修学旅行の始まり
景色が目まぐるしく変わっていく。
俺はそれをただただ眺めていた。
田んぼや山、海と言った自然は見ていてとても気持ちがいい。
「ふぁ〜、ねむ。何でみんな元気なんだ。」
周りは気が狂ったようにワイワイと楽しさが伝わってくる、声がそこかしこで聞こえてくる。
俺にはこんなに朝早くから何でこんなに元気になれるのか甚だ疑問だ。
「奏多、昨日あんまり眠れなかったの?お菓子でも食べる?」
玲奈は俺の隣に座り、俺に甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。
寝坊しかけた俺を起こして駅まで連れて行ってくれた功績は大きい。
「あぁ、ありがとう。じゃあ、何か飴みたいなのあるかな。」
「のど飴で良ければ……ーーはい。喉に詰まらせないように気をつけてね。」
「ん。」
玲奈は包みを切って俺の口に飴を入れてくれる。
もう、ここまで来ると介護に近いかもしれんな。
「修学旅行か…。」
そう俺は今修学旅行の真っ只中なのである。
新幹線に乗るなりすぐに夢の世界に旅立ってしまった俺は周囲の騒ぐテンションに乗り遅れた。
と言うか、寝る前は隣の席は拓哉だったはずなんだけど、起きたら玲奈に変わっていた。
これは何てマジックなんだろう。
まあ多分、暇すぎてどっか行ったんだろうな。
「玲奈はいつから俺の隣に座ってたんだ?」
飴を舐めて意識がはっきりしてきた俺は尋ねる。
「30分前くらいかな。奏多が1人で寝てたから隣に座らせて貰ったの。」
「そうか、もう俺は起きたから友達のところに行っても大丈夫だぞ?」
「ん、奏多は私にどこかに行って欲しいの?」
上目遣いで俺を見るのはやめてくれ。
俺にはその目をされると断れない。
「そう言うわけじゃないけど…女子の集まりとかは?」
「うん、抜けてきちゃった。ーーでも奏多のところに行くって言ったらみんな理解してくれたよ。」
納得ではなく理解か…。
玲奈はこうすると決めたら相手に有無を言わせないからな。
となると…ヘイトは俺に溜まってそうだな。
「まあ、それならいいけど…寝てる俺のところにいるのは暇じゃなかったか?」
「ううん、奏多が寝てるの見てるのすごく幸せだった。可愛かったな〜。」
玲奈はうっとりとした表情で感傷に浸る。
と言うか寝ている俺に可愛い要素など皆無だと思うのだが。
こんなだらっとした玲奈の顔見るのはなかなか珍しい。
昔はよくあったんだけど、最近は完璧な蘭堂玲奈のイメージが先行してたからな。
「それはそれは…楽しそうで何よりだよ。」
俺はこう言う時の玲奈に何かを言うつもりはない。
「それより、奏多昨日眠れなかったの?」
そういやさっきも言ってたな。
「まあ、特に理由があるってわけじゃないんだけどな。ーー少し楽しみだったのかもしれないな、玲奈とは旅行に行ったことは何度かあるけど付き合ってからは初めてだから。」
「そ、そうなんだ。ーーうん、私も凄い嬉しいな。」
玲奈は顔を真っ赤にしていた。
多分俺も真っ赤になっていることだろう。
「な〜に見てるこっちも恥ずかしくなること言ってんだよ。」
タイミングが悪いことに目の前に俺の友人が現れた。
もっと言えば不良少年が。
「海星…何のようだ。」
俺は睨んでいただろう。
更に顔が熱くなるのが感じられる。
「そりゃ、奏多がここにいると思ってきたんだよ。」
「それはわざわざどうも、もうお帰りいただいて結構ですが。」
俺は今こいつを歓迎することはできない。
それは目の前のこいつが面白がって俺のことをからかいにきたことは明白だ。
「そう言うなよ。ーーーーそいつが彼女の蘭堂だっけか、久しぶりだな。俺と会ったことあるのは覚えてるか?」
俺の奥にいる玲奈にも話しかける。
「うん、覚えてるよ。おはよう西島くん。」
