春沢優の変化
「新城のことを知っている?ーーーあなたが?」
正直信用ならないのが、本音だ。
そんなふざけた仮面をつけている人に、新城のことを知っていると言われても…と普段なら思ったかもしれない。
「うん、それはもちろん保証するよ。」
でも、今日ばかりは…私の心が大きく疲弊してしまっただけに彼女の言葉が響く。
「私は、誰よりも奏多くんのことを近くで見てきたからね。君が知らないことでも教えてあげられる。」
「なら、顔を見せたらどうなのかしら?信じようにもあなたが誰なのかわからないと信用性もないわ。」
「う〜ん、それは困るなー。」
彼女は少し悩むように首を左右に揺らしながら
「顔を見せるのは奏多くんが悲しむことになるだろうから、君にはヒントをあげるよ。」
「ヒント?」
「うん、誰にも言っちゃダメだよ?」
彼女は人差し指を立てて、シーっと言って
「私は、新城奏多の婚約者なの。」
と小さな声で私に言った。
「婚約者…?」
「うん、内緒だよ。」
ふふっと笑って、彼女は少し私から離れた。
「でも、今新城は玲奈と付き合ってるのよ。あなたが婚約者だとするなら、新城がそんなことするはずがない。」
新城は律儀だし、誠実な人だと思う。
彼が、婚約者がいる身でありながら、他に恋人を作るとは思えない。
「あ〜、蘭堂玲奈ちゃんのことね。まあ、今は貸してあげてるって感じなの。」
「貸すって…新城を?」
「うん、その方が今は奏多くんが楽しそうだからね。」
「あなた…何を言ってーー」
私が彼女に対して、不信感を得たところで
「まあまあ、いいじゃない。君と同じ彼に恋する1人の女の子ってことで覚えてくれれば。」
彼女が新城に恋をしている…君と同じ?
私が新城に…
「おかしなことを言うわね。私はあなたは知らないかもしれないけど、彼氏がいるの。ーーー新城のことは良いお友達だと思っているわ。」
「え、まだ惚けてるんだ!ん〜、思ったより滝谷くんもやるなぁ。」
惚けてるって…さっきからこの子は一体何を言っているのか私には理解できない。
いや、言葉自体の意味は理解できる。
彼女は私が新城のことを好きだとどうやら勘違いしていると言うこと。
「これは思ったより強く暗示を掛けたみたいだね…。さすが優等生と言うべきかな。」
「あなたさっきから意味のわからないことばかり言って…何が楽しいの?」
私は少し怒り気味に彼女に詰め寄った。
新城のことを好きと思うのは彼女の勝手だから否定はしない…婚約者というのも真偽はともかく今は置いておこう。
けど、私に対して一方的に勘違いをしてきたり、遼のことをどうこう言うのは流石に我慢できない。
「ありゃりゃ。これじゃ私が嫌われちゃうな〜。折角ここまで来てあげたのに。ーーーー君の勘違いは解いておかないとね〜。ーーーじゃあ、まず1つ。」
彼女は人差し指をを伸ばして言葉を続ける。
「君はなんで滝谷くんのことを好きになったの?」
「それは、…私が落ち込んでいた時側にいて立ち直らせてくれたからよ。彼には本当に感謝しているの。好きになったっておかしくはないでしょ。」
「うん、確かにおかしくはないね。ーーーけど、今まで男子なんかに興味をまるで抱かなかった君が好きだと思うほどの出来事かな?何か、直前にあったりしなかったかな?」
「そんなこと…」
直前…遼と初めて会ったのは、彼が私の絵をパンフレットで見つけて話しかけてきたからだ。
絵のことを褒めてくれたのと同時に、調子が悪い当時の絵を見抜いてきた。
その前…そうだ、あの時私は、新城に謝りに行こうと思ったんだ。
やっぱり新城と仲良くしたくて、彼女にはなれなくても友達でいたいと思ったから。
「思い当たるところはあるみたいだね。2つ目ーーー君、その時滝谷くんに何か言われたんじゃないかな?例えば俺が君の悩みを消してあげるとか。」
