妹と距離
家に帰ってきた後、俺を襲ったのは…とんでもない暇さだった。
怪我は一応治りかけているものの経過観察で登校することが出来ない。
それに…同じ学校の先輩と同級生が犯人であるため外聞的に俺を無理に登校させることはできないのだろう。
「にしてもな〜。何で愛理も家にいるんだよ。」
そう、俺がリビングのソファーでダラっとしている隣で机に参考書を広げて、問題を解いている妹。
新城愛理のことだ。
「夏休みだからでしょ。」
愛理は夏休みで帰省していた。
うちの学校よりも夏休みの始まりが早いらしい。
かなり有名な進学校なのだから夏休みも勉強合宿のような状態になっているのかと思いきや、そういうわけでもないらしい。
「勉強なら自分の部屋ですればいいだろ。愛理の荷物はほとんどこっちにあるんだから。」
愛理が学校の寮に持っていった荷物はほとんどない。
最低限の着替えと勉強道具だけだったような…ん、確か写真たてを大事に持っていたような。
まあ、そんなもんだ。
だから引っ越した前と後で愛理の部屋は特に変わりない。
「別にどこで勉強したっていいじゃない。ここが集中できるからここでしているだけ。」
あの後…愛理からメールを受けてからというものこいつとの接し方がよくわからない。
時々話しかけてくるし、かと思いきや今みたいに冷たい反応をするわけで距離感がよく掴めないのだ。
多分それは愛理もそう…なんだろうな。
俺だけではなく愛理も俺との距離感を計りかねている。
だから噛み合わない会話になってしまうのかもしれない。
それだけ仲良くしていた頃から時間が経ち過ぎた。
「なあ、俺の部屋行かないか?」
俺は愛理にそう声をかける。
「え…ハァ!?何を言ってるのよっ!!」
愛理は突然顔を赤くして戸惑っている。
俺は意味がわからず、何を驚いているのかさっぱりだ。
「何驚いてんだよ。部屋いってゲームしようぜ。愛理も勉強ばっかじゃ退屈だろ?」
最近購入したゲームは確かマルチプレイ可能だったはず。
兄妹水入らずでゲームに勤しむのは距離感を縮めるいい機会になるだろう。
「え?…あ、そういうこと…。なんだ、そういう意味か。」
愛理はほっとしたような残念なような複雑な表情をしている。
「玲奈さんには軽い気持ちでそんなこと言わないようにしてよ?」
「なんで?」
玲奈なら喜んで遊びに来そうなものだが。
「ハァ…まあ、にいにがそれでいいならいいけどね。」
愛理は何かを諦めて呆れた表情を俺に向けた。
「そんなことより、どうする?まだ勉強したりないなら1人でもゲームはできるし。」
俺が退屈して暇過ぎておかしくなる前に、始めたいので愛理が勉強を満足するまで我慢できるわけではない。
「行かないとは言ってないでしょ。もちろんやる。早く行こ。」
愛理は参考書を閉じて、俺の手を掴む。
「おいおい。」
「私が勝つから!ーーーそうしたらにいに、今度買い物に付き合ってよね?」
愛理が笑った顔なんて久しぶりに見たな、なんて俺は呑気に考えていたのだ。
またまた翌日、見事にゲームで完敗した俺は愛理の買い物に付き合うことになった。
病院の診察もあったので、外に出がてら近くにあるショッピングモールへ。
「ねえ、にいに結構お店変わったよね〜ここ。」
「そうか?あんまり変わってない気がするけど。」
このショッピングモールは数年前にできたのだが、その当時にはかなり話題になったのだが今では街の一部となり当たり前の風景になっていた。
「もう、にいには無関心すぎ。それじゃ玲奈さん以外の女の人だったら愛想とっくに尽かされてるんじゃない?」
「かもな…。」
正直玲奈以外に俺のことを好いてくれる女子がいるのか…ってところから議論する必要だが、兄の威厳を保つために伏せておくとしよう。
俺の中で玲奈が生活にどれだけ貢献してくれているのかがわかる。
「まあ、にいに達はそれでもいいかもね。」
愛理は少し笑いながらそんなことを言ってくるが、俺には不安なことでもある。
「なんでそう思うんだ?」
「だって、玲奈さんの方がにいにのことよくわかってるから。」
当たり前のことのように告げる愛理に俺が戸惑ってしまう。
「そうか?結構すれ違ってきたことも多いと思うけど。」
俺と玲奈がここまで順風満帆に交際したカップルであるならそうかもしれない。
だが、俺たちは控えめに言っても遠回りをしていたはずだ。
「それはにいにが鈍感すぎるのが悪い。っていうか、うまく行かないなんて当たり前でしょ。一般的なの恋人だってすぐ別れる人の方が多いんだから。」
