裏側とプロポーズ
「さて、今回は随分と邪魔をしてくれたみたいだね〜。」
薄暗い路地の裏で、男女が話している。
と言っても片方は猫のお面を被っている特徴的なスタイルだ。
「あ〜、まあな。そうした方が面白いと思ってな。」
答える男は悪びれもせず言う。
彼の褐色の肌は年中変わらない体質なようなもので、学生でありながら彼の放つ雰囲気はかなり渋さのある男のものだ。
「へえ…それは随分と身勝手なことだね。」
面を被った少女は納得できないようで不快感を露わにしている。
「奏多が怪我をするところまでは俺も流石に想像していなかったさ。それに俺が何かをしなくたって奏多は蘭童に対する脅威に気付いていたはずだぜ。」
彼も少し思うところがあるのか、奏多に対して悪いと思っているようだ。
「それでも…決定的にしたのは君だ。私は彼を巻き込むつもりはなかった。あくまで蘭堂玲奈を除外することができればそれで満足だったのさ。」
彼女の表情は面に覆われていて理解することは難しいが、両者共に納得のいく結果ではなかったことは明らかなようだ。
「除外ね…俺にとっても想定外ではあったな、まさかあんたが直接的な方法で蘭堂を潰しにかかるとは。」
「それは単純な話さ。」
彼女は手をふらふらとさせながら
「彼を精神的に追い詰めるにはそれが最も手っ取り早いから。それだけの理由だよ。君もそう思うだろ、西島海星くん?」
男…西島海星は、彼女に対して少しばかりの恐怖と大きな面白さを感じていた。
「奏多は俺の知る限り最も人間っぽい人間だ。その行動に理屈が伴うときもあれば予想外のことをすることもある。ーーーだからこそ俺はあいつのことを友人だと思っているんだからな。」
海星にとっては自分の周囲に面白い人間かそうでない人間かの区別しかない。
単純なようで彼の基準から前者はそうそう現れることがない。
しかし、その基準を新城奏多は軽々と超えた。
それが奏多にとって良いことなのかはわからないが。
「そうだね、彼は非常に魅力的だ。私がこうして姿を隠してまで彼に接近するのには彼がそれに値するだけの価値を持っているからだ。」
「そりゃ、奏多も嬉しいだろうな。」
海星は皮肉で返したつもりではあったが、恐らく彼女には聞いていないだろう。
なぜなら彼女は最初から海星の言葉など欲していないから。
彼がここにこうして呼ばれたのは海星のみが彼女が仮面をつけることになった、その理由を知る人物だから。
簡潔に言えば彼が今のところ最も彼女に近いところにいると言ってもいい。
「君に妨害されたのは、もう許すとしよう。彼も翌日には意識を取り戻したようだしね。」
「どうも。」
「ただ…そうだなぁ。やり方を変える必要がありそうだ。」
「何のことだ?」
「今回、私は竹下先輩を凶行に走らせるために彼の心理状態を揺さぶった。彼が蘭童さんに強い憎しみを抱いていたことはわかっていたから、ほんの一押しするだけで簡単にその気になってくれたよ。」
ほんの少しが一般人には到底理解できないことではあるが、彼女にとってはそれくらいのこと蘭堂玲奈を排除することに比べれば容易だと言うことだろう。
「しかし、結果は大失敗。彼に春沢優という協力者がいたことにも驚いたけれど、何よりその方法でいくと彼が悲しむことは達成できても彼を折ることはできないだろう。」
「なぜ?」
海星からしてみれば大切な恋人を傷つけられた奏多なら、自責の念に刈られて絶望してもおかしくはない。
いや、高い確率ですることになるだろうと思った。
「それは…彼は蘭堂さんが傷ついたとしてももう止まらないからさ。彼らが交際する前ならこの方法でも通用しただろう。だが、今は両者の好意が釣り合っている状態。そんな状態で彼女を傷つけても彼らの絆をより固くすることになるに違いない。」
実際、目を覚ました奏多と玲奈は以前よりも親密な関係になったと言えるだろう。
玲奈も意図したことではないが命がけで助けてくれた奏多への好感度は上がり、命を張ってでも助けたい玲奈を助けることができたという結果に奏多も満足している。
「だから、今度は趣向を変えることにするよ。」
彼女が面を被っていても笑っているのが海星には何となくわかった。
その彼女の笑みはきっと、とても妖しくて狂気的な何かだろう。
「俺も楽しめるんだろうな?」
海星は彼女に従っている部下というわけではない。
彼が楽しむために、彼女と一時的な休戦をしているというだけの関係。
それが崩されるとしたら…利害が崩壊するときであろう。
