お話し合いと花火大会
夏休みもいよいよ最終日。
こんな日に花火大会が被るのはある意味偶然というべきか。
何とか夏休みの課題を終わらせ、俺らは夏の夜に繰り出すことにしたのだった。
「出店もたくさんあるね。懐かしいな〜。」
隣には青い浴衣を着る彼女は普段とは違い、儚げな印象を強く受けてとても美しい。
髪も纏めているせいか、うなじが見え隠れして俺はドキッとさせられてしまう。
そんな俺の内心を知ってか知らずか、玲奈はいつもよりスキンシップが多いように見える。
玲奈の内心はわからないが、俺は本来であれば花火大会に向かう前に…先日の件について話しておきたかったのに、タイミングを逃してしまった。
そんなの言い訳に過ぎないとわかってはいるものの、中々に話を切り出すのが難しいのが現状だ。
花火大会は俺たちが昔一緒に行った時と雰囲気に違いがなく、当時を思い出させる。
「変わってないな…。」
出店や、提灯なんてのはもちろん、会場から感じる匂いなどの情報も全てが懐かしく思えてくるものだ。
「ねえ、奏多。あれ食べてもいい?」
玲奈は、りんご飴を売っている屋台を指差していた。
「ああ、買おうか。」
玲奈は昔からりんご飴を食べていた。
こういう場でしか食べられない特別感のようなものが大きいのかもしれない。
「おー、べっぴんの嬢ちゃんだな。りんご飴食べるかい?」
屋台でりんご飴を売るおっちゃんは、玲奈に向かって話しかけてきた。
「りんご飴2つください。」
玲奈はおっちゃんに向かってりんご飴を購入する旨を伝える。
おっちゃんは俺の方を一眼見て
「お、兄ちゃんは彼氏か?こりゃ随分とべっぴんさんを彼女にできたもんだな〜。」
ちょっとバカにした言い方で言われたので少しムッとしたが、それを表には出さず
「どうも。」
と返事することは俺にとって対して苦労はなかった。
玲奈のことをよく言ってくれているのは嬉しいが、俺が玲奈に釣り合っていないと揶揄してくるのはどうなんだろうか。
何も知らない人から見れば玲奈がとても美人な女性であることは十分理解しているが、俺がそこら辺にいる普通の男なのでそう思われてしまうのは仕方ないのだが。
そう思っていると玲奈が
「自慢の彼氏です。誰よりも素敵なんです。」
笑顔でおっちゃんに断言する彼女の姿に俺は見惚れてしまったし、おっちゃんも何も言えなくなっていた。
「ありがとう。お金払ってもらって。」
俺と玲奈は花火をよく見ることができるスポットに着いた、森を少し抜けて小高い丘のあるところ。
これは俺たちが幼少期に見つけたもので、よく2人できていた。
距離的には離れてしまうが、人が他に来ないので花火を十分に満喫できるのだ。
最後に来てから3年は経っているのに、ここに来るまで俺たちは一度も迷わすにくることができた。
「いや…それくらい彼氏だからな。」
玲奈は割り勘にしようと言ってくれたが、流石に俺が纏めて支払うことにした。
「でも、ありがとう。」
「どういたしまして。」
俺と玲奈は暫くその後お互い言葉を発さなかった。
それは気まずいからと言うより、それが心地よく感じたのだった。
隣に最も大切な人がいる…その感覚が俺にとってはとてもありがたいことだったし、玲奈もそう想ってくれたなら嬉しいと思っていた。
俺は、十分ほどそうして過ごした後
「玲奈、俺はやっぱり転校はできないよ。」
そう一言話した。
「そっか。ーーー理由を聞いてもいいかな?」
玲奈は、肯定も否定もせず、俺の言葉の続きを待つ。
「俺は…今、すごい充実していると思う。自分で言うのも何だけど、心からそう思ってるんだ。」
俺を身近で支えてくれた玲奈、愛理、健人、両親。
学校で仲良くしてくれる友人である高嶺や春沢、滝谷、拓哉、海星、澪。
そうした人々が俺の考えを少しずつ変えてくれた。
「中学で俺は確かに間違えたと思う。玲奈と釣り合っているって、みんなに認めてもらいたいってそう思っていた。だから部活も勉強もがんばったし、できるだけ多くの人と仲良くしたかった。」