玲奈はいつも通りの完璧な蘭堂玲奈に戻っている。
さっきまであんなに取り乱してたのに本当にすごいな。
「ふーん、奏多がこう言うタイプと付き合うのは意外だったな。」
海星は玲奈を見定めるかのように見て、俺と見比べる。
「お前には関係ないだろ。」
玲奈を隠すようにしながら正面に立つ海星に正面を向く。
「ハッ。言うようになったじゃねえの。それでこそ俺の気に入ってる奏多だ。」
「どこを気にいったのか知らんが前から言ってるように俺は面白みのないと自負している男だぞ。」
海星はよくも悪くも快楽主義だ。
友達としてこいつと関わる分には悪いやつだとは思わない。
実際こいつは不良としてクラス…いや学校中から一目置かれた存在ではあるものの、特に問題を起こしたりはしていない。
しかし、人の好き嫌いが非常に激しいやつだと言うのは間違いない。
「奏多、俺はお前に期待してるんだぜ。俺の学校生活を充実させるのはお前みたいな”変わった”人種なんだってな。」
「そりゃどうも。」
玲奈が俺の制服の裾を少し引っ張る。
心配してくれてるのだろう、顔を見なくても何となくわかってしまうのは幼なじみの凄いところなのかもしれない。
気付いたら周囲がこっちに注目しているのが見て取れた。
少し騒ぎすぎたか。
「で、用がそれくらいならもう帰ってくれないか?随分と視線を集めすぎだ。」
玲奈がいるだけで注目が集まってしまうのに、海星という学校の異端児までいてしまえばこっちに集まる視線は異常なほど高まる。
「ま、そうだな。俺は別に周りが気になりゃしないがお前はそう言うの苦手なやつだったな。」
「ああ、それに玲奈も俺らが喧嘩してると思ってる。」
後ろにいる玲奈は俺らの関係をそこまで深く知らないはずだ。
「お、そりゃ悪かったな。ーーなら戻るとするわ。じゃあな奏多、それに蘭堂さん。」
「おう。」
「さようなら。」
玲奈は俺の後ろからひょこっと顔を出してちゃんと挨拶する。
海星は恐らく自分のクラスの連中の車両に帰ったはずだ。
あいつに団体行動がまともにできるとは思えないが。
クラスに戻っても腫れ物のように扱われてるのは知ってるから、俺も無理に帰らせるような形になったのは少し申し訳ないと感じている。
「ねえ、西島くんって奏多と話す時はいつもあんな感じなの?」
玲奈はやはり俺たちに疑問を持つか。
まあ、そりゃそうか。
「まあそうだな。俺や拓哉にはいつもあんな感じだ。」
「少し意外かも。友達とかから聞いた話だといつも不機嫌そうで話しかけられてもあまり答えないって聞いたから。」
確かにクラスの人から印象を聞いたらそんな感じになるかもしれないな。
学校でも海星とまともに話をできる奴はだいぶ限られているだろう。
「あいつは…ちょっと訳ありなんだ、だから人と結構壁を作ってる。でも根はそんなに悪い奴じゃない…と俺はそう思ってる。」
「そうなんだ、奏多が言うならそうなんだね、きっと。」
玲奈は俺に微笑んでくれる。
この笑顔はきっと俺にしか見せてくれないものなのかもな。
そうだと嬉しいって俺の願望だが。
玲奈の懸念していることもわかる、海星は一見まともな奴じゃない。
でも、それは表面上のものだ…中身はもっと異常だ。
俺も海星の問題を全て知っているわけじゃない。
知っているのは一部なのかもしれない。
それでもあいつと俺は友人、いや親友だ。
普通の友人とはまた違うのかもしれない。
歪で曖昧で不透明な何か、それは俺と海星にとって丁度良いのだろう。
「まもなくーーー駅ーーー駅でございます。お荷物をお忘れなくお持ちになってください。」
車内アナウンスが流れる。
もう修学旅行が始まる。
無事に終わるといいななんて頭の中にはそのくらいしか考えついていなかったのだ。




