恋人関係と邂逅
「新城が、まさか玲奈と付き合うとはね〜。だいぶ意外だったかも。」
目の前でパフェを頬張る春沢が言う。
「まあ、蘭堂さんが元々奏多のことが好きだったのなら色んな辻褄が合うよな。」
春沢の隣に座る滝谷遼も納得したように頷いている。
「ん〜、どう言うこと?」
春沢はわからないようで滝谷に聞き返している。
「蘭堂さんって今まで誰とも付き合ったりしていないだろ?あれだけの人数から告白されて、心が1人にも靡かないとしたら、そもそも恋愛に興味がないか好きな人がいるかしかない。奏多という好きな人がいるなら、誰とも付き合わないのも理解できる。」
「なるほどね。ーーー何で今更そんなこと言ったの?新城と玲奈って幼なじみ何でしょ?」
対面に座っている俺と玲奈に尋ねてくる。
まず何でこんなことになっているのかと言えば、俺と玲奈は朝の件でもちろん注目の的になってしまった。
あの蘭堂玲奈が恋人を作ったと言う話題はすぐさま全校に広がってしまい、学年を問わず多数の生徒が休み時間の度に教室に観にくると言う事態にまで発展した。
結局収拾をつけることは難しく、放課後になるまでひたすら周囲の目に晒され続けた。
そんな訳で簡単に帰れそうになかったため、春沢の助言で滝谷、春沢、俺、玲奈の4人で元々遊ぶつもりだったと言う架空の予定を作り、何とか逃げ出してきたのだ。
そして、今俺たちは学校から徒歩20分ほどの春沢の行きつけというカフェにいる。
更に言えば結局2人に問い詰められているのだった。
「幼なじみではあっても、付き合うかは別問題だろ。昨日そのきっかけができたから玲奈と付き合うことになっただけだよ。」
「だったら、そのきっかけって何?」
春沢はひかない…俺にここまで詰め寄るのも珍しいな。
そもそも春沢が他人事に興味を示していること自体が珍しい。
「そこまでいう義理はないだろ。」
「ふーん、思ったより秘密主義なのね。」
春沢は残念と言った感じで、不満の目を俺に直接向けてくる。
「優だって、滝谷君との馴れ初めとか聞かれたくないでしょ?私たちだって恥ずかしいの。」
玲奈は俺のフォローをするように援護してくれるが
「私はそんな恥ずかしくないけど?」
何ともないように春沢は言ってくる。
そうだ、こいつはそういう奴だった。
「とは言え、滝谷だって嫌だろう。春沢は良くてもさ。」
俺は一縷の望みで滝谷の方を見る、そうすると滝谷も察してくれたようで
「そうだね、少し恥ずかしいかな。優、あんまりしつこくすると2人に嫌われてしまうよ?」
「う、それはやだ。」
春沢も流石に滝谷の言葉で退くつもりになったのか前傾になっていた姿勢を戻して、ジュースを飲み始める。
そうして少し会話が落ち着いたところで
「……っ!!!」
俺が座席の上に置いていた左手に、玲奈の右手が重ねられた。
俺は反射的に玲奈の方を見てしまったが、玲奈は何食わぬ顔でニコニコしている。
「ん、じゃあ私たちの話はこれくらいにして、そろそろ中間試験の勉強でもしようか。」
玲奈はそう言って器用に左手を使って教科書を開く。
その間も右手は俺の左手を触ったままだ。
それどころか…手を細かく動かしてくるせいで、くすぐったい。
「そうだね。俺も優にしっかり勉強を教えなきゃと思ってたところだったんだ。」
「え〜、勉強はめんどいよ〜。そんなの家ですればいいじゃない。」
「だめだ。この前赤点ギリギリだったろ?ーーー優が赤点取ったら部活にも支障が出て、絵も描けなくなっちゃうだろ?」
「それは確かに困るわね。ーーーーーーー仕方ない…遼、テストに出るとこ教えて。頑張って暗記するから。」
「全く…まあ少しはやる気を出してくれてよかった。」
2人も勉強するという方向で話は固まったらしい。
「じゃあ私たちもやろっか、奏多。」
玲奈は他の人には見せないであろう妖艶な笑みで俺のことを見ながら、手を更に強く握ってきたのだった。
「全く、ああいうことするのは勘弁してくれよな。勉強どころじゃなかったじゃないか。」
俺は帰路に玲奈と着いていた。
その途中俺は文句を言う。
いや言うべきであるだろう…何故なら全く集中どころじゃなかった訳だし。
「ごめんなさい。奏多と優が仲良しに見えちゃったから少し寂しかったの。次からはもうしないから許して。」
そう言って頭を下げてくる。
「はあ、もういいよ。そこまで怒ってる訳じゃないしな。それより俺と春沢が仲良く見えたって?」
「うん、お互いに言いたいこと言い合ってるような。」
まあ、春沢と玲奈じゃ関係が違うからな。
春沢は戦車のようにこっちのことお構いなくガンガン距離を詰めてくるせいで、こっちもつい距離感が分からなくなってしまう。
「確かにそう見えたのかもしれないけど…。玲奈の好きとは違うから。悪かったな…もっと玲奈と話すべきだった。彼氏としての自覚は足りなかったかも。」
顔から火を吹きそうだった。
玲奈に好意を伝えることがこんなに体が暑くなるほどの緊張感を伴うとは。
長年一緒にいたせいで改めて言葉にするととてつもなく恥ずかしい。
「ふふっ。ありがとう、奏多がそう言ってくれるだけで私は幸せだよ。」
玲奈は俺の右手を握ってきた。
それは今までとは違い、指と指を絡めるもの。
俺は今度は自分の意志でこちらからも手を強く握る。