俺にとっての間違いは…きっとがんばったことじゃない。
当時はがんばったから…無駄なことをしたから余計に周囲の反感を買って、その上どうやったって玲奈みたいに輝くことはできないのだと思ってしまった。
そうして、俺は折れてしまった。
「でも、今となってはそう言う経験をしたからこそ、今があると思えてる。もちろん、過去のことを全て受け入れられるわけじゃない。今でも俺の無力さには情けないと思うことばかりだし、それで玲奈に迷惑を今後も掛けることがあるかもしれない。」
今までの否定をすることで、これからの俺が前を向いて歩けるのならそれでもいいかもしれない。
そう言う生き方だって、その人にとっての正解だと思うから。
けど、今の俺は少なくとも当時を否定したくないし今の生活に満足している。
「転校することで確かに玲奈が言う通り、今より安全には過ごせるかもしれない。でも、俺はそれじゃあ満足できない。ーーーだから、転校はできない。」
今より安全に過ごせたとしても、今の人間関係を崩すことより俺は楽しく生きられる自信はない。
玲奈が俺のことを思って言ってくれていることを考慮したとしても。
俺の言葉を受けた玲奈の返事は、シンプルなものだった。
「それは奏多に必要なことかな?」
玲奈の表情は何1つ変わっていない。
俺が話を始める前から…いや、下手したらそれ以上に何も感じない。
「必要って?」
「私は、奏多だけいればいいよ。他の人なんかいらない。」
「玲奈…。」
「私にとっては奏多が何よりも大事なの。奏多と安全に幸せに生きていけるなら、他には誰もいらない。」
玲奈の言葉は俺の想像以上の重みがあった。
それは、やはり今まで見たことのない玲奈の姿。
あの時、感じた違和感は玲奈の思想を俺が見誤っていたのが原因だと改めて認識できた。
俺にとっての玲奈と玲奈にとっての俺…どちらに傾き過ぎてもアンバランスになってしまう。
「奏多は今の人間関係を崩したくないって言ってたけど、大谷くんや優たちと今までみたいに仲良くしたいってことかな?」
「ああ、それは…そうだよ。」
「だったら、転校したってできるじゃない?今までみたいに遊べばいいし、私がセッティングしてもいいよ。」
「そんな…。」
確かに、転校したって関係がすぐになくなるわけじゃない。
遊ぼうと思えば、不可能ではないのはその通りだ。
「学校で会う必要はないよね?ーーー私は後悔してるんだ。どうしてもっと早くこうしなかったんだろうって。奏多が傷つくのはいつも学校が原因だった。私と奏多の関係を疎ましく思う人たちがすぐに邪魔をしてくる。」
玲奈はとても因縁深く、悲しむように言う。
「私は、もうこれ以上邪魔して欲しくない。折角結ばれたのに、人間関係を複雑にしたくないの。」
玲奈は遂に涙を流してしまった。
俺はそうさせないと、何度誓ったのだろうか。
いつも俺は約束を破ってしまう。
手を伸ばそうと思ったが、俺は体が動かなかった。
「ねえ、奏多は私のこと好き?」
「ああ、もちろん。」
「私も奏多のこと大好き。誰にも負けないし、奏多が思っている以上にその気持ちは強いと思う。」
「そう…だな。俺も驚いてるよ。」
好きになったのは俺が先だと思った。
幼い頃に感じた、ずっと一緒にいたいなと思っていた頃からそれは恋心だと。
でも、それはモヤッとしたものであることには変わりない。
はっきりしない具体的ではないもの。
けれど、玲奈はそうではなかった。
俺のことをどうすれば守ることができるのか…恋人になり、下手したらその先まで考えていてくれていたのだろう。
俺が傷つくことにも俺以上に悲しみを感じていてくれたし、それは俺が思っている以上のものだった。
「だから、私は…奏多に傷ついて欲しくない。できれば私がずっと守れるくらい近くにいたいし、奏多を傷つけるかもしれない他人とは知り合いにもなって欲しくない。」
今の俺に何が言えるのだろうか…玲奈以上に俺は考えていたか?