「それは言われたけど…。」
確かに遼は私を慰めるためにそう言ってくれた。
でも、それは彼の良心でそう言葉を掛けてくれたはずだ。
「勘違いだよ、それは。彼は打算で動いている。ーーー良心で動くとするなら、君が奏多くんと仲直りするのを応援してくれるはずじゃないかな?」
「その時、遼は新城のことを知らなかった…だから、そうなるのは当然よ。」
「そうだとしても、彼は君の悩みを解決するのではなく『消す』という方向に持っていったわけだ。」
「…」
結果的にはそうだけど、それはあの時の私が耐えきれなかっただろうからそうしてくれたと思っていた。
「3つ目、君は滝谷くんのことを好きだと言うけれど、滝谷くんから好きだと一回でも聞いたことがあるのかい?」
「そんなの当たり前…じゃ…。」
一度でも遼から私は好きだと言われただろうか…私も思えばほとんど言っていない。
「付き合っているにしては明らかに淡白だと思うけどな〜。きっと奏多くんと玲奈ちゃんは毎日イチャイチャしているよ。」
「でも…それは人それぞれで…。私たちは私たちなりに…。」
「うん、そう言う清いお付き合いをしているって言うんだよね?ーーーーーでも、それは心が相手に向いているのならの話だよ。」
「ーーーそ、それは…違うわ…。」
私の言葉は次第に小さくなっていく。
最初は彼女の言葉を否定するつもりだったのに…彼女の言っていることがその通りにすら思えてきた。
遼はなんで私と付き合おうと思ったのだろう、一般的な男子生徒に比べたら淡白なのは間違いない。
「彼の目的はわからないけどね…でも、これは断言できるよ。滝谷くんは君のことを別に好きでもなんでもない。」
彼女の言葉が深く胸の奥の方に刺さっていく。
私の心を霞ませていた霧を取り除くように。
「そして、君も滝谷くんのことを別に好きじゃない。感謝しているのは本当だろうけどさ。彼は君を勘違いさせて、どうやら認識を誤魔化したようだ。」
「そんな意味のないことをどうして…。」
「そんなのは私にはわからないけど、彼に君と付き合う何かしらのメリットがあったのだろうね。」
「そんな…」
私は膝から崩れ落ちてしまった…心の霧が晴れていくと同時に私の遼への気持ちが薄まっていく気がする。
そして、私の心の奥から…強い感情が思い出されていく…。
「私は…新城が好き…だった…のね。」
当時はそれが恋なんて分からなかった。
でも、彼が私ではなく玲奈のことを想って私に告白したことに気づいたから…私はそれがどうしても胸に引っかかって断った。
でも、この1年間好きだってことに気付きもしなかった。
それはきっと遼がそれに気づかないように隠してくれたから…。
「そうだよ、君は奏多くんのことが好きなんだ。どうしようもないくらいにね。」
崩れ落ちて涙まで流してしまった私に、彼女も膝を曲げて正面から顔を見る。
「君は奏多くんのことを友人としては見ていない。」
彼女の言葉は止まらない…私の奥から出てくる想いをそのまま言葉にするように。
「1人の男の子として奏多くんのことを好いてしまったんだよ。」
「そう…ね。」
私は弱々しく、それを認めることしかできなかった。
遼が私をどう言う思いで利用していたのかは…今はどうでもいい。
私だって彼に助けられた部分が大きいから。
けど、今の私はもう…彼のことを好きではないと気づいてしまった。
「ふーっ。やっと私のお話ができそうだね。」
彼女は立ち上がると、肩を少し回しながら
「聞いてくれるかな、私の話を。」
そう尋ねてくる。
しかし、これは質問というわけではないだろう。
「ええ、…聞かせて頂戴。私に新城のことを。」
新城のことが知りたい…私は…好きな人のことが知りたい。
「ごめんなさい。少し考え込んでしまって。」