「ああ、もちろん。今度はちゃんと奏多くんの絶望した顔を見ることができるよ。その時に側にいるのは私だけになる。」
彼女は独占欲の悪魔というべきだろうか。
玲奈も奏多に対して強い感情を持ってはいるが、彼女のそれはそれ以外を捨てている。
奏多を手中に収めることさえできれば例え世界が崩壊しようと、彼が悲しむことも厭わない。
そういう異常さが彼女の他者とは相容れない部分。
「ほう、それは期待できそうだ。」
そしてそういう部分こそが海星の面白い人間であるというセンサーに引っ掛かった。
彼らが共に進む道の先には何が見えているのか…きっと両者のそれは異なっていることだろう。
「新城くん…。」
私、高嶺あずさは修学旅行から帰り、次の日何をするでもなく家でゴロゴロしていた。
頭に浮かぶのは新城くんが怪我をして病院に搬送されたということ。
私の初めての本当の理解者で、どこか似ていると自分でも感じる相手。
彼から送られてきたメールでは怪我は命に関わるものでもないし、そのうち退院できるだろうということだった。
それを見たときは安堵していたが、同時に不安も感じていた。
「もし、新城くんの言っていた仮面を被った人が関係しているとしたら…。」
新城くんから相談を受けたストーカー被害で悩んでいるということ。
彼のその問題はきっと今でも解決はしていない。
夕暮れの校舎で私は偶然、新城くんの言っていた仮面を被った女子生徒と滝谷くんが話しているところを見てしまった。
彼が何を話していたのか…結局はぐらかされてしまったが、何かを知っているのは確か。
とは言えこれ以上私にできることは何もないのでこうして考えていても何も意味がないことはわかっている。
「友達として、何かしてあげられることがあればいいんですが…。」
彼には心強い彼女さんがいるので私なんかの微力な力では助けにはならないかもしれないけれど、少しだけでも友人として彼の手助けになれればいいなと思っている。
その方法が皆目検討もつかないことが目下の悩みではあるのだけど。
「はぁ…。」
ボスッと枕に頭を押し付けて、自分の不甲斐なさに悲しみを覚えながら私は考えるのを諦めて気づいたら寝てしまっていた。
「大好きだよ、奏多。奏多ぁ!」
そう言いながら新幹線の隣の席で俺にべったりとくっついてくる玲奈。
俺も嫌がる素振りはしていても無理やり引き剥がすようなことはしなかった。
愛理や両親は俺の容体が良くなったことを知り、その日のうちに帰って行ったが玲奈だけは残ると決めたらしい。
その結果俺と玲奈だけで数日間の入院生活の後帰ることとなったのだ。
もちろん帰宅後も、自宅療養が続くらしいが少なくとも病室よりは自分の家の方が安心というもの。
ここ数日は気が休まらなかったからな。
それでも、何とかやってこれたのは玲奈が毎日俺の側にいてくれたこと。
玲奈は近くのホテルの部屋を取り、寝泊りをしながらも面会時間はほとんど俺の世話や話し相手になってくれた。
「ありがとな、玲奈。色々と。」
俺は隣で惚けた顔をしている玲奈に感謝を口にする。
彼女には本当に感謝してもしきれない。
「ううん、奏多こそありがとうね。私はずっと一緒にいれることが一番嬉しいんだ。」
学校の生徒でこの玲奈の表情を知る者はいないだろう、学校での玲奈はどこか冷たいというわけではないが淡白な印象がある。
しかし今目の前にいる少女はそんなもののかけらもなくただただ1人の可憐な少女だった。
「あのさ、玲奈…約束のことだけど。俺はずっと玲奈と一緒にいたい。ーーーだけど、言葉でいうのと実際にそうするのは遙かに違くて、難しいと思う。」
「うん。」
「でも、俺はどんな苦難があっても玲奈と一緒にいたい。誰に言われたからじゃない。俺がそうしたいから。ーーーだから…もし良ければ俺と結婚を前提にお付き合いをしてくれませんか?」
スラスラと言えただろうか…後半は自信がない。
だって、こんな気恥ずかしいこと言えるかよ。
新幹線には幸い近くに座っている人はいないし、走行する音が大きいので聞こえる心配もないだろう。
「はい、私こそ不束者ですがお付き合いさせて下さい。」
玲奈は少し涙ぐみながら俺にそうはっきりそう言った。
俺も玲奈も嬉しくて抱きしめてしまう。
絶対に離さないという意思表示をするようにぎゅっと。
今この時の幸せを俺はずっと忘れることがないだろう。
それは俺が今までの人生の中で最も嬉しかった瞬間だったから。




