主人公の関わらない戦い
「覚えているかって…そもそも知らないよ。趣味の悪い面なんか日常的につけている人なんて。」
私は過去の記憶を遡る。
だが、そんなものに該当する人間はいなかった。
と言うより、そんな人が知り合いだったのなら印象が強すぎて忘れないだろう。
「仮面は確かに昔はつけてなかったね〜。でもそれは君も同じじゃないか?」
「…どう言うこと?」
彼女の真意が読み取れない。
元々真意を読み取らせないように道化を演じている可能性があるのも考えられるけど。
「君だって仮面をつけてるじゃないか…少なくとも奏多くんは君の汚い部分を知らないでしょ?」
「本当にコソコソ嗅ぎ回るのが好きみたいね…。でも、私に奏多に隠していることなんかない。」
「本当にそうかなぁ〜。私は奏多くんのことを調べるうちに、君のことも多少は興味が湧いてね。奏多くんほどじゃないけど気に入ってはいるんだよ。」
「それはどうも。でも、私はあなたのことが嫌い。奏多のことを傷つけて、私を奏多から遠ざけようとしたことは許すことができない。」
彼女に対して特別な感情を抱いているとしたら、それは怒りだ。
今でこそ結果的に恋人という現状最高の関係に落ち着くことができたけど、それはあくまでそうなったという私の中でも奇跡的に近い良い意味での誤算。
もし、あのままだったら…私の手をどれくらいの時間になるかはわからないけど、短くない期間私から離れていたことだろう。
「うん、それは私としても本意じゃないんだよ。」
「自分でやっといて…!!!」
私の中で怒りが膨らみ、大きくなってくる。
こんなに怒りが湧いたのは中学の頃奏多のことを虐めていた、先輩以来だ。
「私としても今すぐ奏多くんに謝罪したいくらいなんだよ。あの時もう少し君がくるのが遅ければ彼は私の元に堕ちていただろうからね。中途半端に追い詰めてしまった、それだけは無念でならないんだ。」
「ふざけないでっ!!ーーあれのせいで、奏多がどれだけ傷ついたか…あなたは不用意に彼方の心を痛めつけた。」
「それは認めざるを得ないね。でもーーーーーーそれは君の方が罪が重いだろ?」
「ーーーーーーは?」
多分間抜けな声が出ていたと思う。
私はそれくらい彼女が何を言っているのかわからない。
「ーーーーーー意味がわからない。」
「本当に…?」
彼女がそう問いかけてきた時、周囲の温度が急激に下がった気がした。
それは怒っているというより、私に対して明確な敵意を剥き出しにした証拠だった。
今まで道化のようにどこかふざけた雰囲気を漂わせた彼女が見せた初めての本心。
その重さは私の想像を上回ってきた。
「思い当たる節があれば奏多に謝ってる。あなたと違って素顔を晒して、正々堂々謝ることだってできるんだから。」
私は引くわけにはいかない。
この女は奏多に害するものだ。
明らかに奏多に対して異常な感情を抱いているし、何より彼女が現れてから、奏多は苦しみ始めた。
「確かに私はまだ、彼に素顔を晒すわけにはいかないね。けど、君がやってきた罪は私のそれよりも遙かに重いだろう。」
「だから、それが何なのか聞いてるの!!!」
彼女は大きく息を吸い込んだ。
それを吐き出しながら、一言私に告げる。
「彼の出会いを多く奪ってきただろ?」
ズンと頭をハンマーか何かで殴られたんじゃないかって衝撃を受けた自分がいた。
そうだ…この女のペースに乗ってはいけない、奏多がそうなってしまったように。
「君は奏多を守っているつもりだったのかもしれないが、君が奏多くんの近くで目立てば目立つほど彼はその存在を周囲から感じてもらえなくなる。」
「それは…でも奏多は私と一緒にいたいって言ってくれた。私のことが好きだったのも知ってる。そのために頑張ってくれていたことも。」
だから他の人に私と奏多のことに関わって欲しくなかった。
それは友人であろうが、両親であろうが誰だとしても。
「それだけじゃないだろう?ーーーーーー君はそうやって彼のことを縛りつけたんだ。彼に選択の余地を与えないことで、彼が離れることができないよう、何重にも鎖で押さえつけて。」
「ーーーーっ!」
「君の気持ちもよくわかるよ。不安だよね、いくら奏多くんが君のことを好いていてくれても周囲が邪魔なせいで彼は踏み出せない。そうなれば奏多くんは他の人に目を向けるのかもしれない。そうしたら幼なじみとしての君の役割はお払い箱さ。」
「あなたに私のと奏多の何がわかるっていうの…知ったような口を聞かないで。」
私が声を張って出せる、言葉は限られてきた。
この女に私と奏多の大事な思い出が次々と汚されていくようで。
