覚悟と決意
「ーーー…って感じかな。」
俺は隣に座る高嶺に話し終え、飲んでいた紅茶の残りを飲み干す。
「…」
高嶺は何か考え込んでいるようだった。
俺の話に何か気になることがあるのだろうか…そう訊こうとしたとき
「…新城くん、何で新城くんは幼なじみさんと今回もまた離れようと思ったんですか?」
先に質問がきた。
玲奈のことは実名を出していない。
あくまで話の中では幼なじみと言っていた。
「それは…やっぱり俺があいつの近くにいることで迷惑を掛けると思ったからかな。ーーーそれに前回とは違う。今回は俺のせいで招いたことだから。」
そう、あくまで前回は玲奈が告白を断ったことから始まった件だったが今回は俺が猫の面の女に付き纏われていると言う俺だけの問題。
「…」
そう言うとまた考えてしまう高嶺。
俺には高嶺が何を考えているのかはわからない。
けれど納得していないことだけは分かった。
厳密には納得というより何か引っかかることがあるということに近いような。
「私は新城くんの幼なじみの方はよく知りません。ですから話を聞いた限りのことから考えることしかできないので 失礼なことを言ってしまったらごめんなさい。ーーーそれだけ予め言って置きます。」
「あぁ、分かった。ーーー何か言いたいことがあるってことなんだよな?」
「はい。」
高嶺は首肯する。
「新城くんは幼なじみさんのことをとても尊敬しているということはよく伝わりました。恐らく新城くんの言う通りとても凄い方なんだと思います。」
高嶺は俺の伝えた幼なじみの像を思い浮かべるように言う。
「ですが、彼女の気持ちは考えたことありますか?」
「え?」
とても間抜けな声が出たと思う。
それくらい俺の中で何を言ってるんだと言う気持ちが先行してしまった。
「そりゃあるよ。何年一緒にいたと思ってるんだ。あいつのことは気が狂うほど考えたさ。」
そう、中学の頃壊れる寸前まで考え…その上で今の関係を選択したんだ。
それは俺にとって後悔のない選択だった。
「違います。そう言うことではなく、幼なじみさんが新城くんのことをどう思っているのかと言うことです。」
「そりゃ大事な幼なじみだろ?俺だってずっとそう思ってる。」
そう、だからこそ自分から離れることを選んだんだ。
玲奈が今悲しんだとしても長い目で見ればきっと俺から離れ、自分の力を存分にふるえる環境で時間を使って欲しい。
「やっぱり新城くんは分かってません。」
高嶺は今までより強い口調でそう言う。
「分かってないって何が。」
「幼なじみさんは新城くんから離れたいと一度でも言いましたか?」
「それは…でもそうしなきゃ、迷惑を掛ける。俺がいることがあいつにとって重荷になっちまう。」
高嶺は首を横に振る。
「それは新城くんが勝手に思ってることです。私が話を聞く限りでは幼なじみさんは一度でも周囲の評価なんて気にしていませんでした。」
「…」
高嶺は畳み込むように言葉を続ける。
「新城くんは幼なじみさんが自分から離れることが彼女にとっていいことだと言いましたが、そんなことはありません。新城くんは自分のことしか考えてないんですよ。比べられるのが嫌なのも、迷惑を掛けたくないって勝手に思い込んでるのも、中学の頃のことをずるずる引きずって今でも正面から向き合ってないのもーーーー全部新城くんです。」
「な、何がわかるって言うんだよ!!」
俺は叫んでしまっていた。
思ってもないことを言われた?痛いことを言われた?
そんなことじゃない。
俺だってとっくにわかってたことを他人に突きつけられたからだ。
面の女には俺のことをまるで理解しているように言われて、自分を見失った。
けど高嶺は俺が、、、わかっていてそれでも目を背け続けたことを言葉にして伝えてきたんだ。
俺を突き刺すような真っ直ぐな瞳で。
「わかりますよ。新城くんが幼なじみさんのことを大切に思っていることも、自分の才能と比べてしまうことも。諦めたくなる気持ちになるのもわかります。私もそうだったですから。」
「高嶺も…?」
「ええ、私のお母さんは凄い人なんです。服のコーディネーターで世界中を飛び回っていて。私はお母さんにずっと憧れてました。ーーーけど、私にはお母さんのようになる才能はありませんでした。どんなに頑張ってもお母さんと比較されるのが怖くて…結局逃げてしまいました。」
「そうなのか。」
「お母さんは少し残念にしていましたけど、私にとってはそれでもお母さんは大切な存在です。新城くんにとっての幼なじみさんもそうなのでしょう?」
「ああ。俺の一番大切な人だ。」
迷いなく答える。
「幼なじみさんは新城くんと一緒にいたいんですよ。新城くんの話の中でもそう言ってたじゃないですか。」
「でも、それじゃあ…あの時と同じだ。」
俺だって高嶺の言いたいことはいやってほどわかってる。
玲奈が俺から離れたくないってことも俺が気にしてるのは玲奈のことじゃなくて玲奈と比べられる自分が認められないだけってことも。
「そうかもしれないですね。けれど、幼なじみさんと一緒にいられないのは新城くんにとっても絶対後悔になります。2人でそうするって決めたわけでもないのに。」
俺は玲奈に一方的に言った。
玲奈がそう言って納得しないのは中学の頃から知っていたのに。
「ストーカーさんのこと、しっかり2人で話して解決すればいいじゃないですか。私だって微力かもしれませんができることは力をお貸しします。ーーー新城くんは私にとって大事なお友達ですから。」
「そうかも、、、しれないな。ーーー俺は離れたくない。だってあいつのこと今でも好きだから…。」
俺の言葉でそう音にする。
今まで心の中で認めていても、実際にそれを外に出すことはなかった。
自分には見合わないとか、そんな言い訳…。
世間の目は今だって怖い…俺が堂々と蘭堂玲奈の隣に立つことを否定し続けてきたから。
けど、俺にとって大事なのは知らないそいつらじゃない…玲奈なんだ。
俺にはそれを言わなきゃならない…その義務がある。
もし面の女が何かしてきたとしても、俺が玲奈を守る。
迷惑だって掛けるかもしれない…それでも俺は玲奈の隣にいたい。
今より、今までよりも、もっと近くにいたい。
「ありがとう、高嶺。ーーー俺考えが決まったよ。」
「そうですか、良かったです。」
高嶺はようやく笑顔になってくれた。
俺の言葉で色々と伝わったんだろう。
「高嶺…悪いんだけど、俺これから行かなきゃならないところがあるんだ…だから…ーーー」
「ええ、私のことは大丈夫ですよ。1人で帰れますから。早く行ってあげてください。ーーーその代わり、仲直りできたら教えてくださいね?私だって新城くんの友達なんですから。」
高嶺は俺が言うことがわかっていたようだ。
「ありがとう。ああ、高嶺は俺の友達だ。絶対仲直りして、高嶺に埋め合わせするから。」
俺は立ち上がり、鞄を肩に掛ける。
「はい、楽しみにして置きますね。行ってらっしゃい。」
「おう、行ってくる。」
俺は駆け出した。
向かう先はもちろん俺の最も大切で大好きな少女のところだ。