「ったく…これだから俺はお前のこと怒れないんだ。」
俺がそうため息を吐きながら言うと、玲奈は嬉しそうに俺に微笑んでくれたのだった。
「なんだ…こんな簡単なことだったのか。」
俺は1人部屋で言葉を漏らす。
玲奈と別れ、自分の部屋に戻った俺は今日のことを振り返る。
実際今日一日、注目され過ぎたことで疲れは異常にある。
こんなのを毎日澄ました顔でこなしている玲奈はとんでもない存在であるとも言える。
でも…逆に言えば1人でその注目を集めていない分、マシだった。
中学の頃は玲奈の幼なじみの邪魔者として扱われていたため、俺1人が邪魔者扱いの注目を集めてしまったが、今回は玲奈に恋人がいると言うことで注目が集まったため、厳密には俺と玲奈がセットで見られている。
そのため俺の心情的には、近くに玲奈がいるなら少しは安心できると言うことで昔ほどの逼迫した感情はない。
「まあ、大変なのはこっからか。」
そうあくまで今日は噂が広まった日だった…それでも大した人数が集まったものだが。
明日以降すぐには収束することはないだろう。
そのため俺はこれからいくつかの選択を強いられることになるかもしれない。
玲奈と2人なら乗り切れるような気もするが、例の猫の面の女もいる。
彼女の正体がわかっていない以上安心はできないだろう。
直接会いにくるくらいだから…きっと玲奈と付き合っているってくらいじゃ諦めてはくれないだろう。
俺にとっても早々に決着をつけたい問題ではあるが、焦って結論を出せば今までのように良くない結果をもたらすことは明白だ。
「頑張る…しかないんだもんな」
周囲の目も猫の面の女も…何とかすることが俺たちにとって付き合うことの第一歩なのかもしれない。
「高嶺、この前は相談に乗ってくれてありがとう。おかげで、自分のしたいことがわかったよ。」
俺は図書室で目の前に座る少女、高嶺に礼を言う。
彼女には感謝してもしきれないほどの恩がある。
実際俺には感謝くらいしかできることがないと言う無力さもあるが。
「いえ、私は思ったことを言っただけですから。それよりも、かなり…新城くん、話題になってしまいましたね。」
「ああ、そうだな…。」
俺は目を背ける。
こうして図書室にいても、周りが俺を見ている気がする。
勘違いであって欲しいのだが。
「まさか、新城くんの幼なじみさんがあの蘭堂玲奈さんだったとは思いませんでした。」
「高嶺も玲奈のことを知ってるんだな。」
「それは知ってますよ…あの不落の要塞の噂は有名ですから。」
「ああ、そんなこともあったな。」
高校入学当初、玲奈は当然人気を集めてしまい学年問わず多くの男子生徒が告白し散っていった。
その中でも同じ日に15人からの告白を受け…全員を返り討ちにした伝説を残したことで不落の要塞と呼ばれていた時期があった。
言っちゃ悪いが友人の少ない高嶺も知っていると言うことは学校のほとんどの生徒が知っていると言うことなのだろう。
「付き合いたてなのに私と一緒にいていいのでしょうか?」
高嶺は少し心配そうにしている。
「それなら大丈夫だ。玲奈にはちゃんと言ってきたし、高嶺は俺たちが付き合うことになったきっかけでもあるしな。玲奈も快諾してくれたよ。」
「そうですか…。なら良かったです。怒られてしまうかもしれないと思いましたので。」
「玲奈のこと怖いのか?」
「いえ、あまり話したことはありませんがとても優しい方だと聞いています。ですが、私自身が人にどう思われるのか不安に思ってしまうだけなので。」
「そうか、まあそのうち玲奈に高嶺のことを紹介するよ。多分仲良くできると思う。」
「ご迷惑をお掛けしないといいのですが。」
個人的には玲奈と高嶺は仲良くできると思っている。
根拠としては俺と高嶺はどこか雰囲気が似ている部分があるし、その俺と仲がいい玲奈ならば高嶺ともきっと良い関係を結ぶことができるはずだ。
それに玲奈はコミュニケーション能力も優れているから…余程の人で無い限り友好関係になることができるだろう。
「では、彼女さんは今日お一人でお帰りになられたんですか?」
「いや、友達と帰るって言ってたな…誰かは知らんけど、まあ言われてもわからないだろうしな。」
俺たちに関して言えば普通のカップルと違って浮気どうこうをそんなに気にすることはないだろう。
玲奈が現状他の誰かと付き合っているイメージは湧かないし、俺も然りだ。
でも確かに誰と帰ったのか気にならないこともないか…誰なんだろうか。
「来てくれたはまず感謝しておくよ。ありがとう。」
私は奏多と離れ、今学校の屋上にいる。
屋上は通常はいることができないのだが、目の前にいる女は屋上の鍵をどこからか入手してきたらしい。
「それで、わざわざ呼び出したのはどう言うことなの?」
私は敵意を隠すことができない。
いや隠す気など最初からない。
「あ〜、怖い怖い。そんなんじゃ折角付き合えたのに奏多くんに嫌われちゃうよ?」
彼女の真意は推し量れない。
猫の面の奥にある表情は一体どのようなものなのか。
「まあ、君とそんなに世間話なんてしても面白くないから早速本題に入るとしようか。ーーーーーー君は私のこと覚えているかな?」
そんな問いから私たちの戦いは始まったのだった。