私は目の前にいる、新城と玲奈に謝罪をする。
「いや、大丈夫だ。別れたばかりなんだろうし、…無理しなくても。」
新城は私の気持ちを考えて、無理に話をする必要はないと言ってくれる。
「ううん、大丈夫よ。えっと、そうだったわね。修学旅行の後玲奈に遼のことで相談したところまで話したわよね。」
「うん、そこまで。」
玲奈は私の質問に答えてくれる。
私は今までの過去の話を仮面の少女と話したこと以外…話した。
彼女のことは話せない…例え、新城や玲奈であっても。
「私が遼と別れようと思ったのは…彼が私のことを好きではないと気づいてしまったから。自分に自信が持てないってことは新城にも話したと思うけど…それは、遼にそう伝えるべきかどうか迷っていたからよ。」
「そうだったのか…。」
「でも、新城は私の友人でいてくれるって言ってくれたわよね。それで勇気が持てたの。」
「そうか…でも。」
それで良かったのか…きっとそういうつもりなのだろう。
彼は律儀で責任感が強いから、私がそのような選択を取って後悔をしていないか気にしているんだろう。
「大丈夫…遼に確認したら、彼もそれでいいと言ってくれたから。」
新城は浮かない顔をしている。
まあ、それはそうだろう。
彼は私が仮面の少女と話したことを知らない。
だからこそ、私が遼のことを考え直したのを意外だと思うのは不思議ではない。
そして、私は…玲奈でも知らない新城の秘密を彼女から聞いた。
それは私にとって新城をより好きになることに直結するものでもあった。
そうなった時、私には遼のことは既に頭から離れていたのだろう。
「優が滝谷くんの気持ちに気づいたのはわかったけど、優も彼のことを好きではなかったってこと?」
玲奈は私の微妙な変化に気付いているのかもしれない…でも、私だって馬鹿じゃない。
「どうなのかしらね…けれど、好きと思われていない相手を思うのは大変だと思わないかしら?」
私は玲奈に投げかける。
少し前まで玲奈は完璧な少女だと思っていた。
何があっても、玲奈は動じず…パーフェクトにこなせる超人なのだと。
でも、そうじゃない。
玲奈だって普通の女の子…特に恋愛というものに関していえば、誰よりも弱いから依存してしまう。
「そうね…それは確かにそうかもしれないね。私にはそんな経験がないから分からないけど。」
玲奈も私のことを敵だと思ったようだ…やっぱり鋭いわね玲奈は。
「でも、俺たちだけになんでそんな話を。」
新城はそれをなぜ玲奈と自分に話したのかが疑問だったらしい。
「2人には勘違いして欲しくなかったから。私と遼は喧嘩別れとかじゃなくて、お互いに相談して結果別れるという選択をしたってことを知って欲しかったのよ。」
「ーーーわかった、俺は滝谷も春沢も友人だから…もちろん2人のことはこれからも友達だよ。」
「ありがとう。『本当の友人』なんだものね?」
「あ、あぁ…その通りだ。」
夏に交わした約束…色々手間は掛かったけど、新城と新たに強い絆を繋げたのは、良い結果だった。
「私も、優のことは友達だからもちろん信じるよ。」
「ありがとう、玲奈。」
玲奈は私のことを真っ直ぐ見つめる。
その瞳は以前のように、ただの友人へのものではない。
自分の領域を侵そうとする侵入者に対しての警告を告げる瞳。
「これからも私達と仲良くしてね。」
「ええ、もちろんそうさせてもらうわ。玲奈とはずっと友人でいたいもの。」
今日、この日を持って私と玲奈は表面上の友人となり…新城から見た私は、恋人のいない女友達ということになった。
これで、まず第一段階は終わり…もし仮面の少女の話が本当だとするなら、新城のことを玲奈には任せられない。
私が、新城のことを守らなくてはいけないんだ。
私のために…そして新城のために。




