海星と危険
俺は混乱していた。
漫画であれば頭の上をほ星がクルクルと回っていることだろう。
「新城寧々…か。」
話の中でわかったことといえば、滝谷が話したと言う猫の面を被った少女が新城寧々という名前を名乗ったと言うこと。
新城…全くいない名字だとは思わないが、ここで全く関係ないとも思えない。
俺のことをよく知っていることを踏まえても、遠くの親戚と言う可能性は否めない。
「問題は…そんな奴が学年にいるのかって話だよな。」
少なくともクラスでは見たことがない、他クラス、他学年まで含めると存在するかはわからないが…存在しているとしたなら滝谷は名前を知っている段階で猫の面の正体を知っているはずだ。
滝谷は誰なのかは知らないと言う話し方だったし、そうなると存在しない生徒の名前である可能性が濃厚だ。
「偽名っていうか…まともに答える気がなかったのか。」
その場で咄嗟についた嘘という可能性が最も高いか。
「新城寧々…一体何者なんだ。」
俺がいくら考えても、答えには全く近づくことはなかった。
「おい、奏多!ーーおっそいぞ。」
拓哉は俺が集合場所に着いたときにはもうそこにいたようだ。
「まだ集合時間にはなってないだろう。ってかお前こそどこ行ってたんだよ。」
「それがよ、部活のやつと土産買いまくってたら、気付いたら奏多がいなかったんだよ。」
「そりゃいるわけねえだろ。」
俺が何でバスケ部についていくんだ。
まるで不思議な出来事のように言うんじゃない。
拓哉の両手には買ったお土産が袋一杯に詰め込まれている。
「そんなに買って、この後金残ってるんだろうな。」
「あたりめえよ。まだまだ買うからな!!」
こいつが破産しにきたのか…まあ部活に所属しているこいつは、お土産を渡す人数が必然的に多くなるのは仕方ないと思うが、初日からこんなに大量とか…荷物になることを考えないのか。
「まあ、それはいいや。海星はどうした?」
「ああ、あいつならもうバス乗って寝てるぜ。」
なるほど、うちの班員には団体行動なんて言葉はかけらも存在し無いと言うわけか。
その後、団体行動で博物館を回って旅館へ向かった。
旅館はそこまで高級感があるわけではないが、学生が泊まるには十分なくらい設備も整っていた。
俺たち3人も早速部屋に入ったが、拓哉はすぐに他の部屋が気になったのか…友達の部屋に向かって行った。
そんな訳で今は海星と部屋で2人という訳だ。
俺もこいつもそんなに話すタイプではないので、会話はない。
「…」
とは言え、何にも会話が無いのも新幹線で少し言い合いになったこともあって気まずい。
まあ、こいつがそんなことを気にするような人間だとは思え無いが。
「ーーなんだ?こっちジロジロ見てきてよ。」
俺の視線に気づいたのか、海星が話しかけてきた。
「いや、何でも…」
「そういや、蘭堂のとこには行かなくていいのか?」
海星はぶっきらぼうに投げかける。
そこまで気になってる訳じゃないんだろうな。
「女子の部屋に行ける訳ないだろ。」
女子部屋は俺たちのいる男子部屋がある東棟から連絡通路を渡った先の西棟にある。
その連絡通路には24時間体制で教師が監視の目を光らせていて、何人たりとも通ることはでき無い。
「まあそりゃそうか。お前の彼女なら優等生だから許されてんのかと思ったわ。」
「そんな訳あるか。」
いくら玲奈でもそんなことが許されているはずもない。
それに、玲奈が男子のいる東棟に来るのは飢えた狼に餌を与えるようなもの、危険過ぎて俺が寧ろ帰らせるまである。
「はっ、つまんねえな。俺はお前たちのこと結構気に入ってるんだぜ。期待に応えてくれよ。」
「お前は単に面白がってるだけだろうが。俺は揶揄われるのはあんま好きじゃないんだ。」
俺に何もメリットがない…ていうかデメリットしかない。
「まあ、お前と少し話したいことあったしちょうどいいわ。」
「話したいこと?」
海星はスマホを床に置いて、こっちを見る。
今までスマホを見ながら間接的に話していたが、俺もスマホを置いて海星の方を見る。
「ああ、お前も気になってるだろうと思ってな。」
「何のことだよ。」
「俺が何で修学旅行に来たのかって話だ。」
「まあ、普通はみんな来るもんなんだけどな。お前に関しては確かに珍しいと言えば珍しい。」
海星がこういう行事ごとにわざわざ参加するのは珍しい。
去年の体育祭、文化祭にはもちろん参加していなかったし…3日も拘束されることになる修学旅行に参加するのは意外なのは確かだ。
まあそんな奴と同じ班になった俺も拓哉もどうかと思うが。
決して友達が少ないから選択肢がなかったとかではない。
「俺がこんな退屈なモンに来たのは、もちろん理由がある。そうじゃなきゃ参加する訳ねえからな。」
「まあ、それはわかるが。俺に話すことなのか?」
暇つぶしの会話としてはいいかもしれ無いが、そこまで自分を語ることのない海星が、自分のことを自分から話すなんて珍しいことをするのは正直に言って信じられ無い。
「ああ、お前にも関わることだしな。」
「俺が?拓哉にはないのか。」
同じ班員という意味では拓哉もそれに含まれる。
だが、海星は俺を名指ししてきた上に、拓哉がいない状況で話すのなら拓哉には関係ないのだろう。
「あのバカには関係ねえな。ーーー何せお前だってあいつに聞かれたくない内容だろうからな。」
「海星、お前…どういうつもりだ。」
海星は何かしらの事情があって、俺だけに話すのかと思っていたが、どうやら話を聞かれて困るのは俺の方だってことか…そうなると思い当たる節もない。
