お土産と喧嘩
1日目も半ばというところかもしれない。
駅に着いてからクラスで少し散策したところで、自由時間が設けられた。
自由時間と言っても完全に自由に動いていいというわけではなく、あくまで駅周辺でお土産を買ったりしている人がほとんどだ。
3日目にも帰る前にそういう時間は設けられているのだが、あくまで新幹線に乗るまでの短い時間であるためにここで今買わないとしても何となく何を買うかくらいは決めておくのだろう。
「両親は適当に菓子かな…愛理は…」
俺の妹である愛理は今同じ家には住んでいない。
なぜなら東京の高校の寮に住んでいるからである。
昔から学力は高かったため、難なく東京の進学校に合格したみたいだ。
だが、そんな愛理がどこから嗅ぎつけたのかわからないが、修学旅行のお土産を要求してきたのである。
元々は随分のお兄ちゃん子だったのだが、世の中の子供と同様に反抗期を経てまたようやく兄妹として時々会話するくらいだ。
「まあ、べったりなのも困るが嫌われるのも困るよな。」
俺は愛理に買うためのお土産を湯飲みに決定して、それを探すために歩き出した。
ちなみに同じ班である海星と拓哉は、勝手にどこかに消えた。
あいつらと一緒に行動するのは会話も行動もまともに成り立たないので宇宙人と交信するくらい難しいのかもしれない。
「さて、湯飲みは〜…こっちか。」
駅構内に置かれていたパンフレットを一部取って、地図から湯飲みを置いている店を探す。
今いるところからは残念ながら結構な距離がある。
「ま、行くとするか。」
集合時間まではまだ、30分ほどある。
ちょっと行ってきて戻ってくるくらいなら問題ないだろう。
修学旅行まで来て完全に1人で行動しているのはどうかと思うが、俺のことを誘ってくれる人が1人もいないのだから仕方ない。
玲奈と付き合ってから本格的に男子からは嫌われてしまったようだ。
うちの高校以外にも修学旅行生はいるようだ。
少なくとも歩いている途中で2校ほど見受けられた。
なぜわかったかと言えば、制服を来ていることや話の鈍り方、明らかな大人数の団体行動といったもので判断できる。
あとはやはり浮かれている…これはうちの学校に関しても同様だが、普通の観光客とはどこか違うのだ。
修学旅行は人生で何度も経験するものではない、そのため多くの学生にとっては一生のそのひと時に特別な感情を持ち普段よりもテンションが上がってしまうのだ。
俺も少しは浮かれているのを自分で感じ取れる、あいつら(海星、拓哉)以外に俺と行動を共にしてくれる男子が入れさえすればさらに楽しめたことは間違い無いのに。
「これでいいか。」
店に着いてから、ほとんど時間をかけずに何を買うかを決めた俺はレジへ商品を持っていく。
買うのはベターな湯飲みだが、可愛い動物がプリントされている。
愛理はツンツンしている癖に可愛い物好きという…乙女チックなところがある。
そして渡した時のリアクションも何となくわかる
「嬉しいわけじゃ無いけど、せっかく買ったのなら無駄にならないよう私が使ってあげるわ。感謝してよね。」
いつからあんなに素直じゃなくなってしまったんだ…。
やっとこさ駅の反対方向から帰ってきたところで飲み物を買い忘れたのを気付いて自動販売機を探していたのだが、そのために筋に入ろうとすると1組の男女が揉めているのが見受けられた。
俺は知り合いというわけでも無いので通り過ぎようとするが、それが誰なのかわかってしまい、咄嗟にビルの柱の裏に隠れてしまった。
「なんかこの状況デジャブなんだが…。」
玲奈が告白されているのを覗き見してしまった時と似た感覚を感じてしまった。
あの時は俺がいたところに玲奈たちが来たが、今回はその逆。
「とは言えここから離れると飲み物を買いに行くのが面倒だしな。」
もう少し駅から離れて集合場所の大型バスに向かっている途中だったので、また駅の方まで戻って飲み物を購入するという手間はしたくない。
「早く終わってくれないかな。」
そう、俺の目の前にいるのは学年1のイケメンであり、学業も2位の滝谷遼と俺の理解者である高嶺あずさだったのだから。
「それでもう話は終わりかな?」
俺は目の前の少女に言う。
彼女は世間の評価で言えば良くも悪くも普通の少女だ。
容姿、学業成績、運動能力のどれにおいても。
しかし、性格においては普通とは言い難いのかもしれない。
「いえ、まだ解答を頂けていませんので。」
「今ここで答えろと言うことかな?」
「ええ、そうでなければあなたはまた逃げてしまうので。」
「それは困ったな…。」
俺は普段、優等生として学生生活を過ごしているつもりだ。
スポーツや容姿も他人に劣ると感じたことはない。
勉強であれば蘭堂さんに負けてしまっているけれど、それだって彼女との差を感じたことはない。
彼女と俺に関しては悪い意味で似ているところがあるので、彼女に勉強で数点負けたとしても才能の差だとは俺は思わない。
負け惜しみに聞こえるのかもしれないけど俺自身驚いたものだ…俺と同じ悩みを持った女の子がいることに。
おっと、今はそれより目の前の少女のことが優先か。
「それで君は俺にどう答えてもらえれば満足なのかな?」
彼女のことはクラスにいる1人の女子生徒という認識だった。
話したことはないけどクラスにいるのは知っているくらいの。
「…先ほどから言っているはずです、新城くんの悩みについて知っているのでしょう?それについて答えて頂ければ私はこの場から引きます。」
「さっきも言っただろう?奏多が何に悩んでいるのかは知らないけど、俺は知らないって。君こそ根拠を示していないのに一方的に問い詰めても意味のないことくらいわかるだろうに。」
新城奏多。
彼女の話の中心は彼のことだ。
奏多は俺にとっても今では友人だと思っている。
蘭堂さんの恋人になったのは驚いたけれど、それでも優と仲良くしてくれるのは俺にとっても感謝しかないし、何より彼と話すのは面白い。
今までああ言うタイプの人間には出会ったことがなかったから。
「ーーわかりました、根拠を示せば話してくれると言うことですね?修学旅行の場に来てまで言うのはどうかと思いましたが、新城くんは私の友人です。彼のことを助けたいのでこの場で言わせてもらいます。」
高嶺さんは少し息を吸った。
そして、吐き出し心を決めたのだろう…言葉が口から放たれていく。
「ーーーあなたは新城くんが、見たと言う猫の面の女性に心当たりがある、と私は思っています。その理由はあなたがその女性を私と同様に見たからです。」
「ーーーー。」
俺は押し黙る。
その時のことは今でも鮮明に覚えている。
まさかその時のことを彼女に見られているとは思いもしなかったが。




