を…俺と春沢は高校で知り合った友人関係であり、玲奈のように恋人同士というわけではない。
玲奈から何度か、新城寧々と話したということは聞いているが彼女の素顔を誰も知らない。
もしかすると海星は何か知っているのかも知れないけど…口を割るようなやつでもないので、その場で聞くことは諦めた。
春沢が狙われているとすれば…俺の責任だ。
新城寧々はなぜか俺に対して異常な執着心を持っている…その悪意を春沢に向けるというならば俺が守る必要がある。
無論、1人でやるつもりはない…玲奈や滝谷…にも相談することになるかも知れない。
夏の時みたいに、1人で何とかしようとして失敗しましたじゃ笑えないしな。
とりあえず明日から何か対策を考えるとしよう…直近のイベントとすれば文化祭。
彼女が何か仕掛けてくるとしたら、その場が一番可能性としては高いから。
「何だよ…これ。」
俺は、校門から入ってすぐに人だかりができていることに気づいた。
人の目線はある一か所に集中している。
『春沢優と本橋香織は滝谷遼を巡ってドロドロの恋愛関係か!?』
という記事に群がっていたのだ。
記事には写真も写っていた…春沢と本橋が喧嘩しているように見える写真。
その間に滝谷が仲介しているような…そんな写真だったのだ。




