体育祭の時間ですよ
雛元高校では大きな行事として、体育祭、文化祭の2つがある。
修学旅行のように、学年毎の行事ではなく学校全体を巻き込んだ行事はそれくらいしかないのだ。
「奏多はどの種目に出るか、決めた?」
学校へ向かう道、隣で歩く玲奈に尋ねられる。
「まだ決めてはないな。あんまり大変そうなのは勘弁だけど。」
必須の徒競走以外でやりたいものなんて特にないけど、やるとしたらできるだけ楽で安全なものがいい。
「そっか。私もまだ決まってないんだ。」
「まあ、玲奈の場合引っ張りだこだろうけどな。」
体育祭は一応クラス対抗というものなので、クラス内で運動能力に優れる生徒は多くの種目に駆り出されることになる。
俺のように部活に所属していない上、平凡な身体能力の生徒はそう言ったことに巻き込まれない分だけマシと言えるだろうが。
「私もそんなに出たくないんだけどな。」
そう言って玲奈は俺の制服の袖を掴んでくる。
玲奈の身体能力に関しては学年いや、学校全体に知れ渡っている。
残念だが、面倒ごとは避けられないだろうな…と思う一方、彼女の気持ちもわかるため、なんとか協力したい気持ちもある。
「あんまりにも大変そうなら、俺からも意見はしてみるよ。」
俺がそういうと、意外そうにした後
「ありがと。」
と満面の笑みで返事をしたのだった。
「それじゃ…これから体育祭の種目選手決めをします。とりあえずは第一希望の種目を決めて手をあげてください。」
放課後、俺たちのクラスも…恐らく他クラスもだが選手を決めることになった。
壇上には玲奈が立って、司会を勤めてくれている。
種目は玉入れ、障害物競走、騎馬戦、綱引き等の種目がある。
その中からとりあえず1つを選んで決めることにするらしい。
前提条件として全ての生徒が選択種目に1つは参加しないといけないため、極端に運動ができない生徒も参加は必須だ。
俺はいくつかの種目を見て、1つの種目に狙いを定める。
「じゃあ、次の種目…借り物競争に参加したい人は挙手をお願いします。」
玲奈がいくつかの種目の立候補を募った後、俺はこの種目で手をあげることにした。
そして、特に参加合計人数を上回ることなくメンバーに選ばれることができた。
借り物競走には話したことがあるやつで言うと本橋も参加するようだ。
「新城にしては意外ね。」
春沢は俺の隣の席に腰掛けて、話しかけてくる。
「そうか?」
「ええ。だって新城って人に話しかけるの苦手でしょ?」
「そう言うことか。」
借り物競走は、人からお題のものを借りてくると言うのが種目としての醍醐味だ。
俺はあまり交友関係が広いとは間違っても言えないので、春沢の指摘は最もだろう。
「まあ、そんなに無理難題が出ないことを祈るよ。」
「そこは普段の行い次第ね。」
運次第と言わないのは、俺の素行に問題があると揶揄しているのだろうか。
「まあ困ったら春沢を頼ることになるかもな。」
「ええ、もちろん。友人なのだから力になるわ。」
「力強いな…頼りにさせてもらうよ、春沢。」
最近春沢とはクラスでもよく話すようになった気がする。
玲奈が生徒会関係でクラスから離れることが多くなったので、比較的1人でいることも多かったのだが最近は春沢が話しかけてくれるためそんなに暇しないで過ごすことができている。
「そういえば春沢は何の種目にするんだ?」
「私は、玉入れね。生憎運動神経は良く無い方だから。」
「そうか…無難だな。」
「第一希望が通って良かったわ。」
春沢はあまり運動が得意ではない。
そう言う生徒のために、そこまで大変じゃ無い種目が入っているのは学校としての優しさか。
それとも単に種目の数合わせとして選んだだけか。
「あとは…」
「リレーだけみたいね。」
俺たちが話している間に、話は進んでいたようだ。
ほとんどの種目は参加者が決定していて、最後のリレーだけが希望者を募っているらしい。
リレーは男女6人が走ることになるものだが…その割合はクラスによって自由。
男子を多く入れても、女子を多く入れてもいいわけだ。
「勝ちを狙いに行くのなら男子多めかしら。」
「まあ、単純な足の速さならそうなるだろうな。」
リレーに関していえば、バトンパスとかがあるためにただ足が早ければ全員の総合タイムが速くなるとも言い切れない。
「男子達の立候補が少ないわね。」
「ああ、特にアンカーはやりたくないんだろう。」
男子は拓哉も含め、3人が立候補しているが誰もアンカーをやりたく無いらしい。
その気持ちはわからないでも無いな…なぜならアンカーになれば
「遼が出てくるのは確実でしょうからね。」
「あ、あぁ。そうだな。」
春沢から滝谷の名前が出てくると、俺はまだ少し緊張してしまう。
気にしないと思っても、俺が気にしても仕方のないことなのはわかっているが。
「誰だって、負けたくはないよな。」
恥かいてまでリレーに参加したい奴はいない。
アンカーまでに圧倒的な差をつけていれば、まだそうなる可能性が引くだろうが…B組には運動部も多い。
頑張っても僅差でバトンが渡されることは容易に想像できた。
「そんなに速いのかしら。」
