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素直になれない俺と彼女たち  作者: re:まったり
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暇な男と多忙な女

夏休みも中頃になってくると、残りの期間を指折り数えることになってくる。

もしかしたら、早く学校が始まって欲しいという珍しい人がいるのかも知れない。


しかし、少なくとも俺は夏休みをできることなら永遠に続けていたい気分だ。

怪我も治ってはいるし、物理的に学校に行けないなんてことは全くない…しかし、何というかみんなが夏休みに入る前から1人だけ夏休みになってしまったこともあって行きづらく感じてしまうのだ。


バスケ部の件で学校に行ったこともあったが、それはあくまで学校という敷地に入っただけで教室という特殊な環境下でクラスメイトと話をしたわけでもない。


ここまで、つらつらと語ってきたものの言いたいことは1つだけである


「学校行きたくねぇ…。」


ソファでだらっとしている俺は休日のくたびれたサラリーマンのような表情でそんなことを口走った。


「にいに…もうニートになる気なの?」


若干引いたような目で見てくるのは朝から勉学に励んでいた我が妹の愛理である。

両親は夏休みなどないかのように働きに出ているため、俺と愛理が家で2人になることが多い。

玲奈も来てくれてはいたものの、今週に入った辺りから生徒会関係で学校に毎日行っているために夕食のみ一緒に食べることになっている。

健人もどうやら部活が忙しいようだ…サッカー部の元エース竹下先輩が起こした事件でサッカー部は今年度の大会出場はできなくなってしまったが、それでも新部長のもと部員一丸となって頑張っているらしい。


「ニートはまだなりたくないな…。」


将来のことなどわからないので、確定はできないができるものならなりたくはない。

なぜかと言えば…


「まあ、にいにがニートになっても、玲奈さんなら養ってくれそうだしね。よかったじゃん、ヒモ生活できて。」


「一瞬、本当にそうなってしまう未来が見えたわ。勘弁してくれ。」


玲奈なら俺がニートになると言い出しても、否定はしなさそうなのが逆に怖い。

実はあの天才少女、ダメ男製造機なのではないだろうか。


「普段から、にいには玲奈さんに頼りすぎなんだよ。そんなんじゃ学校始まっても、何にもひとりじゃできなくなっちゃうよ。」


「うっ。」


図星を突かれ、俺は言葉を失う。

この夏休みに入ってから、玲奈の超人ぶりが家庭面で凄まじい勢いで発揮されているのは確かだ。

朝起こしに来てくれるし、ご飯も作ってくれる、宿題も手伝ってくれるし…気づいたら部屋の掃除まで終わっている。

俺の自活力はほとんど、無くなっているのだ…そのうち何もしなくても玲奈が全てを察してやってくれそうな気がするのが自分でも怖いくらいだ。

最初は俺も申し訳ないと思ってやめてもらうように頼んだりもしたのだが、あまりにも楽しそうに世話をしてくれるし、やめさせようとするとシュンとしてしまうのが辛くて結局俺が折れてしまった。


「にいにのダメ人間。」


愛理が楽しそうに俺のことをいじってくるが…


「愛理だって、玲奈に模試の対策とか手伝ってもらってんだろ。人のこと言えないだろうが。」


「それは全部手伝ってもらってるわけじゃないもん。それにお母さんが玲奈さんに頼んだらいいんじゃないって言ってきたんだもん。にいにが教えられるくらい勉強できないのが悪いんじゃん。」


