恋人という関係
俺は朝目覚めると、昨日のことを思い出してしまう
「…ーーーっ!!」
恥ずかし過ぎて気が狂いそうになった。
高嶺にあんな赤裸々に自分語りしてしまい、玲奈に告白したり、…キスしてしまったり。
全ての記憶が思い返され、ベッドの中に再び頭を突っ込んで叫んでしまった。
音はかなり吸収されるはずだし、両親の部屋は遠い、妹はこの家にはいないので騒音で迷惑はかからないだろう。
「ーーーーーーーはぁ。ーーー疲れた。」
叫び疲れた。
それだけでなく過去を思い出してしまうとその記憶を再体験してしまうような気がしてしまうため、肉体は疲れなくとも心は疲れてしまう。
玲奈にこれからどんな顔して会えば良いのだろうか。
いや、俺がこんなんでどうする。
玲奈の方が突然告白されたのだから動揺してるはずなのに。
「でも玲奈ならすぐに冷静になってそうな。」
玲奈は確かに一時的にテンションの波があるときはあるが、長引かない。
過去と現在に上手く線引きができる人間なんだろう。
俺は今のように過去を振り返ると絶叫したくなるような気分になる時がある。
「私のことがどうしたの?」
そんなことを考えていると、後ろから声が聞こえた。
ついでに布団に突っ込んでいて俺の頭についていたのであろう、糸くずを取ってくれる。
「れ、玲奈っ!!ーーーどうしてここに!?」
俺はさっきせっかく声を布団で抑えていたのを忘れたかのように驚いてしまった。
「どうしてって、奏多のこと起こしてあげようかなって。迷惑だった?」
何のこともなさそうな表情をしているが、俺にとっては心臓に悪いのであらかじめそういうことをするのなら言って欲しい。
「いや、そんなことは…。ーーってかどうやって入ってきたんだ?」
そもそも玲奈と俺は幼なじみではあるが、両者の家に好き勝手に入ることなんかできやしない。
鍵がなければ入れないんだから。
「それは奏多のお父さんに言ったら開けてくれたの、お母さんも歓迎してくれたみたいでよかった。」
親父…簡単に入れるとは。
うちのセキュリティ甘すぎ問題。
「でも、何でわざわざ?」
「それは…恋人になったんだし、少しくらい浮かれてしまうじゃない。」
玲奈は恥ずかしそうにそういう。
俺だけじゃなくて玲奈も恋人というのがどのようにしていくものなのか迷っているのかもしれない。
普通の恋人関係として始まったならともかく俺と玲奈は距離が近過ぎた。
恋人としてやることだって、今までに何個かしているのかもしれない。
「さ、起きて。今日は一緒に学校に行くの。」
玲奈は俺に巻きついた布団を引っぺがす。
「うお…っと。ーーーってえ?」
「当たり前でしょ。折角恋人になったんだから。」
「あ、そうですか。」
俺に拒否権はないのかもしれない。
まあ、恋人になるって決まった時からそうすることもあるのかなとは考えていたが。
教室に入り、席についた俺は疲弊しきっていた。
「まさか…あんな人に見られるとは。」
恐らく俺たちが付き合っていると思った人は少ないだろう。
玲奈と俺が幼なじみであることはもともと知られていたことではあった。
しかし、玲奈の隣に立つという意味がこんなにもすぐに実感できるとは思わなかった。
玲奈はその容姿で人から見られる。
それはもう…芸能人でも歩いてきたんではないかってほどに。
でもそれだけではないだろう…付き合うに値しないと思われていたとしても男子が隣にいるというだけで恐らく人数が増えていたはずだ。
もっと早くて登校している人が少ない時間を狙うべきだったか。
玲奈と付き合っているということをひた隠しにしたいわけじゃないが、改めて人に注目されるということの大変さを知ったのだ。
よく玲奈はこんなのを毎日やってられるな。
「はい、飲み物。喉乾いたでしょ?」
玲奈はそう言って水筒からお茶を注いでくれる。
季節としてもだいぶ夏に近づいているため、喉を潤すのに助かる…が明らかに今までの玲奈とは違う雰囲気に周囲も驚きを隠せないようだ。
いくら幼なじみとは言えそこまでするか…と声にしなくとも伝わってくる。
「あ、ありがとう。」
「ううん、私がしたくてしてることだから奏多は気にしなくて良いよ。」
これは近いうちどころか、すぐにでもどういうことなのか聞かれてもおかしくないな。
俺の想像している以上に玲奈の学校での人気と注目度は大きかった。
隠そうとしても隠すことなんかできないだろう。
「なあ、玲奈…恋人関係だってこと言った方が良いのかな?」
俺は少し小声で玲奈だけに聞こえるようにしていう。
「んー、自分からいう必要はないと思うけど、そのうち聞かれるんじゃないかな。」
玲奈がそう答える。
まあ、そうだよな。
その時、ただの幼なじみではなく恋人関係であると伝えれば間違いなくさらに面倒な状態になるだろう。
今までは幼なじみではあるが、今はそこまで親交のない人ってことで通ってたのに急に恋人だ。
そんなの今季最大のスクープになるだろう。
タイトルを付けるとしたら
「あの学園のアイドル蘭堂玲奈に恋人が!その相手は何と、パッとしない幼なじみ!!!」
とかになるんだろうか。
俺は周囲は気にせず玲奈を最も大事にすると決めたわけだが、それでも全く気にならないってことにはならないだろう。
玲奈はいつでも注目される存在だし、それに見合わない俺が叩かれるのも当然の流れだ。
