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素直になれない俺と彼女たち  作者: re:まったり
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春沢優の過去1

私は内向的な性格だった。

過去形で示したのは今はそうではないと個人的には周りにそう見せられていると思っているから。

私には幼い頃から絵画の才能があったらしい。

両親によれば、私は昔からどんな遊びをするよりも絵を描くことに熱中していたとか。

中学の頃には正式に美術部に所属して活動をしていた。


私にとって合っていた点としては、周りを気にしなくていいこと。

団体行動とか…人に合わせるということが苦手だった私にとって絵に集中している時だけが、純粋に楽しい時間だった。

何度か男子生徒から告白をされたものの、私には絵を描くこと以上の楽しいことだとは思えず…断ることにした。


別にその男子生徒に何か非があったわけではない。

クラスで話したことのある人、委員会が同じだった人、美術部の先輩とか…覚えている限りでも、その人たちは良い人なんだろうなと思った。


それで特に悩んでいたわけでもなく、絵に熱中できていた私だったが…中学の終わりの頃に美術部の友人に言われたある言葉に私の心は揺さぶられた。


「春沢って誰とも付き合わないの?」


「そんなに楽しいことなの?それって。」


「私は楽しいよ。男ってこんなアホなことも考えてるんだって思うこともあるし、何より素の自分を出せる相手っていいじゃない。」


「素の自分か…なら私には問題ないわね。いつもが素の自分だから。」


私は自分を偽ったことはない。

というより偽るほど、誰かのことを考えたこともない。

絵を描ければそれで良かったし、他の人のために何かをしようと思ったこともあまりない。


「全く、春沢は…相手は選り取り見取りなのにもったいない。」


「いいじゃないの。しっかり断っているんだから、私には恋愛なんていらないわ。」


本当にそう思っていた。

だって、私はそう生きてきたから。

友達が彼氏彼女を作っても、そこまで気にならなかった。


「だったら、春沢が交際相手に選ぶような人はきっと…」


「きっと?」


彼女の答えを私は今でも明確に覚えている。

それは、それだけ彼女の言葉が今の自分にも繋がることだったから。


「春沢のことを女性として興味のない人なのかもね。」


「何それ?」


「なんでもないよ。」


そう言って話は終わった。

私がこの時彼女の言葉を理解していたら…こじれることもなかったのかなとも思う。






高校に入学したら、私は真っ先に美術部に入部した。

学校を選んだ理由も美術部の設備が良いということを知ったからだ。

生憎同郷の友人はいなかったけれど、楽しくやっていけるような気がした。


実際に入部すると、先輩たちもとてもいい人たちだったし…さらに言えば男子部員もいなかったので、男子生徒との関わりがなくなっていけば私のことを気にする人もいなくなるのではないかと期待もした。