「わかるさ。私だって奏多くんのことを自分の手元に置いておきたいさ。けれど、君のような手段は決して取らない。それは奏多くんのことを傷つける結果になるとわかっているからね、周囲から常に蘭堂玲奈と比べられ、他の女性を見ることすらできなくなれば彼は壊れてしまう。」
私はいよいよ、黙り込んでしまった。
そんなこと思ってやったわけじゃない。
奏多を守りたいって気持ちは嘘じゃない…奏多のことを一番に考えて行動してきた。
でも、自分の心の中にこの女が言うような卑しい感情があったことを否定できない。
奏多のことを誰にも渡したくない。
彼のことを幸せにしてくれるなら、私でなくても…なんて建前。
その位置に私以外が座ることを絶対に認めたくない。
だから、奏多が私のことを選んでくれるように彼から私以外を奪った。
「いや、もう壊れているね。
彼は君がそうやって追い詰めたことで中学の頃壊れた。君のために頑張ったと言う行為は君の愚かな行為によって彼のことを壊すためだけの歪んだがんばりに成り果てたんだよ。」
「そんなこと…私は嬉しかった。奏多も私と一緒にいてくれたいんだって感じられた。」
「でも、君は奏多くんの頑張りなんか及ばないくらい遠くへ輝いていっただろう?彼のことを思うなら、もう少し目立たないようにすることも出来たはずだ。それでも君の歪んだ愛情は止まることを知らなかった。」
怒っているのだろうか…いや、もうそんな雰囲気ではない。
私のことを哀れんでいる。
「君は、奏多くんがいくら頑張っても届かないって思わせることで、彼から頑張ることを辞めさせたかった。そうすれば彼は輝かずに他の人から見られることがなくなる。」
言葉は続く。
私にもわかる。
なんでこの女は私のことを、奏多のことを知っているのだろうか。
「そうして、君は奏多くんがいつまでも自分のことが好きな幼なじみで、君以外の誰にも見向きもされない男の子でいて欲しかった。」
奏多が中学のテストでクラスで一番を取った時私の中で嬉しいと言う感情よりも大きかったのは焦りだった。
もし、このまま奏多ががんばり続けたら?
私以外の女の子もきっと奏多のことを好きになってしまう。
彼は優しい、優のように勘の良い女の子であれば気付いてしまうように。
だから、私はより目立つことにした。
奏多がいくら頑張っても、私と比べて劣ると周囲が思い込むように。
結果的に成功したのだろう。
奏多はその時ほど頑張らなくなっていったし、私と比べられることが嫌に感じるようになってくれた。
「春沢優の時は結構危なかったよね?高校生になって、コミュニティが大きくなったことで君とは違う輝きを持つ人が現れるようになった。奏多くんは君に憧れを抱く一方で君に届かないから代用品に手を出しかけた。」
「そこまで、調べてるんだ。」
「もちろんだよ、君が唯一足がつくかもしれない方法で止めざるを得なかったんだから。」
「…。」
「無茶した甲斐もあって後の一年近くは落ち着いて過ごせただろう。でも、こうして私が現れたことでまた窮地に陥った。」
「そんなことない…私は今奏多の恋人。それは変わらない。」
そう、私は今奏多のことを最も近くに感じられる人になった。
学校でも大方周知の事実になってきている。
確かにここまでのことは奏多に辛い思いをさせたかもしれない。
でも、それはこれから先、それより遥かに大きな幸せを与えることで贖罪する。
「そうだね、確かに今奏多くんは君の恋人になった。私の思惑通りにね。」
「何を言って…!?」
「君のことを本当に奏多くんから遠ざけるには奏多くんから離れるだけじゃ足りないんだよ。それをここまで嫌ってほど思い知った。」
彼女はため息を吐く。
「だから、君たちが如何に恋人として成立しないかを知ってもらうことにしたんだ。」
「そんなの、こじつけでしょ。あなたにそんなことコントロールできるはずない。」
「私は君ほど才能に満ちてもいないし、奏多くんと過ごした時間も少ない。けれどね、そんな私でも奏多くんを手に入れることができるんだよ。ーー私が仮面を取って彼の前に立つ時…その時こそ彼が、私のものになった時なんだ。」
「勝手に言ってなさい。私は絶対に奏多を渡さない。ーーーーーーあなたには絶対、それは…」
自分に誓う。
私は奏多が私に思うような完璧さはない。
寧ろこの女の言うように汚い心を持っているのかもしれない。
でも、この女は奏多のことを幸せには出来ない。
それは私にも断言できる。
何故ならこの女は
「奏多のことが好きじゃないから。」
私は言葉を突きつける。
口論するつもりはないが、渡したくないもののためになら私は言葉という刀を持とう。




