もしもと現実
私は考えていた。
どうすれば奏多を守れるのだろうと。
生徒会長は私に対して、守るべきものを見誤るなと言った。
そう考えると私は、世間体を気にしてばかりだったのかもしれない。
奏多は何度も傷つけられた…子供の頃は私の母の不用意な一言に。
中学の頃は私のことを好いていた、くだらないなんの魅力も感じない男たちの暴力に。
高校に入ってからだって、新城寧々とか言うストーカーに。
それらの出来事は奏多を酷く傷つけた。
そして、私のことを純粋な幼なじみの女の子として見てくれなくなるには十分な事であった。
彼は私のことを雲の上の存在か何かと勘違いするようになってしまった。
新城寧々が私と奏多を付き合うように仕向けたと言ったが、奏多が確かに想いを私に伝えることになったのは彼女の影響が大きい。
そんなものは認められない。
私と奏多は昔から誰よりも、お互いを愛してきたのだ…そんな誰かの影響で付き合うことになるなんて安い感情じゃない。
だから、もう手段は選んでいられない。
私と奏多が永遠に結ばれるためには、他者の介入は絶対に許してはならないのだから。
「玲奈…何の冗談だ?」
俺は玲奈が何を言っているのか、わからなかった。
言葉は頭に入ってきている…けど、理解ができない。
彼女の表情が、口調が…全て玲奈のはずなのに、どこか別人のようで。
「冗談だなんて…言うわけないでしょ?ーーーふふっ、おかしい奏多。」
何で笑っているんだ…わからない。
玲奈の考えが、気持ちが。
「転校ってどう言うことだよ…。相沢たちが俺にバスケをやらせたいのはわかったけど、それと転校って。」
話のつながりが見えない。
いや、見えてはいるけど信じたくない。
「私と奏多が2人の通っている高校に転校するの。そうすれば、奏多は相沢くんたちとバスケをできるじゃない。」
「そんな簡単に転校って。」
できるわけない…そう言おうと思ったが
「できるよ、私なら。ーーー奏多は難しいこと考えなくても良いの。私が全部上手くやるからね。」
「そんな…。」
できないとは言えなかった。
玲奈ならそれでもやってのけるような気がしたから。
俺は玲奈のことを誰より知っている気になっていた。
幼なじみだから…彼女だから。
でも、そんなことだけで人の奥底まで知った気になって、勘違いしていたのは俺だけだった。
付き合っても相手のことを理解できる人はそう多くない。
理解できないことが原因で別れてしまうことなんて多々あるものだ。
けれど、誰よりも長く一緒にいた幼なじみのことをカケラも理解できていなかったのは誰でもない、俺だったんだ。
「やっぱり、不安かな?」
玲奈は俺の表情が優れないと見るや、優しく声を掛けてくる。
「でも、心配いらないよ?私は、いつまでもどんなことがあっても奏多の味方だからね。一緒に転校して、楽しい高校生活を送ろうね。」
玲奈は俺以上に新城寧々に対して、危機感を抱いていたのかもしれない。
そして、この前の俺が怪我を負った事件。
玲奈が溜め込んだ負の感情は抑え切れないほど膨張していて、それはいつ噴火してもおかしくないものだった。
「転校って…玲奈だって友達がいるだろ?そんな簡単に転校ってきめられないだろ。」
「友達か…でも、それって奏多より大切なものじゃないよね。だったらいらないよ。」
「なっ…。」
春沢や本橋…玲奈にとって友人と呼べる人物は俺なんかより遥かに多い。
俺だって拓哉、海星、春沢、高嶺…数は少ないけど、大切な友人がいる。
「でも、奏多がお友達を大切にしているのは知っているから。それが不安なら、私が新しい友達を作ってあげる。そうすれば問題ないでしょ?」
「新しい友達って、そう言うことじゃないだろ!?」
「ごめん、何か怒らせること言っちゃったかな。友達を作るのは私だって協力できると思うし、女の子じゃなくたって私から紹介できると思う。ーーー大丈夫だよ?私がちゃんと、奏多に合う良い友達を選んであげるから。」
「ちが…」
違う、そうじゃない…そう言いたいのに、俺はもう言葉を失っていた。
玲奈の価値観が決定的に俺のものと異なっていた。
それは、今まで一度も経験したことのないことだった…なぜなら俺と玲奈の間には俺たちの絆しか存在しなかったから。
他者は介入することがなかったし、そう言う話をしたこともなかった。
「でも、私が無理に決めちゃうのはきっと良くないよね。だから奏多もちょっと考えて見て?決まったら、またその時に話そうね。」
玲奈の笑顔は誰のものよりも好きないつもの彼女のもので。
それなのに、俺には以前とは見え方が変わってしまったのだった。
それでも変わらない彼女への想いに俺は自分も異常だったのかもしれないし、その感情だけは決して変わることはないと思わされたのであった。
その後、相沢と宮崎とは別れて2人でショッピングモールへ出かけた。
玲奈は何もなかったようにいつも通りで、まるで夢なのではないのかと思わせるほどに。
俺は多分、いつも通りには振る舞えていなかったと思う。
彼女がどんな思いで今まで過ごしてきたのか、俺はいつから玲奈のことを勘違いしていたのか。
「玲奈はそこまで俺のことを考えてくれていたのか…。」
