新城奏多の過去3
「ハァハァ…。」
部員たちのバスケットシューズが床に擦れる音と体育館にボールが跳ねる音が鳴る。
バスケ部はいつものように練習していた。
部活は今や理想を追うための道具ではなくなったので、純粋に楽しむことができる。
俺にとっても、今ここにいる部員たちとは仲良くやれているし、玲奈を含むマネージャーの献身的な支えもあって、先輩たちの大会成績よりも良い成績を取れそうであった。
「奏多〜、最近調子いいじゃん?なんかあったのか?」
部活の友人が声をかけてくる。
「まあな、最近は肩の力抜けてよくシュートが入るんだ。」
俺は今絶好調と言えるのかもしれない。
もちろん急に自分の能力が上がるなんてわけはないけど、そうではないと割り切ったことで逆に自分の力を正確に測ることができたのだろう。
「そういや、マネージャーの蘭堂さん、この前大岸先輩に呼び出されてたぜ?告白かな。あの人って有名校にスポーツ推薦決まってるから受験生と違ってお気楽だよな。」
「え、この前?ーーーそれっていつだ?」
俺は言葉を荒げた。
玲奈に告白したのは随分と前のはずだ。
それに失敗したから俺に暴力を振るってきたはずだ。
「確か〜1週間くらい前だよ。その後蘭堂さんが嬉しそうな表情をしてたの見たから、付き合ってるんじゃないかな?」
「そ、そうなのか。」
「と言うか奏多の幼なじみだろ?俺より知らないのかよ。」
友人はそう言って笑う。
俺にはもう頭の中で玲奈と話をしなければと言う考えが支配していた。
玲奈が恋人を作るのは構わないが、あの先輩がいい人だとは思えない。
それでもいいと言うなら俺にはもう止めることなんかできやしないが。
「それで話って何なのかな?」
玲奈は俺にそう尋ねる。
部活後話があると、家の近くの公園に呼び出してここまで来て貰った。
小学生の頃よくここの砂場で遊んでいたのが懐かしい。
「ああ、少しだけ話があるんだ。ーーーあの、玲奈って大岸先輩と付き合ってるのか?」
俺はぼかしても仕方がないと思ったので、単刀直入に聞くことにした。
「ん、何でそう思うの?」
玲奈は俺に対して逆に質問を返してきた。
俺が聞いてたはずなんだけど、どこか逆らえないような雰囲気があって…素直に答えてしまう。
「バスケ部のやつに聞いたんだ。玲奈が大岸先輩に先週呼び出されて、その後嬉しそうにしてたって。」
「そっか。ーーーそれで心配して話しかけてくれたの?」
「ああ、俺には玲奈が大岸先輩が合うとは思わない。玲奈に指図するわけじゃないんだけど、後悔はして欲しくないから。」
俺は心の内を晒してしまう。
俺のやってることは自己満足でしかないだろう。
なぜなら玲奈が付き合うことと、俺は暴力を受けていたことは別の問題。
そう言う人間だと話せば悪印象を持つかもしれないが、俺に完全に非がないとも言い切れない。
あの時の俺は大岸先輩に殴られたことで自分の矮小さに気づくことができたのだから。
「うん、ありがとうね。私ね奏多が私のこと真剣に心配してくれて本当に嬉しいよ。ーーーでも奏多は1つ勘違いしてる。」
「勘違い?」
「そう。私は大岸先輩と付き合ったりなんかしてないよ。この前呼び出されたのは約束を守って貰った代わりに解放してあげることにしただけ。」
「おい、玲奈。何を言ってるんだ?」
「奏多…私が奏多をいじめるような人と付き合うと思う?ーーーそんな人間生きている価値なんかないよ。でも、それだと奏多が悲しむと思ったから穏便な方法にしたの。」
「俺のこと、、、、知ってたのか…。」
玲奈は俺が暴行を受けていることに気づいてた。
それに約束って何だ。
自分の中で考えがまとまらない。
色々な情報が突然与えられて、何が何だかさっぱりだ。
「それはわかるよ。だって彼方のことだもん。私にいじめられてたこと話してくれなかったのはすごく残念だったけど、私のことを心配してくれてのことだったからすごく嬉しいよ。」
玲奈は弾けるような笑顔で真っ直ぐに俺を見つめる。
けど今までの玲奈の笑顔とは何か違う気がした。
「玲奈…大岸先輩になんかしたのか?」
俺はある1つの答えに気づいた。
玲奈は大岸先輩のことを好いてるわけではかけらもなくて、その約束とやらが達せられたから大岸先輩を許してやったと言うようなニュアンスだ。
そしてそのような行動に出たのは俺が大岸先輩にいじめられていると知ったから。
「うん、少しだけ知ってもらうことにしたの。私の大切な幼なじみも奏多を傷つけた罪にはどれだけの代償がつくのか。」
「代償?」
「奏多、突然いじめられなくなったでしょ?私が奏多のことを助けたの。あの先輩に私がそうさせないようにね。」
「そうか…急に収まったのは飽きたんじゃなくて玲奈に止められたのか、でもどうやって。」
いくら玲奈がとんでもない才能を持っていたとしても、相手はスポーツを得意とする先輩だ。
単純な力じゃ敵わないのは明白だ。
「あの人はね、何人もの女の子と同時に付き合っちゃうような浮気性な人だったの。証拠を突きつけて脅したらあっさりとやめるって言ってくれたよ。スポーツ推薦も決まってたし、悪い噂が立つのは困るものね。」
「何で、何で…。」
俺は言葉よりも先に体が動いていた。
玲奈を抱きしめ、強く自分に引き寄せる。
部活後できっと汗臭いだろう、、、でもそんなことを考える余裕なんかなかった。
目の前の少女を俺の腕の中に閉じ込めた。
「え、か、奏多?ーー急にどうしたの、すっごく嬉しいけど、急に。」
玲奈がとても慌てた声をしているのが聞こえる。
心音が俺にもしっかり伝わるくらい、ギュッと体が離れないように近い。
「何で、…そんな危ないことしたんだ…俺がそんなことしてくれって頼んだのか?相手は男なんだ、もし暴力でもふるわれたら…。そんなことになったら俺…。」
俺は泣いていた、玲奈がもし傷つくかもしれないとそう考えただけで。
俺はあの時あれだけ玲奈にひどいこと言っておきながら…。
それでも一番好きで大切な人に変わりないんだ。
自分が相応しくなくても誰よりも玲奈のことを愛している。
「奏多、、泣いてくれてるの?ーーー私は大丈夫だよ、私はあんな男に何かされたりしない。だって私は奏多のものだから。私の全ては奏多のためにあるんだよ。だから泣かないで、でも昔みたいに抱きしめてくれるのは嬉しいからまだこのままね。」
そう言って今度は玲奈の方から俺のことを抱きしめてくる。
俺はしばらく泣き止むことはできなかったけど、その間ずっと俺と玲奈は寄り添っていた。




