支える番
「玲奈、何かあったのか?」
俺は昼休み、弁当を食べ終わったところで玲奈に聞く。
今朝から何か調子が良くなさそうな気がしたんだが
「ううん、大丈夫だよ。心配してくれてありがとうね。」
と言われてしまう。
何かを隠しているのか?
けど玲奈が俺に隠し事をしたことなんてあっただろうか。
玲奈が誰かと一緒に街を歩いていたと言う噂を聞いて、俺が誰かと付き合っているのかと勘違いしていたことがあった。
それを知った玲奈は突然、家に上がり込んできて健人であることを泣きながら伝えてきた。
一晩中、「信じて〜。」って泣いてたのを覚えてる。
俺はそれで全然信じたのだが、それでも懸念があると思ったのか当人である健人まで連れてきて、俺に説明させたのだった。
つまり、それほどまでに玲奈が俺に何か隠していることがあればその憂いを晴らすことくらいはするはずなのだ。
それをしないと言うことは何にもないと言っている玲奈は嘘なんかついていないのか…もしくは俺が知ることで俺に何かしらの良くないことが起きるのか。
「どっちだとしても、心配だな。」
今までは玲奈が俺の心配をしてくれた。
俺ももちろん玲奈のことは心配してたし、大丈夫かなと思った時期もあった。
それでも俺の力なんか必要としないくらい簡単に玲奈は解決してしまうのだ。
俺は今動くつもりはない。
玲奈が大丈夫と言うのならそれを信じてみたい。
けど、玲奈が危機に陥ったのなら俺が助けなければ。
それだけは胸に誓った。
「そういや、奏多は試験どうだったよ?」
俺は拓哉が試験の結果を尋ねてくる。
わざわざ聞くまでも無いと思うが。
「どうと言われてもいつも通りだな。玲奈が教えてくれたから少しは順位が上がったけど。」
実際は高嶺のおかげもある。
文系科目は何とか学年の真ん中を超えることができたのだ。
あの2人にはまた感謝しとかないとな。
「ちぇ、お前はずるいよな〜。あの蘭堂さんが付きっきりで教えてくれるんだからよぉ。」
拓哉が物欲しそうは目でこちらを見る。
指を加えるな。
運動部のデカい男がそれをやると異常な気持ち悪さだな。
これは決して拓哉本人を貶したわけでは無い、単に世の中一般的にそうだろうって話だ。
「聞こえてる聞こえてるっての!!!心の声漏れすぎなんだよ。」
「あ、悪い。」
隠しきれなかったか…。
「で、お前はどうだったんだよ?」
「…。」
拓哉は黙り込んだ。
と言うよりテンションが壊滅的に落ちている。
「この後補習だ…。」
「そうか。」
それ以上聞く必要などなかった、彼の勇敢なる戦死に敬礼を。
「だから、聞こえてるって!!」
俺に隠し事は向いていないかもと思った。
「修学旅行か。」
もう、そんな時期だ。
中間試験を乗り越え、学校の雰囲気も修学旅行一色になってきた。
俺に関してはいつも通り拓哉と海星と馬鹿をやるのだろう。
玲奈とどこかに回れたらいいなってくらい。
「奏多はどこ回るか決めてるの?」
俺の隣にいるのは玲奈だ。
今日は一緒に帰ろうと俺が誘った。
玲奈はとても喜んでくれたが、どこかやはり完全に元気では無いような。
思い過ごしならいいが、俺にできることは少しでも玲奈を元気付けることくらいか。
「いや、まだ完全には。海星が来るって決まったからもう一度調整し直しているんだ。」
「そっか。西島くん来れることになってよかったね。」
「まあな…。玲奈って海星と関わりあったっけ?」
「そこまで話したことはないと思うけど、一度だけ話しかけられたことあるんだ。」
「あの海星が!?」
珍しいこともあるもんだ。
海星に関しては男子、女子共に興味がない。
正確に言うと海星に取って興味があるのは面白いやつだけらしい。
だから、そうではない相手には全く興味を示さない。
俺があいつと友人になることになったのもきっかけがあるのだが、かなり大変だったのは覚えてる。
「うん。奏多の幼なじみだろって。」
「さすがのあいつでも玲奈のことくらいは知ってたか。」
玲奈は学校全体でも有名人だ。
それに匹敵するとしたら春沢の彼氏である滝谷か一個上の先輩で現生徒会長。
生徒会長の方は学年が違うのもあってほとんど知らないが、玲奈よりも美人だと言う人もいるくらいの美貌の持ち主らしい。
まあ、直接みたのは全校集会で壇上に立っている姿だけなので、遠くからでは玲奈と比べるのは難しいが確かに綺麗な人だった。
「奏多?女の人のこと考えないでね。」
君は心が読めるんですか。
と言うかさっきの拓哉の時といいそんなに声に出てるのか…。
「声には出てないけど、何となくね。隣に彼女がいるんだから一緒にいる時は私のこと考えて欲しいな…。」
「わ、悪い。」
可愛いな…わかってたことだけど、やっぱすごいな。
もう惚れてはいるんだけど心のままに抱きしめてしまうそうで怖い。
「そ、そういや海星の話だったな。あいつ玲奈に何のようだったんだ?」
「確かあの時は滝谷くんのことを聞いてきたの。」
「滝谷?」
「同じ中学らしくて、滝谷くんよりテストで順位が高いことが信じられないから、カンニングしてるんじゃないかって。」
「あの野郎…。」
海星のやつそんなことで玲奈に話しかけてたのか…。
確か高校に入ってからテストの順位の上位2人は一度も変動していない。
一位が玲奈で二位が滝谷。