「無茶いうな、普通の公立高校だぞ…うちは。」


雛元高校と愛理の通う進学校じゃ勉強の難易度が違う…いくら1年の時の内容とは言え定期テストレベルと全国模試のレベルで普段から勉強してるやつじゃ全然解けやしない。

少なくとも身近に愛理に勉強を教えられるほど学力の高い人がいることを幸運だと思うべきか。


「まあ、あんま玲奈に無理言うなよ?」


「言う訳ないし。それに玲奈さんって私の通っている学校でもいないくらいのレベルで頭いいじゃん。私の解いてる問題で答えられない問題なんてないと思うよ?」


「それはそうなんだか…。」


なんと言うか話の論点がずれているような…。

玲奈が凄いのは俺が一番知っていると言うのに、どこか普通の女の子でいて欲しい的な…。


「俺は乙女か!!!」


「どうしたの、にいに!?」


俺の突然の奇声に愛理も驚いてしまったようだ。

まあ実際俺にはそんな難しいことを考えたところで答えなど出ないのだから今は忘れ去るとしよう。


「そういや、どこか出かけるのか?」


俺は外行きの格好をしている愛理に対して尋ねる。

普段の地味な感じの服装とは違って、女子高生のお洒落な格好をしている。

具体的に何がどう凄いのか…俺にははっきりとはわからないのだが、いつもと違うのは確かだ。


「あ、もう行かなきゃ。にいにと話してる場合じゃない。もう、にいにはすぐ私の邪魔するんだから。」


「お前が話しかけてきたんだろうが。」


理不尽な妹様のお言葉に否定をしっかり伝えながら、俺は見送るために玄関までいく。


「日が暮れるまでに帰ってこいよ。危ないかも知れないからな。」


「もう、子供じゃないんだから。大丈夫だって。」


愛理は少し恥ずかしそうにして、靴の爪先をコツコツと地面に突いて履く。


「いつまでたっても、兄は妹が心配なもんなんだよ。」


特に愛理とはここ数年まともなコミュニケーションを取ってこなかったからな…心配になってしまうのも仕方ない?と思う。

それに愛理は結構世間知らずなところがあるし、すぐ人に騙されそうだからな。


「もう…、恥ずかしいこと言い過ぎ!!私は大丈夫だから。ちゃんと健人くんに帰り送ってもらうし。」


「健人なら安心だな。ってあいつは部活ないのか?」


「休みみたい。それで中学の友達で集まって遊ぼうってなったの。」


「そうか…楽しんでこいよ。」


「うん、ありがとう。行ってきます。」


愛理はそう言って扉を開けて出て行った。

遠方に進学した愛理が地元の知り合いに会うことができる僅かな機会だから、兄としても楽しんでもらいたいものだ。

とはいえ、俺にはそう言った集まりが全くないのは俺のせいなのだろうか…一度もお誘いすらないんだけど。








「ミートソースパスタ完成っと。」


俺は一人分の昼食を温め終えて、テーブルに並べる。

玲奈が作り置きしてくれたもので温めるだけで食べられるのでとてもありがたい話だ。

テレビも消しているため、時計の針の音だけが部屋に響く。


「いただきます。」


俺はフォークでバスタを味わって食べているものの、何か足りないような気がしていた。


「あ〜、1人だからか。」


愛理も玲奈もいない…春頃まではそんなに珍しくない光景だったのにここ最近誰かが食卓を共にしていたから、寂しさをとても強く感じてしまう。


「玲奈何してんだろうな…。」


俺は今は学校で生徒会の手伝いに励んでいるであろう、幼なじみ兼彼女を思い浮かべながら彼女の作った絶品パスタを食べるのだった。







(奏多、今頃お昼ご飯食べてるかな…ちゃんと美味しくできてるといいんだけど。)


