悩みと寄り添い
「自信が持てないってのは、春沢にしちゃ珍しいこともあるもんだな。」
俺は春沢のそんな弱気な姿が信じられず、少し冗談めかして言うが
「私は元々そんなに自信家でもないわよ。そうしてきただけ。」
「俺は…春沢のことすごいやつだと思ってる。初めて会った日から。」
俺の勝手な思い込みかもしれないが、春沢の初対面の印象は誰にも負けないくらい強い芯を持った少女なのだと感じた。
実際、今まで春沢がこんな不安を吐露することを見たことがない。
「出展する絵画に自信がないってことか?」
「いいえ、手応えはあるわ。去年よりも良いものができた自信もある。ーーーでも唐突に感じるのよ。私の描いているこの絵にいったい何の価値があるのかって。」
春沢は遠くを見るようにする…もしかしたら窓に写った自分の内面を見つめ直しているのかもしれない。
「俺は少なくとも春沢の絵を見たときに感動した…あの絵がなかったら俺は春沢と出会うこともなかったし、玲那と付き合うこともなかったと思う。」
「そうね…新城にとって良い思い出になれたのなら私も少しは貢献できたのかしらね。」
俺の言葉はきっと届かない。
それは俺が彼女の心に届く心理的距離にいないから。
俺はあくまで絵のことを相談する友人、それ以上でもそれ以下でもない。
彼女のことを引っ張り上げることは決してできない。
「新城は…後悔していることってある?」
春沢のその言葉は俺にとって馴染み深いものだ。
「後悔ならいくつもしているよ。取り返しのつかないことも…これから次第のものもあるけど。それら全部ひっくるめて後悔だと思う。」
俺は何度も間違えてきた。
その度に玲奈、春沢、愛理…たくさんの人が支えてくれた。
それでも取り返せないものはあるし、それを追い求めることが自分にとって更に深い沼に沈んでしまうことでもあるのはわかっている。
「それなのに何で前に進めるの…私にはそんなことできない。今までそんなことなかったから。ーーーー新城と玲奈を見てると感じる、自分の小ささと今更自分の選択を悔いていることも。」
春沢にも、悩みはある…そんな当たり前のことに俺は気づいてやれなかった。
俺は玲奈を助けるために春沢に協力を求めた。
それは玲奈に近くて、俺の話すことのできる友人だったから。
そこに悩みなどなかったし、今でも後悔はしていない。
でも…それがきっかけで春沢は悩んでいる。
俺が傷ついたのは俺のせいで、春沢のせいではないって言葉で言うだけなら簡単だ。
誰でもそんな上辺だけの言葉は言える。
「春沢は俺にどうして欲しい?」
「何、急に?」
春沢は戸惑っているようで、先ほどから震えていた彼女の手は更に大きく揺れる。
「俺には春沢が立ち直るきっかけを与えることはきっとできない。それは俺にできる役目じゃないから。それでもどう言う経緯であれ俺のせいで春沢が苦しんでいることに変わりない、だから俺は春沢にできることは何でもしたい。」
俺の言葉は届かないかもしれない…けど、行動ならどうだろう。
もしかしたら、何か伝えられることがあるんじゃないか。
「して欲しいこと…。」
春沢は考える。
彼女にとって俺は頼れる友人でいられているだろうか…俺は彼女に頼ってしまった。
平等に戻すためには、今度は俺が頼れる友人でいよう。
「私は…変わりたい。今のままじゃ嫌なの。私は人の気持ちがわからないから、だから間違える。そんな自分を変えたい。」
春沢の瞳が潤んでいるように見えるのは気のせいだろうか…気のせいであっても、心のうちで泣いているのはわかる。
それは俺にとっても辛いことだし、友人の痛みは届く。
「今までそんなこと気にする必要がなかった…私の生きる場所はキャンバスに向かっている時だけだったから。でもそれじゃ新城や玲奈の力にはなれない。」
俺は彼女の言葉を聞く。
その言葉が終わるまで、彼女が吐き出し切るまで
「ねえ、新城。私のことを助けて、、、、私はあなたの、みんなの、本当の友人になりたい。」
「ああ、まかせろ。」
俺は躊躇いなくその言葉を出すことができた。
頼り、頼られる…そんな本当の友人になるために。
「ごめん、約束より長引いてしまって。」
「いや、大丈夫だ。玲奈にも連絡は入れたし。」
玲奈にはあらかじめ遅くなるかもしれないと言っておいたし、彼女はこうなることを見越していたかのように
「優のことお願い。きっと自分だけじゃ気持ちの整理がつけられないと思うから。」
そう言っていたのはこう言う意味だったのかと気づくことができたから。
「私頑張るわ。新城や玲奈にも誇れる友人だって思ってもらえるように。」
「ああ、無理せず頑張っていこう。俺も人のこと言えないけどな。」
そう言って2人で笑い合った。
彼女の悩みは決して払拭されたわけではないだろう。
それを本当の意味で解決、納得できるのは自分しかいない。
他の誰に言われたからじゃなく、自分でしかそれを解決することはできない。
それでも手を差し伸べることはできる、本当の友人、人の心を理解するための一歩を春沢はもう歩み始めたんだ。
「お疲れ様。その顔を見るとうまくいったみたい。」
家についたら、愛理と遊んでいたであろう玲奈が迎えてくれた。
「ああ、ありがとうな。玲奈のおかげだよ。」
「ううん、私はただ教えただけ。実際に優のことを考えて、行動したのは奏多。」
「いや、それでもだよ。俺はまだ春沢のことを全然理解できてなかった。自分の理想を押し付けてたって言うのかな…それに気づかせてもらえなかったら、きっと春沢に歩み寄ることもできなかったと思う。」
玲奈が俺のことを、俺と関わる人のことを考えてくれていたからこそ今回は何とかなった。
愛理は言うように本当の意味で俺には玲奈じゃないとダメなんだろう。
俺のことを俺以上に考えてくれる人がいるから、コンパスのように正しい方向を導ける。
そんな人の大切さを、俺は再認識することができたのだった。