しかも3位以降と圧倒的な差をつけて。
「でも、納得してくれたから大丈夫だよ。」
「そうか。」
あいつは勘の良いところがあるからな…話しているうちに玲奈が頭が良いのがわかったのかもしれない。
だが、それより気になるのは滝谷と海星の関係か。
一見仲が良くなりそうにない2人に見えるが。
海星は優等生というやつに異常な嫌悪を抱いている。
中学の頃、喧嘩してるのをチクられたとか何とかで。
あいつは本当に終わってるな。
俺が言うのも何だけど。
「奏多の班は大谷くんと西島くん?」
「ああ。玲奈はいつもの3人組だろ?」
「うん、優と香織。」
「まあ妥当なところだな。」
「ねえ、奏多?ーーーー香織のこと気にしてる?」
玲奈は躊躇いがちに聞いてくる。
それは何を意味してるのかはわかってる。
玲奈と恋人になった翌日、本橋には随分と批判されたものだ。
「いや、特には気にしてないな。」
それは紛れもない本心だった。
「本当?」
玲奈にとっても気にしていることだったんだろう。
玲奈にとって本橋は仲の良い友達だが、俺と本橋は何も関係もない。
いくら玲奈の幼なじみとはいえ、俺が玲奈の彼氏では不足だと直感で感じたのだろう。
「ああ、直接言ってくる分遠巻きに見られるよりずっとマシだよ。」
直接言ってくるのは、勇気のいることだ。
少なくとも今まで直接相応しくないって言ってきたのは不良の先輩か、紫さんくらいだ
本橋は俺の思っている以上に真っ直ぐな人間なのかもしれないな。
派手な見た目はそれを隠すための衣のようにも見える。
「それならよかった。香織は悪い子ではないんだけど、奏多のことよく知らないから。」
「それはそうだよな。俺のこと知ってる奴なんて学校じゃ稀だ。今はわからないが…。」
正直今は玲奈のこともあって随分と過剰に目立ってしまっているだろう。
玲奈と付き合うことでそれは覚悟してはいたのだが、俺にとって良い印象を持っているのは男女ともに少ない可能性が高い。
特に男子は…。
「奏多のこと悪く言わないように言っておいたから、それでも悪く言われたら教えて?ーーお仕置きするから。」
「お、おう。」
お仕置きって何なのだろう。
とても怖いものの気がする。
一回健人に怒っている玲奈を見たことがあるが、それはそれは恐ろしかった。
俺には怒ったことはないが、玲奈は聖人君子ではない。
怒る時はしっかり怒るのだ。
俺も怒られたいと言うわけではないが、玲奈がもし俺に対して怒ったとしたらそれはどんな時なのだろう。
少なくとも今は想像できない。
例えばだけど、小学生のようにここでスカートをめくったとしても怒りはしないだろう。
しないけど。
恥ずかしがったとしても怒ることはないと思う。
「私はね、奏多には幸せでいて欲しいの。私のことでいっぱい奏多には悲しい思いをさせてしまったけど、それでも奏多を幸せにするのは私でいたい。わがままだよね…。」
「玲奈は考えすぎだよ。」
玲奈が何かで悩んでいることは雰囲気でわかる。
でも、その具体的な内容は俺にはわからない。
「俺は玲奈といて不幸だと思ったことはない。こんなに綺麗で優しい幼なじみが俺のことを好きでいてくれるなんて、そんな幸せなこと普通の人だったら味わえないよ。ーー玲奈は俺のこと煩わしいって思ったことある?」
「そんなことあるわけないよ。私はずっと奏多のことが好きで、やっと好きになってもらえて…すごい幸せ。」
「俺も同じだ、だから心配することないよ。俺と玲奈は今までずっと一緒にいられたんだ、これから先だって同じだろ?」
「うん、ありがとう。ーーーーーー奏多はすごいね。いつも私のことを嬉しい気持ちで一杯にしてくれる。奏多にしかできないことだよ。」
玲奈はそう言って、俺の腕に抱きついてくる。
昔から玲奈は俺の腕にコアラのようにくっついてくることが多かった。
その懐かしさを感じ、俺は振り払うことなく、家までそのまま帰ったのだった。
俺はずっと危険視してた。
面倒なことが怒ることを。
けど、面白いことは好きだ。
だから俺は俺の近くに面白くなりそうなやつを置いておきたい。
「俺の知らない間に付き合うってのは、相変わらず面白いやつだな…奏多。」
俺はそんなに頻繁に学校に行ってない。
もちろん留年はしない程度にはコントロールはしているが。
周囲は俺のことを不良だと思ってるらしい。
まあ、実際そうなのかもしれないな。
「いつから俺はこんなに曲がっちまったのか。」
隣に寝ている、裸の女を見てそう思う。
この女のことはそんなに知ってる相手じゃない、確か近くにある大学の人だ。
だからそんなに興味はないし、起きて部屋から出ればこの先もう一度会うことはないだろう。
「んー」
女が目を覚ましそうだ。
俺は思考を戻す。
どうすれば面白くなるのか…奏多が蘭堂玲奈と付き合ったのは想定外だったが、その想定外は俺にとって好みの方向に転びそうだ。
だから修学旅行に行くことにした。
拓哉や奏多といるのも悪くない、あいつらは俺の中で面白い友達と呼べる数少ない連中だからな。
「さあて、どう面白くしてやるか…。期待してるぜ、奏多。俺はお前ならアイツを動かせると思ってるんだからな。」
俺、西島海星はそう遠くない先に久しく高鳴ることもなかった感情が震え始めていたのだった。