高校に入ってから、男子生徒から声をかけられたことはあったけど、それも何度か断ればなくなっていった。



私が部活に慣れ始めた頃、私の絵を見ている1人の男子生徒が目に入った。

彼は私の絵をじっと見ながら、どこか悲しげな表情をしていた。

私の描いた絵に何かあるのだろうか…男子部員はいないので美術部の生徒ではないだろうけど、入部希望者だろうか。

しかし、私の瞳に写った彼は私の絵を見ているようで見ていないような気がした。

絵をレンズにして、どこか別の場所を見ているような。


「私の絵に何かついてる?」


私は気づけば声を掛けていた。

彼に聞きたい…私の絵を見て何を思ったのか。

相手が男子生徒であることなど、私の頭の中にはなかった。



「これ、君が描いたのか?」


「ええ、そうよ。」


彼は少し考え込みながら、私のことを見て


「そうか…良い絵だな。」


「ありがとう。」


彼はきっとそんなことを思っていない。

いや、そうじゃないか。

良い絵だと思ってくれているのが本当だとしても、だとしたら何故そんな悲しげな顔をしているのか。


中学の頃の友人は偽ることは恥じることではないと言っていた。

それがうまく世の中で生きていくためには必要だと。


彼もそうなのだろうか…私とは違って、誰かのために自分を偽っているのだろうか。


「それで、美術部に何か用かしら?」


「いや、違うんだ。ちょっと絵を見てただけ。」


彼は他の絵を見回してそう言う。


「部活に所属はしていないの?」


「ああ、そのつもりはないんだ。」


「そう。だったらなぜわざわざこんなところに?」


美術部のある文化部用の第3校舎は教室のある第1校舎からそこそこ遠い。

部活に所属する気がない生徒が訪れるとは思えない。


「あ、ごめん。入ったら不味かったか。」


「そんなことはないと思うわよ。」


部室に入ったわけではなく、廊下に飾って合った絵を見ることはなんら悪いことではない。

そもそも外に飾っているのは、見てもらうためなのだし。


「そうか…なら良かった。」


彼は独特な雰囲気があった。

今まで会ってきた人たちとは何か違うような…。

凄みを感じるとかそう言うことではない。

容姿も別段優れているわけではないだろうし、背もそこまで高くはない。

世間一般のモテる男子ではないことはわかる。


だけど、私の直感は彼が私にはない何かを持っていると感じたのだ。

それを知りたいと感じた…なぜそう思ったのかはわからないけれど。


「中で少し私と話さない?時間があればで良いのだけど。」


「え?」


彼は少し考え込むようにして


「じゃあ少しだけお邪魔しようかな。」


そうして、彼を美術室の中に入れることにした。

私の好奇心を満たすために。






話を少ししてわかったことは、彼が新城奏多と言う同学年の他クラスの生徒であること。

美術室の前を通ったのは、バスケ部の友人を尋ねようとして第2校舎と第3校舎を間違えてしまったこと。

そして、美術室の絵を眺めていたのだと…その中でも私の絵を気に入ったと言ってくれたのは純粋に嬉しかった。

誰かに褒められたくて絵を描いているわけではないけれど部員同士の会話だと純粋に褒めると言うよりは意見交換みたいになってしまうので、称賛の言葉を伝えることは少ない。




「何か気になるものがあるの?」


ソワソワしている彼に私は尋ねた。


「ああ、ここの人たちは頑張ってるんだなって。」


彼はそのように答えた。


「そこらの学校よりは文化部に部費を多く出してくれているからかしら。それだけでなく部員のモチベーションも高いけれど。」


学校をアピールする上で、美術部を含む文化部よりも運動部の活動成績の方が人の目を引くだろう。

そのために運動部の方が学校の看板となるのは仕方のないことかもしれない。

しかし、文化部に所属する私としてはしっかりとそこは平等にして欲しかった。

ウチも平等とは言えないけれど、比較的文化部も力を入れているようだったし…美術部は入ってみてわかったが、そこそこレベルの高いものだと感じた。


「いや…まあ、そうかもな。」


彼は少し言葉を濁した。

それだけではない。

あの時、私の絵をみていた時と同じ表情をしていたのだ。

悲しいや懐かしい…そう言った感情が複雑に絡み合ったような瞳。

私はそれがなんなのか知りたい。

この私が人に対してこれだけ興味を持つことがあるなんて自分でもびっくりだ。

男女関係なく、人から距離を取っていた私ではあったが…目の前にいる少年のことが気になって仕方がなかった。

特徴として突出しているものはないだろう…スポーツで優秀な成績を残したとか、容姿が優れているとか…そう言った目に見えた特徴は感じられなかったけど、あの時の表情が頭から離れない。

それが私の好奇心をくすぐって、悶えさせた。





彼とはそこそこ長い時間を共に過ごしたと思う。

美術部の活動が無い日は彼を美術室に招いて、私の絵に対して感想を言ってもらった。

彼が私の絵をどのように思うのか…それが知りたくて、私は詳細に何度も尋ねたと思う。

最初の頃は私の作品に限らず、色々な作品に対しての意見を交わしていたが…次第に私は、自分の絵だけを彼に見せるようになっていた。

それがなんでなのか、自分でもよくわからなかったが…彼が、私の絵を通じて何か別のものを見ようとしてあの時の表情をする度に私の心は酷く揺さぶられて痛みすら感じるようになっていった。

それでも私はやめられなかった…彼が私のことをしっかりみてくれる時が来るかもしれないと淡い期待すら抱いて。


しかし、私は気付いていた…幸せなこの時間はそう長く続くことはないということを。

薄々彼が私に対して抱く感情に気付いてしまった時から、彼のその言葉を聞きたくないと思うようになっていた。

彼がその言葉を口にしてしまったら、いよいよこれからの私たちは今のままではいられなくなるから。

私はビクビクしながらその日が来ないことを願った。





「俺は春沢のことが好きだ。ーーーもし春沢も同じ気持ちなら付き合って欲しい。」


初夏の日が爛々と刺す中、冷房のかかかった部屋で彼はその言葉を口にした。

私は訪れてしまうことを感じていながらも、遂に来てしまったこの時を複雑な心情で迎えたのだった。


「ごめん。新城とは付き合えない。」


私はそう答えた。

そうとしか言えなかった、彼が私のことを見ていないことがわかっていたから。

彼があの表情を向ける相手は私じゃない。

それを受け止められるほど私は恋愛というものに対して、耐性がなかった。

私と新城は同じ日に失恋することになったのだ。


その日は帰ってから、日を跨ぐくらいまで泣いた。

こんなこと今までなかった。

物心がついてから私が涙を流したことなんて数えるくらいしかなかったからか、その時に流した涙は、今までの合計量を遥かに凌いでいただろうと思えるものだった。

幸いにも両親が出かけている時でよかったかもしれない、何も考えず自分の感情を消化することだけに集中できたから。





「今日も来ないか…。」


私は今日も部室で1人で座っていた。

絵を描くでもなく、ただボーッとして。

それは、以前は特に苦になるようなものではなかった。

1人でいることには慣れていたし、絵を描くために1人で集中するのは当たり前のことだったから。

しかし、最近では何もやる気が起きない。

原因ははっきりしているけれど、それをどうにかすることは私にはできない。


「もう一度くらい話をさせてくれたっていいじゃない。」


私に非があるのはもちろんわかっている。

彼がここに来なくなったのは私があそこで期待に応えられなかったから。

けれど、それでも私は彼ともう一度話したい。

友達としてこれからも過ごしたいと。

少し前みたいになんの気兼ねもなく、話していたいって。


「私にはそんなことできないわよね…。」


男子とまともに話したのなんて新城が初めてだ。

私が幼い頃からもっと他の人と交流を深めていたら、こんな時どうすればいいのか…躊躇いもなく実行することができただろうか。


私は今日も何もできないまま1日を過ごすことになった…。




それからの私に変化を変えたことは大きく分けて2つある。

1つは…私の絵が全国の大会に出展されることが決まったこと。

そしてもう1つは新しい人間関係の構築にあった。


そう、彼の名前は…


「君が、春沢さんか…。うん、俺の思った通りの人だ。」


滝谷遼…夏休みのある日話しかけられたことだ。


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