確かに俺に非があるのは間違いないし、よく付き合ってもすぐ別れてしまう人を見たりもするが…俺と玲奈に関して言えば恋人という関係を除いても距離の近過ぎる幼なじみという関係自体が変わることもないだろう。
そういう意味では世間一般というものがしっくりこなかった。
「あ、見えてきたよ。」
愛理が指差す先には本日の目的地であるショッピングモール内にあるゲームショップだ。
最初俺は愛理に「本当にここでいいのか?」
と花の女子校生であるならもっと最近流行りのブランドの服とかを見に行くのかと思っていたし、それなりの出費も覚悟していたものだ。
そんな俺に対しての愛理が発した一言は
「2人でできるゲーム買ったら、またにいにと遊べるでしょ?だから私はにいにとお出かけしたいな。…ダメかな?」
そんな風に上目遣いで妹に頼られてしまったら断れるはずもない。
これは俺がシスコンという話では決してない。
「お、新作が出てるみたいだな。」
俺は入り口に大々的に飾られている国民的タイトルの新作が前面にアピールをされているため目を惹かれてしまう。
「にいにそのゲーム買ってたっけ?」
「いや、全部ってわけじゃない。飛ばし飛ばしだな…さすがに昔からのタイトルだし。」
幸いにもストーリーが繋がっているわけじゃないから、どのタイトルから初めても楽しむことは可能だ。
しかし、前のタイトルで出てきたキャラが物語に関わってくる可能性があるのはこういうタイトルではよくあることだ。
「そっか。これ買う?」
愛理は特にどれがやりたいというわけではないみたいで、俺に選択権を委ねている。
「いや、やめておこう。」
「なんで?」
「そもそもマルチプレイでストーリーを進めるゲームではないしな…。」
「へえ〜…そうなんだ。」
愛理は少し納得しかねているようだが、俺はこれ以上の言葉を言うことはない。
なぜなら俺がこのタイトルを避けた理由は…
「あ、そっか。」
愛理は急に何かが解けたみたいに、手をポンと叩いた。
「何が?」
俺は唐突な妹の奇行に不安を覚える。
「このゲームににいにの好きな女の子のキャラがいるんでしょ?」
「は、はあ!?」
俺は場違いな大きな声を出してしまう。
「だって、昔からにいに好みの女の子のキャラが出てくると、ずっとその人ばかり見てしばらくゲーム進められなくなるじゃん。」
「…。」
さすがは我が妹と言わざるを得ない。
俺のことならば何でもお見通しと言うことだろうか。
そう、俺は好みの女性キャラを見つけてしまうとストーリーそっちのけになってしまうという悪癖があるのだ。
昔よりは克服しているとは言え、高校生にもなって妹の前でそんな醜態を見せるわけには行かない。
「そ、そろそろ他の観に行こうぜ。こんなにたくさんゲームあるんだから。」
「はいはい、行こ〜。」
後、このことは玲奈ももちろん知っている。
ただ、玲奈の場合俺がそういう状態になると唐突に俺に対して甘えてきたり俺のキャラを置いてさっさと先に行ってしまうため強引に現実に戻されることが多かった。
「はぁ〜楽しかった!」
愛理は帰り道、両手を上げて嬉しさを表現している。
「そりゃよかったよ。」
なんだかんだ、2人でゲームショップを1時間ほど探索した後に愛理の好きなパフェを食べに行ったところで日が暮れそうになったので帰路についているというところだ。
「にいにとこうして出かけたの何年ぶりだろ。」
愛理は指折り数えている。
「多分、4年くらいかもな…。思い返してみると結構前になるんだな。」
「そんなに前なんだ。」
俺と愛理はそれくらいここ数年は距離があった。
普通の兄弟としては歳を重ねるにつれてそうなるのは当たり前のことなのかもしれないが、俺らに関して言えばそれまで異常なほど仲良くしていたからこそそれだけ長く感じたのかもしれない。
「ねえ、にいに?」
「何だ?」
愛理が少し俯いて俺に躊躇いがちに聞いてくる。
「これからも時々でいいから私とも出かけてくれる?」
きっと玲奈に遠慮しているんだろう。
確かに付き合いたてではあるけど
「当たり前だろ。また、どっかに遊びに行こう。今度は健人も玲奈も一緒にさ。」
そう、昔のように。
俺たちが4人兄弟のように過ごしていたあの頃。
「そっか。うん、ありがとう!」
愛理は俺に満面の笑みを向けている。
その表情は夕暮れの茜色と相まってとても神々しく見えたのだった。
この時の俺たちは昨日感じていたどう関わったらいいのかわからない不思議な距離感から、前までの兄妹の距離感にもどることができたのだった。