「滝谷は速いらしいな…俺は直接見たわけじゃ無いけど、陸上部より余裕で速かったって話は聞いたことがある。」
「そう…それは大変ね。」
「だからこそ話が難航しているんだろうな。」
もはや、勝ち負けの話じゃ無い。
男子のプライドの話だ…滝谷と一緒に走れば嫌でも直接比べられることになる…だけならまだしも、もし勝ててしまった場合でも面白く無い展開になるのはわかっている。
「遼が後輩からも人気だったのは驚いたわ。」
「あいつなら何となくそうなるような気がするけどな。」
イケメンで優しくて、頭が良くて、運動もできる。
その上、今は彼女もいない…万能超人。
ちょっと前までの玲奈と同じくらいの人気を滝谷は受けている。
男子と女子の違いはあるだろうけど。
「そんな奴にもし勝ってしまったら…嫌われるかもとは考えるだろうな。」
自分は必死に走って、自分のクラスに貢献したとしても…相手が悪すぎる。
もしかしたらうちのクラスにもそいつを責める奴がいるかもしれない。
「頑張ったのに報われないのね。」
「それは仕方ないだろうな…それだけ滝谷がすごい奴だってことだから。」
その状態でアンカーをやれってのは気の毒な話だ。
玲奈もやりたくない空気は察しているだろうから、考え込むようにしているが具体的な改善案はきっと出ないだろう。
「そもそも、遼がアンカーと言うのはわからないでしょ?何でそれが確定のように話が進んでいるのかしら。」
今日が選手決めだと言うのはB組も同じだ。
日は偶然に被っただけだが、高嶺も今頃話しているだろう。
「滝谷がどうやら明言したらしいな。アンカーに立候補するって。」
「何でそんなことを?」
「いろんな奴に聞かれたんだろ。答えてしまったことで複雑な話になってしまったが。」
「まあ遼の気持ちもわからないではないわね。」
「ああ、そうだな。」
何度も同じことを聞かれては滝谷としてもはぐらかすのは難しいだろう。
そして、クラスのために最善を尽くすとあいつは言うだろうから…そうなるとリレーのアンカーを務めると言う流れは不思議じゃない。
B組としても学年優勝のために滝谷の力には頼っておきたいはずだしな。
結局、その日にリレーのメンバーが確定することはなかった。
男子3人、女子が玲奈と本橋が参加すると言うことで5人が決定した。
あと1人と誰がアンカーをするかって言うのは明日へ持ち越しとなった。
玲奈はそのまま生徒会に向かったため、俺は1人で放課後の廊下を歩く。
そこで見知った顔を見つけたが…わざわざ話しかけるのもどうかと思い、横を通り抜けようとしたが
「奏多後輩、無視とは酷いじゃないか。」
「俺のこと覚えてたんですね。」
「もちろんだ。君のことは記憶に強く刻まれているよ。」
白崎雅…生徒会長にして、開校以来の天才と呼ばれるほどの人物。
「君は、もうこれから帰るところかな?」
「ええ、部活には入ってないので。雅先輩は生徒会ですか?」
「ああ、そうなのだが。体育祭関連で教師と相談事があってね、少し遅刻というわけだ。」
「それは、お疲れ様です。」
生徒会長としての責務を完璧にこなしながら、自身も成績を全く落とさない。
簡単なことのはずがない。
教師の信頼が厚いのも頷ける。
「そうだ…良ければ、1つ遊びに付き合ってくれないか?」
何かを思いついたように話す雅先輩。
「遊びって…このあと生徒会なんですよね?」
「すぐに終わるさ。」
「ならまあ…。」
この人と話すとこちらのペースが崩される気がする。
それだけ彼女が話の主導権を握るのが得意なのかもしれない。
「もし私が体育祭で君を驚かすことができたら、私の言うことを1つ聞いてもらいたい。」
「驚かすって具体的にどう言う…。」
ドッキリでも仕掛けられるのだろうか、そんなのは勘弁願いたい。
「心配せずとも、そう言う類ではないよ。」
「でも、それって…俺が驚いていないっていえばそれまでじゃ。」
「確かにそうかもしれないが、その心配はないかな。奏多後輩はそう言うことには素直なタイプだと思っている。」
「まあ、嘘をつく気はないですけど…。」
「なら交渉成立だな。楽しみにしているよ。」
「はぁ…。俺も楽しみにはしておきます。」
どう言うことが起こるのかわからない以上、何を楽しみにまてばいいのかわからないけど体育祭が始まればきっとわかると言うことだろう。
「君は話が早くて助かるよ。もちろん、君が驚かなかったら私に何でも頼んでくれ。私のできうる限り全力で応えることを約束するよ。」
「ありがとうございます。」
雅先輩に頼み事か…まあ、そのうち考えればいいか。
いや、1つ既に思いついているものがあるが…必要になるかは微妙なところだ。
「じゃあ、これで失礼するよ。体育祭をぜひ楽しんでくれ。それが生徒会長としてこの上なく嬉しいことだからね。」
「はい、そうさせてもらいます。」
そうして雅先輩はその場を立ち去った。
あの人は距離の詰めかたが特殊すぎて、2回目とは思えないほど心地よく会話してしまった。
天才の考えることはわからないな…と俺は改めて思い、体育祭が本当に楽しいものであるといいなと願うのだった。