私、蘭堂玲奈は生徒会の書類整理を手伝いながらそんなことをふと思っていた。

ふと…と言っても奏多のことは普段から考えているし、考えていない時間の方が少ないくらいだ。

それでも今日のように一緒に食べられない時は奏多が私の作った料理を食べている顔を見ることができないのがとても寂しい。

彼は彼が思っている以上に顔に感情が現れる。

美味しいと思っていて、美味しいと言ってくれる時と私のことを思って苦手なものを食べてても美味しいと言ってくれる時の顔は私には全然違うことがわかる。

この前愛理ちゃんに聞いたら、そんなのわからないと言われてしまったけど。

生徒会の業務さえなければ今すぐにでも奏多の元へ向かうのだが、今日の業務の量を見る限りではすぐに終わるとは言えないものだった。


「すまないね。夏休みまで手伝ってもらって。」


そう声をかけてくれたのは学校始まって以来の才女と言われている生徒会長の白崎雅先輩。


「いえ、大丈夫です。部活に所属しているわけではありませんし。」


私は奏多が部活に入らない時点で部活に入る気がなかった。

ではなぜ生徒会に入ろうとしているのか…それは


「会長は1年生の時から生徒会長になったんですよね?」


「ああ、生徒や先生方から推薦してもらったのでね。ありがたい話だよ。」


彼女、生徒会長に興味があったと言うのが大きい。

会長は間違いなく私以上の才能を有している。

そうであると言うのに、その才能への向き合い方は私よりも上手くやりくりしているように私には見えた。


「3年間で他のことをやりたいと思ったりはしなかったんですか?」


彼女ほどの才能であればどんな部活動にも引っ張りだこだろうし、結果も残すことができるだろう。

そうであるにも関わらず学生のまとめ役たる生徒会の長に就くことにした。

そこに何かしらの理由があるのではないかと私は思っていた。


「君は面白いな…。」


「え?」


突然ケラケラ笑う会長に私は驚いてしまった。

他の役員の方々も驚いている。


「いや、すまない。皆、気にせず作業を続けてくれ。」


そう、生徒会の人たちに一言言った後で


「少し外で話をしないか?残りの業務は私が後で引き受けるから。」


肩に手を置いて、私に提案した会長は断ることなど考えていないだろう…そのまま生徒会室の外に出てしまった。






「突然、笑ってすまなかったね。」


「いえ、何か変なこと言ってしまったのかなとは思いましたけど。」


私にも心当たりは全くない。

今会話を振り返っても別におかしな質問はしていないはずだ。


「いや、君が悪いわけではないよ。ただ単に私が蘭童のことを興味深いと思ってしまったんだ。」


「そうですか。」


私には何を意図しているのかはわからないけれど、少なくとも外に出てまで会話をすると言うことは他の役員に聞かれたくないことなのだろう。


「君は悩んでいるのかな?自分の持ち得る才能に。」


「え、何で?」


何で分かったのだろうと思っていると


「つい最近、同じような質問をされたことがあってね。その時の彼と同じような瞳を蘭堂がしていたから面白くて笑ってしまったんだ。」


「はぁ。」


私は気が抜けてしまったけれど、瞳だけでそんなことまでわかるものだろうか。


「君のように優れた人が持つ悩みというのは当然のものだよ。人と違うのだからそれを無理に合わせようとすればどうしても違和感が残ってしまう。」


「でも。」


「まあ君に関しては大切な恋人がいるだろうから、自分の才能の影響で彼に何か迷惑をかけてしまうと思うこともあるだろう。」


「知ってたんですか。」


「それはもちろん知っているよ。学校中で話題だからね。」


「会長はどうしたらいいと思いますか?」


私には少なくとも解決策が思い浮かんでいない。

奏多に負担はかけたくない、けれど私が才能を抑え続けることも奏多にとっては負い目になってしまうのだと私にも理解ができる。

それらを全て丸く収めるためにはどうしたら良いのか…それが私の目下の悩みだ。


「私は交際経験が一度もないのでね。そう言った話は詳しくアドバイスをできないと思うが…蘭堂の才能の話で言えば、答えは単純だろう。」


会長は考える素振りもなく解を提示しようとしている。

それはまるで見なくてもわかる簡単な問題を解くかのように。


「ーーー諦めることだよ。」


「諦める?」


私の想像とは全く違う答えが出てきて、少しぽかんとしてしまう。

会長が何を意図して話しているのか、その真意を深く考える。


「そういうところだよ。」


「え?」