昼に高嶺と滝谷が猫の面の女(新城寧々)の話をしていたことを考えると、その類の話が頭に過るが海星には全く関係のない話だ。
「そんな怖い顔すんなよ。ーーー俺が修学旅行に来たのは奏多、お前の彼女である蘭堂玲奈がピンチになるってことを知ったからだ。」
「玲奈?ーーー何を言ってんだ。海星。」
玲奈がピンチ…思い当たる節がない、というよりどういう意味なのかが全くわから無い。
「俺も詳しく知ってる訳じゃないが、少しばかり興味深い噂があってな。」
「噂?」
「ああ、ーーー蘭堂玲奈、あの完璧超人に振られた男子の1人が蘭堂玲奈に強い憎しみの感情を持ってるってよ。それでこの修学旅行中に危害を加えるかもしれねえってな。」
「その話、嘘って訳じゃあないんだな?」
「俺がこういうときに嘘をつかないのは知ってんだろ。」
海星は快楽主義…楽しければ善悪を問は無いような男だが、冗談をこういう状況で言う奴じゃない。
しかし、それが本当の話だとするなら
「玲奈に怪我させようって男子がこの学年にいるってことは、、、まあお前が嘘ついて無いならその通りなんだろうが、その噂は一体どこから聞いてきた?根拠もない噂なら聞くに値しない。」
心配であるには違いないが、噂はあくまで噂。
ソースがはっきりしない状況で全てを鵜呑みにすることはできないし、対応策も変わってくる。
「ソースは俺の知り合いの女だな。どうやらネット上に書き込んだ奴がいるらしい。すぐにその書き込みが削除されたから、今は残ってないが、それがその書き込みをスクショしたものだ。」
海星はスマホの画面をこちらに見せてくる。
「221:匿名
蘭堂って同級生の女に振られた。俺が一生懸命考えたのに俺の告白を断りやがったんだ。あの女絶対に許さねえ。今度修学旅行あるから、そこでやってやる。俺を振ったこと後悔させてやる。」
ネットの掲示板だろうか。
確かに蘭堂という名前が書かれているし、修学旅行が近々あると言う情報は事実だが…これだけで玲奈のことを言っているのか確証が得られてはいない。
それに随分と殴り書きのような感じだし、冷静とは思えない。
「まだ、信じられねえって顔してんな。ならこれを見たら信じられるか?」
海星は画面を切り替えて、別のものを見せてくる。
それは玲奈の顔であろう写真に赤のペンで塗りつぶし、カッターを突き刺していたものだ。
「…これは?」
「さっきのアカウントと同じアカウントがさっきの発言の前に載せていた写真らしい。まあこれも今は消されているみたいだがな。」
「なるほどな。」
赤いペンで塗り潰されているから、見る人が見なければ玲奈だと思わないだろう。
でも俺にはわかる。
玲奈の愛用している俺が随分と前にプレゼントとしてあげたヘアピンがはっきり写っていたから。
「これで信じる気になったか?」
「ああ、教えてくれてサンキューな海星。」
俺はちゃんと話せているだろうか…玲奈のことが心配なのはもちろんだが、頭の中が冷静である自信もない。
「言うのが遅いってくらいのことは言ってくると思ったけどな。」
「いや、確かにもっと早く言って欲しかったのは事実だけど、お前の今日の行動が何となく理解できたからな。」
海星は新幹線の中でわざわざ車両を移動してまで俺の席まできた。
厳密には玲奈を見にきたんだろう。
玲奈に何かしようとする男子がいるかを見極めるために。
「そうか。ーーーそれでお前はどう思う?」
「もちろん警戒はすべきだろうな。ーーーただ不用意に騒ぎ立てるのは危険かもしれない。」
玲奈に危害を加える可能性のある同級生がいるのは確かだが、既に掲示板での発言は削除されている。
そのときに冷静になって、止める気になったかもしれない。
それに教師に相談しても、証拠が一部分のみを切り取った発言だけではいたずらだと思われるのがオチだろう。
逆に教師がそれで玲奈に監視をつけてくれたとしても、かえって刺激してしまう可能性がある。
「なるほどな…で、お前はどうするんだ?」
「俺はもちろん、玲奈を守るさ。そんなの聞くまでもないだろう。」
玲奈にこの話をして怖がらせたくない。
ただ、俺だけで玲奈を守り抜くのはかなり難しい。
男子は旅館にいる間、玲奈に接触する可能性は限りなく低いだろうが、それでもそれ以外の時間…全てを俺が守るのは正直現実的じゃない。
「まあ、お前に考えがあるならそれでいいさ。1日は俺が見張ってやったんだから、あとは頑張るんだな。」
そう言って海星は俺との話は終わったとばかりに横になって、スマホを弄り始める。
そう言えば海星は今日ほとんど単独行動をしていた。
駅での自由時間も、博物館でも。
恐らく玲奈のことを気にかけてくれていたのだろう。
俺に今話すことにしたのは、できるだけ情報を漏らさないため。
拓哉はとんでもなく口が軽いからな。
下手したら件の男子生徒に直接伝わってしまう可能性がある。
俺がやるべきことは決まった…あとは協力者が必要だ。
俺は就寝時間前に旅館の裏手に来ていた。
ここは東棟、西棟の連絡通路を使うのではなくそれぞれの棟の1階で裏口から出たところにある。
ちょっとした庭園のようになっていて、もう外も真っ暗のためたとえ教師が来たとしてもそう簡単には見つからないだろう。
わざわざこんなところに来たのは話す必要がある女子生徒を呼び出すため。
「新城いた。待った?」
「いやそんなには、来てもらって悪いな春沢。」
そう、俺が呼び出したのは俺の数少ない友人であり、玲奈と同じ班の女子生徒である春沢優。




