記憶と回復
あれ、そういや何があったんだっけ。
そうだ…ナイフで刺されて。
(あ、これは夢か。)
時々自分で夢だとわかる時がある。
なんていうんだっけこういうの、明晰夢とかって名前だったか。
「ねえ、奏多は将来の夢ってあるの?」
俺の目の前には幼い頃の俺と玲奈がいる。
俺の部屋で昔はよく遊んでいたんだっけ。
この日は愛梨もいなくて、健人もスポーツクラブの日だったから…2人で大人しく絵でも描こうかって。
「ん〜夢か。よくわかんないな。玲奈はあるの?」
今でも夢なんか見つかっちゃいない。
昔はスーパーヒーローなんかに憧れたりもしたけど、現実的にそんなことを考えていたわけではなく、スーパーヒーローの空を飛んだり、目からビームを出したり、そんな能力に憧れていただけだった。
「私はね?ずっと昔から同じなの。」
玲奈は両手を自分の胸の前で組んで、思いを噛み締めている。
「ずっと前からあるの?」
「うん。」
当時の俺には全く見当もついていなかった。
それくらい俺はガキで玲奈も俺のことを想ってくれてるなんて思いもしなかったから。
「なら、俺も手伝うよ!玲奈の夢が叶うように俺が玲奈のお手伝いする!!」
俺は右手で玲奈の手を握って、楽しそうにしている。
「本当?嘘じゃないよね?」
「玲奈に嘘つくわけないだろ?俺はいつだって玲奈の味方だ。」
「やったぁ!!絶対だからね、絶対だよ、奏多!!」
玲奈は両手で握った俺の手をぶんぶんさせて、喜んでくれている。
「うわぁっ!!危ないって、玲奈ぁ。」
俺はあの時肩が外れるんじゃないかって思ったの今は覚えている。
「やった、奏多が手伝ってくれる、嬉しい!!じゃあ奏多は玲奈とずっと一緒じゃないといけないんだよ?私の夢が叶うようにずっと一緒にいてね。」
「ああ、約束。ずっと一緒だよ。」
玲奈は俺の小指を自分の小指で握って
「ゆびきりげんまんしよ。ーーーゆびきりげんまん嘘ついたら絶対結婚〜指切った!!」
「え、結婚?」
その時の俺は何もわかっていなかったんだろうけど、それでも玲奈のこのひまわりのような笑顔だけは絶やしたくないって思ってたんだ。
その後何度も泣かせてしまうことなんか思いもしないで。
「約束、破ったらダメなのに…。ずっと一緒って言ったのに、奏多ぁ。目覚ましてよ…。」
俺の手を握ってくれる誰かの声が聞こえる。
とても聴き馴染みがあって、優しくて落ち着く声。
意識が少しずつ戻ってくる。
「あぁ、約束破ったら結婚なんだもんな。」
俺は掠れた声で泣いている少女に声を掛ける。
腹に激痛を感じるせいで、声があんま出ない。
それでも声は届いたのだろう
「か、かなたぁ?ーー奏多っ。本当に奏多が目を覚ましてくれた!!」
玲奈は泣き顔から嬉しそうな表情に、涙は零れたままなので泣いているのか喜んでくれているのかわからない、いやどっちもなのだろう。
「おう、俺はちゃんと生きてるから安心しとけ。全く、また泣かせちまったな。ーーーごめん、玲奈。」
「ううん、今泣いてるのは嬉しいから、奏多が約束覚えていてくれたのと起きてくれたのが嬉しくて。」
玲奈は俺に抱きついてきた。
昔からこういうところは変わってない。
幼い玲奈のそのままなところ。
いくら頭が良くなって、モテまくって、スポーツができても…玲奈は玲奈のままなんだ。
そんなことに俺は気づいてやれなかったのは本当に情けないな。
俺はそんな玲奈のことがずっと好きだったんだ。
医者によると十針縫う怪我だったらしい。
傷自体はそこまで大きくないものの、出血量が多く気を失ってしまったらしい。
玲奈に聞いた話だとあの後澪が呼んだ警察官に竹下先輩は取り押さえられ、連行された。
そして気を失った俺は近くの病院に運び込まれた…一晩寝てしまったものの、腹に僅かな傷跡が残るだけで助かったのは玲奈と澪の応急処置やお医者さんが優秀だったからだろう。