「君は優秀が故に人の感情を素早く、そして正確に認識しようとするだろう。そうすれば円滑に会話が可能だからね。君の才能を持ってすれば難しいことでもないだろう。」


「はい。」


今までそうしてきた。

奏多のことが最も大事だけれど、上手くやっていかなければ奏多との幸せな生活を守ることは難しい。

なぜなら私たちは人の輪の中、その一部で生きているのだから。

それを無視して生きていくことは簡単ではないだろう。


「君がどのように生きてきたのかは想像がつく。だが、限界というものもあるのさ。君が思っている以上に世界は自分の常識外のことを受け入れる度量はない。」


「でも、私だって普通の…」


「それは世間からすれば普通ではないということさ。」


「ッ!」


私の言葉が折られていく。

いや、私自身も元からそうであったかのように考えが置き換わっていくような。


「君の才能は普通から遠く離れているのだろう…私たちから見れば自分も他者もそう大差などないというのに。」


会長も何かを憂いているのだろうか…悩んだことは会長にもあったはずだ。


「しかし、それを認めさせることは難しい。」


「じゃあどうしたら?」


私にとって才能などどうでもいい。

奏多が側にいて、それだけで幸せになれる。

他に必要なものなんてない。


「だから諦めるのさ。君は彼のことを守ることだけに力を使えばいい。邪魔するものをどうにかすることくらい君なら簡単であろう?」


会長は面白そうにしながら、私を覗き込んでくる。

私の全てを見通されそうな瞳。


「はい、奏多だけは誰にも譲れません。誰が相手であろうと。」


「それでいい。君は彼と違って、守るものがはっきりしている。それは君の才能をどうするのか、その道標になるだろう。」


彼とは誰のことだろうか…少なくとも私と同じくらいの才能を持つ人。

頭の中に思い当たる人間が1人だけ過るけれど、そんなことはどうでもいい。


「会長にも守りたいものがあるんですか?」


「ああ、命に変えても守りたいものがあるよ。」


会長にはきっと私にも見えていない景色が見えている。

会長が3年生徒会長を任され、学校の誰にも信頼される人間である理由が何となく分かった気がする。

それがきっと会長の守りたいものなのだろうと私は考えていた。








「おかえり。今日は少し遅かったかな?」


奏多が私を迎えてくれる。

彼は今日はゲームでもしていたのだろうか、目が少し疲れているように見える。


「ただいま。少しだけ残って仕事してた。遅くなってごめんね?」


「大丈夫だよ。俺もその間ゲームの周回してたし。」


予想は当たっていたみたい。

奏多が何をしていたのか、分かってしまったことに心の中でガッツポーズする。


「今からご飯作るからちょっと待っててね。」


制服のブレザーを脱いで、エプロンを着ようとすると


「いや、もう作っといた。今日くらいは玲奈の手伝いしようと思ってな。」


「え?奏多が作ったの?」


「そんなに驚かなくてもいいだろ。玲奈が俺のことを世話してくれるのは俺だってありがたいとは思ってるけど、俺だって玲奈が大変な時くらい手伝ったってバチは当たんないだろ?」


「ちょっとだけ寂しいけど、奏多の手料理は嬉しいから今日は許しちゃおうかな。」


私は頬が緩むのをきっと抑えられていないだろう。

奏多が私のために料理を作ってくれたのはとても嬉しいし、奏多の料理を食べるのは一体どれくらいぶりくらいだろうか。

彼のお世話ができなかったのは悲しいけど、そんな日があっても良いのだろう。


「もう食べちゃおうぜ?愛理は夜飯も外で食べてくるみたいだし。」


「そうなんだ。ーーーじゃあ今日は2()()()()だね?」


「そ、そうだな。」


「ふふっ。」


奏多が恥ずかしそうにしているのが面白くて私は笑ってしまった。

彼のこの顔を見ると、とても安心するし幸せを感じる。

この先、どんなことがあっても彼のことを守ろう。

会長は奏多以外の人を諦めることも大事だと言っていたけれど、それ自体は昔から覚悟していた事だ。

それに我慢して諦めるのではない…私にとっては最初から奏多以外どうでもいいのだから。

奏多が望むならその才能を全力で使おう、彼が望まないのであれば一般人Aになるために全力になろう。


最初から決まっている、私にとって一番大事なことは彼が側にいてこの安らかな世界を守り続ける事なのだから。










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