でも、そういう道を選ぶって決めたんだ。
俺には何をどうこうする力なんかありゃしないが、それでも守るべき大切な存在が見つかったんだ…それくらいは守って見せる。
「おおおおおおおおぉいいいいいいい!!!!奏多ぁぁぁぁ!!!」
そんな大声と共にまるで、教室の扉を壊すんじゃないかって勢いで、飛び込んできたスポーツマンが俺の首根っこ掴む。
「奏多、お前、蘭堂さん、どういうことだ???」
お前がどういうことだ…と言いたいところだが。
「とりあえず、落ち着け。玲奈もびっくりしてる。」
そう言って、首を掴んだ手を取り外すと
「ら、ら、蘭堂さん!!?ーーーーーーーってことはやっぱり?」
拓哉は更に取り乱してしまった。
こいつに説明するのは一苦労だな。
「おはよう、大谷くん。少し落ち着いたら?」
「あ、はい。あはようございます。」
俺の時と全然反応が違うんだが。
拓哉はすぐに玲奈の言う通り素直になる。
「えっと、つまりどう言うことなんだ?」
拓哉が俺に尋ねる。
冷静にはなったとは言え、状況が飲み込めてはいないんだろう。
「んじゃ逆にお前は何て聞いてそんな慌てて飛んできたんだ?」
「えっとよ、朝練してたら一年が蘭堂さんが男子と一緒に通学してきたって。そいつが幼なじみらしいって話を聞いてよ。蘭堂さんの幼なじみっていやあお前だろ?だからどう言うことなんだって思ってよ。」
もうすでに色んなところに噂が回っているのか。
まあ、そりゃこれだけの騒ぎになってれば注目もされるか。
「そうか。ーーー落ち着いて聞いてくれ。昨日から俺たち付き合うことにしたんだ。だから一緒に登校してきた。」
「は?ーーまたまた〜、ご冗談を。お前って表情あんまし変わんないから冗談に聞こえづらいんだよな。」
「…」
「え、まじで?」
やっぱ冗談か何かだと思われるか。
拓哉ですらそうなら俺のことをあまり知りもしない奴らならもっとそうなんだろうな。
「うん、本当だよ。」
答えたのは玲奈だった。
「昨日奏多から告白してくれたの。すごい嬉しかったから、私が一緒に登校しよってお願いしたの。」
「あ、そうなんですか。」
あ、拓哉が頭から煙吐いてる。
もう何も考えられなくなってるな…それだけ信じられないのか。
「え!!玲奈、それまじなの?」
そう言って駆け寄ってきたのは本橋香織。
玲奈の友人であり、春沢と3人でいるのをよく見る。
「うん、そうだよ。何でそんなに驚いてるの?」
玲奈は何かおかしい?という風に本橋に聞き返す。
「だって、あの玲奈がそんなパッとしない男に…ねえ、何か騙されてるんじゃない?私だったらいつでも悩み聞くよ?」
本橋は完全に冗談だと思っているようで、俺と玲奈を笑いながら交互に見つめる。
俺のことは見下していると言うより興味のかけらもないんだろう…目だけでそんな内心がひしひしと伝わってくる。
流石にそこまではっきり言われると心にくるな。
本橋はきっと思ったことをはっきり言ってしまうタイプなんだろう、、、他の人も言葉には出さないが、誰もがその疑問をそして玲奈が俺みたいな男と付き合っているということを認めることができない。
「香織。いくら香織でもそれ以上言ったら私怒るよ?」
玲奈は俺の頭を抱き寄せ、顔を見せないようにして酷く冷え切った声で本橋に言う。
こんな声を玲奈が出せるとは…紫さんの娘というのは本当らしい。
とそんなことを考えてはいるが、俺は頭を抱き寄せられたことで胸に押し付けられるような形になってしまい、そっちが気になって気が気じゃない。
「う…でも。何でそいつなの?」
本橋はまだ納得できないようで、更に聞く。
「香織は知らないと思うけど、奏多は私が昔からずっと好きだったの。幼なじみでたくさんの時間を共有してきた。好きになる理由としてそれじゃ不十分かな?それとも香織は私が顔の良さだけで交際相手を決めるような女だと思ってたの?」
畳み込むように言う。
声はどんどん、冷たくなっているが、俺のことを話した部分だけとても感情が篭った暖かさを感じてそのギャップで更に冷たく聞こえる。
「そんなことないけど…う、分かったし。もう何も言わないから、その怖いのやめてよぉ。」
遂には本橋の方が折れたようだ。
玲奈もそれを聞き俺を解放してくれる。
「奏多急に頭引っ張っちゃってごめんね、苦しくなかった?」
「ああ、それは大丈夫。」
心臓の方はいつもより血圧がだいぶ上がっていると思うけど。
「奏多にあんまり不細工な顔見せたくなかったから。」
玲奈は恥ずかしそうにしている、まあ実際その顔は紫さんで見たことがあるので大体の想像だできるのだが。
「…」
本橋がこちらをすごい睨んでいた。
まあ、そう簡単に理解しては貰えないか。
とは言えあれだけ言われれば直接玲奈にこれ以上何かいうことはないと思うけど。
問題はこれが本橋だけではないだろうということ。
特に男子に関しては、更に俺に対してよくない感情を抱く人が多いだろう。
まあ、まともに相手をするつもりはないが…それでも玲奈にまで何かをするつもりなら俺が止めなきゃな。
玲奈の言葉でクラスにある程度の落ち着きができてきていた。
今まで不透明だったことが解消されたことで、話題がそちらに流れている。
「あー、おはよ、眠い。何の騒ぎ?」
唯一、そんな雰囲気を物ともせず、春沢優という少女はいつも通り遅刻ギリギリで教室に入ってきたのだった。