彼女らには感謝してもしきれない。
修学旅行自体は俺たちを抜きで、続行して今は帰り道なのだろうが…俺の側にいてくれた玲奈と現場を見ていた澪だけは残って警察の事情聴取などがあったみたいだ。
他の学生には今回の事件は伝えられていない…ということらしい。
今発表すれば大きく騒ぎになってしまうし、混乱でまともな判断ができないことだろう。
まあ警察沙汰になってしまったため、流石に隠し切ることもできないのでどこかのタイミングで公表することにはなるのだろうが。
何せ加害者も被害者も同じ学校の生徒だ…特に加害者は学年が1つ上の生徒で、本来修学旅行に参加すらしていない生徒。
もう1人は加賀浩成という生徒らしい。
俺には人を傷つけるようなタイプの生徒ではないように見えたが、どうやら竹下先輩に唆されたことをきっかけに玲奈に振られたことを強く恨むようになったらしい。
あのような凶行に至ったのは竹下先輩の立てた計画に乗っかった形になったのだと両者から確認が取れている。
そのような過程があったにしても玲奈にナイフを突き立てたことは十分に罪になるだろうし、竹下先輩に至っては俺に怪我を負わせてしまったという結果があるため普通に殺人未遂事件になるだろう。
俺にとっては最早どちらでもいいことだと思っている。
それは玲奈を守ることができたという結果が俺にとっては最も重要なことであって、自分の怪我や犯人の動機なんかにはこれっぽっちも興味がないのだ。
玲奈は俺が目覚めてからというもののコアラのようにしがみついて離れないのだが、漸く泣き止んできたところだ、
「そろそろ大丈夫か?」
「ううん、だめ。離れたらまた奏多いなくなっちゃうもん。」
玲奈ってこんなに甘えただったかな…?
昔は確かにそんなこともあっただろうが…大人になってそんなこともなくなったのかと思っていた。
でも、実際俺が勘違いしていただけで玲奈は周囲に完璧でいることを期待されていた結果、自分の本心と外に見せる姿がチグハグになってしまった。
俺にもその責任の一端はあることは十分に自覚している。
「少し、離れたくらいじゃいなくならないさ。」
「…。」
「玲奈さん?聞こえてますかね?」
こうなった玲奈をどうにかするのは俺にも厳しい。
頑固なところは相変わらずだ。
「ねえ、約束のこと覚えてたんだよね?」
「ああ、…いや、悪い。正直忘れてた。さっき寝てた時に夢を見たんだ。ーーー幼い頃の俺と玲奈が夢について話していたことを。それで、思い出したって感じかな。」
「そっか…。でも、思い出してくれたのは嬉しいな。」
玲奈にとってとても大事な約束だったのは俺にもわかる。
玲奈が叶えたい夢がなんだったのか…は思い出せない。
というより、聞いていない気がする。
そうでなかった場合は土下座してでも聞かなくては…あの時の俺は玲奈の夢を叶えることを手伝うと言ったのだから。
「私ね、奏多に言いたいことがあるんだ。」
「ああ、聞くよ。玲奈の話ならなんでも。」
玲奈は少し息を深く吸って、話す覚悟を決めたように表情を真剣なものにする。
「あのね…私の夢は奏多のーーーーー」
「ピリリリッ!!!」
その時俺のスマホが着信を知らせてきた。
なんてタイミングで…。
「うっ。出ていいよ、奏多。私の話は今でなくても大丈夫だから。」
「そうか…ごめん。」
正直、着信よりもすごい気になるんだが、鳴らしたままにしておくわけにもいかないので止むなく出ることにする。
「もしもし…新城奏多のスマホでございますがーー」
「にいに、怪我したって聞いた。病室の近くまで来ているけど、今は玲奈さんと2人きりにしてあげるから一言だけ。ーーーにいに、大好きだよ。」
可愛らしい声が聞こえてきた…もちろん声には聞き覚えがあるし、俺のことをにいにと呼ぶ人物には1人しか心当たりが無い。
そう、新城愛理…俺の1つ年下の妹である。