帰ってきてすぐに部屋に戻ってベッドにダイブした俺は頭の中で考えが固まらずにボーッとしていた。
よく考えてみれば、元は相沢や宮崎とのバスケの話だったはずだ…だが、今の俺の頭の中は玲奈のことでいっぱいいっぱいだった。
少なくともバスケのことを考えていられる余裕はなく、彼らには申し訳ないことをしたかもしれない。
「にいに?何で部屋真っ暗なの?ーーー電気つけるよ〜。」
愛理が俺の部屋に入ってきたようだ。
もう日はとっくに暮れている。
そんな中俺がベッドにいれば、普通は寝てると思ってくれるはずなんだけど、うちの妹は突撃するタイプだったのか。
「寝てないじゃん。ーーーお菓子でも食べる?」
愛理は俺のところへ寄って、手に持った煎餅を俺に手渡してくる。
「ああ、ありがとう。」
俺は、何かを口にする気分ではなかったが…朝から何も食べていないので流石にお腹の方は減っていたようだ。
体は正直なものだな。
「にいに、何かあったの?」
俺のことをじーっと見つめながら愛理は俺に心配そうな目をしてくる。
「何でもないよ。」
「嘘つかないで。私はそんなにバカじゃないよ。」
愛理が鋭い視線で今度は睨んでくる。
「わかってるなら、聞いてくるなよ。バカじゃないなら言いたくないって察してくれないもんかね。」
愛理が頭がいいってことは、俺にもわかっている。
俺なんかより遥かに頭が良くて、俺の知る限り誰よりも人見知りなやつ。
だから、そんな愛理が俺にそこまで踏み込んでくるとは思わなかった。
「そんなの知らないもん、私はにいにといつもみたいに遊びたいだけ。にいにがそんな顔してたら遊べないじゃん。」
「自分勝手だな…。」
「お兄ちゃんは妹のわがままを笑って受け入れるものだよ。」
「それは、随分と横暴だな。」
「嬉しいでしょ?」
「最高にな。」
愛理がわがままを言うことなんて覚えるくらいしかない。
妹に頼られて嬉しくない兄貴なんているもんか。
でも、頼っているのは俺の方か…。
「じゃあ、少しだけ話を聞いてくれるか?」
「うん。」
愛理に俺は今日あったことを伝えた。
まあ、具体的な人の名前はぼかしたりしたけど…玲奈が俺の彼女だと知っている愛理には誰のことかわかっているかもしれないけど。
「ーーーってわけだ。悪いな、少し長くなっちゃって。」
愛理の方を見ると考え込んでいた。
手を顎に添えるようにして。
「ふーん、何だ。そんなことか。」
そう呟いた愛理の言葉が俺の耳に聞こえた、とても小さな呟きだったけど…話しているうちに愛理は俺の肩に触れるくらい近くに来ていたみたいだ。
「そんなことってお前な…転校だぞ。」
愛理は俺のそんな情けない声に少しだけ笑って
「だって、悩む必要ないじゃん。にいにの答えは決まってるんでしょ?」
「え?」
「話しているにいに、転校したいって感じ全然しなかったもん。」
「そりゃ…そうだろ。」
何を当たり前のことを言ってるんだと思っていたら
「だったら、悩む必要ないでしょ。玲奈さんに『転校はしません』って言うだけじゃん。」
「…。」
それを簡単に言えたら…苦労してないわ。
って言いたいところだったけど、愛理は言葉を続ける。
「にいには結局、玲奈さんが自分の知らない一面があったって不満気にしてるだけでしょ。」
「お前な…はっきり言い過ぎだろ。」
「玲奈さんに断るのって怖い?」
「怖いと言うか…」
断ることは怖くはない。
玲奈はきっと俺が何を言っても肯定してくれる。
けど、だからこそ俺が間違った道を選んでしまうのが怖い。
もしあの場で転校するって言い切られていたら…俺はそうする方がいいのだろうと最終的には認めていたかもしれない。
なぜなら俺が決めるより玲奈が決める方が絶対に正しいと思っているから。
でも、俺に考える機会を与えてくれたのは玲奈の優しさだろう…俺自身に決める猶予をくれた。
「それを言うことで、悪いことが起きたら…俺は玲奈になんて詫びたらいいんだよ。」
俺のことを俺以上に考えてくれている相手に、そうすることはできないって言って…それが間違いだとしたら取り返しがつかない。
俺は責任を負うのが怖いだけの臆病者だった。
「じゃあ、私も一緒に決めてあげるよ。ーーーーにいには今の学校にいた方がいいよ。ダメだったら一緒に玲奈さんに謝ってあげる。」
「愛理…」
「私にとってのにいにはいつまでもにいにだもん。間違えたってにいにはにいにだよ。玲奈さんもきっとそうなんじゃないかな?ーーーそれともにいには玲奈さんのことを信じられないの?」
「ったく…生意気なこと言いやがって。」
妹に諭されるなんて…恥ずかしい兄貴は他にいないかもな。
「私もずっとにいにの味方でいてあげる。感謝してもいいんだよ。」
「ありがたき幸せ。」
玲奈に自分の意見を言えないなんて言うのは、俺が自分の考えに自信がないだけ。
それは今だって変わらないけど、俺のことを思ってくれる人を信じるくらいのことは自信を持ってやらなきゃ。
玲奈や愛理に失礼だし…それこそ愛想尽かされたっておかしくない。
「なあ、愛理…今からこの前のゲームの続きするか?」
「うん、する!」
俺はたくさんの人に助けられている。
それは…恥ずかしいことじゃない、これから俺が返していくべきものなのだろう。