自分の意見だけ押し通そうとして、玲奈のことを考えていなかったんじゃないか。
俺にとって、本当に大切なことは何だ…。
「玲奈…俺やっぱりーーー」
玲奈の言う通りだと思うよって言おうとした時
パンっと大きな炸裂音が聞こえた。
そちらの方を見ると、夜空に咲く大きな花。
色とりどりの火が空に大きな輝きをもたらす。
俺も玲奈もそちらに目を奪われてしまった。
次々と花火は空に放たれ、俺たちは会話をすることなくそれを見続けた。
俺は花火を見ているうちに頭が冷静になっていった。
愛理に言われたこと…本橋と話して思ったこと。
最後の花火が打ち終わった後
「俺は、それでもやっぱり転校はしたくない。」
「そっか。」
「玲奈の言うことを聞きたくないとかそう言うことじゃない。玲奈の言うことも1つの正解だと思うし、俺だって実際そうなのかもしれないって思った。」
「…。」
「でも、それだけじゃダメだよ。玲奈が俺を大切にしてくれるように、俺も玲奈を大切にしたい。玲奈は俺以外のことはどうでもいいって言ったけど、そんなことはないはずだよ。玲奈にも大切な人がいる。自分自身でも気付いていないだけで。」
「そんな人…」
「いるよ。ーーーもし、いないとしても作るべきだよ。俺が玲奈を大切にしたいって思うのは俺自身が玲奈に俺のこと関係なく実力を発揮できる場が必要だと思ったから。」
この前のバスケの試合でも思った…やっぱり玲奈は実力を抑えている。
それは俺が原因かもしれないけど、きっと玲奈自身も力を出すことを恐れているのかもしれない。
他の人にどう思われるか…それを気にしない人なんていやしない。
だから俺だけだったとしても、それを応援すべきだと思う。
その時には俺だけじゃなくて、きっと春沢や本橋のように玲奈のことを本当に友人だと思ってくれるような人が必要なんだ。
「奏多はそうして欲しいの?」
「そうだな。俺には誰より、玲奈に玲奈らしくあって欲しいって思うよ。」
「そうなんだ…。」
俺の出した答えが正解なんて言わない、寧ろ玲奈の答えに比べれば稚拙で欠陥だらけのものなのかもしれない。
でも、それを今は信じたい。
俺のことを信じてくれたみんなのように。
「もっとわがまま言うかもよ?」
「ああ、もっと言ってくれていいくらいだ。」
「女の子と話してたら嫉妬して怒るかも。」
「その時は、それ以上に玲奈のことを好きだって言うよ。」
「完璧にはできないかも。」
「誰だって、完璧にはできないよ。」
「学校でもイチャイチャしてもいい?」
「恥ずかしくないならな。」
「ぎゅーもするかも。」
「程々にな。」
「大好き。」
「俺もだよ。」
俺は玲奈の言葉に1つ1つ答えていく。
話せば何でも伝わるってわけじゃないと思う。
それでも食い違いは起きるし、俺は答えを先延ばしにしただけかもしれない。
けど、話せばお互いの気持ちは少なからず相手に届く。
うまく言葉にできなくたって、はっきりしない気持ちだったとしても。
「ん…。」
「あっ…ん。」
俺と玲奈は口づけを交わした。
これからの誓いと今までの感謝を込めて。
俺たちと同じようにこの花火大会に訪れていた人はいた、それは身近な人で。
「遼、メールでも伝えた通り。いいよね?」
「ああ、問題ないよ。」
春沢優と滝谷遼。
2人は花火大会の楽しげな雰囲気とは正反対の雰囲気を放っていた。
「私たち…別れよう。」
「そうしよう、春沢さん。」
「さようなら、滝谷。」
俺たちがそれを知るのは新学期になってからのことだった。




